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歓楽街を禁止された男爵庶子、お金が足りず言葉の通じない娘を買う 〜実は彼女は日本から来た異世界人〜   作者: 三多来定


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6.沙月の安心

 沙月がイルベルト家に来て、1週間が経っていた。


 驚いたことに、沙月は性的な目的で連れてこられた訳ではなかったようだ。


 でも、初日は、完全に絶望していた。

 この家の主人と思われる50歳くらいの男性は、沙月を見るなり怒っていた。

 きっと、沙月の容姿が好みじゃなかったのだ。


 その後の話し合いの場でも、主人は怒っていた。

 ユレシアの胸ぐらを掴んで、軽々と持ち上げていた。

 

 沙月にはそういう経験が全くないのだが、この主人の夜の相手をすることを想像して、本気で怖くなってしまった。


 ところが、ユレシアの絵本を使った説明によると、主人はユレシアの父親でガレシアといい、胸ぐらを掴まれた割には仲も悪くない雰囲気だった。


 沙月に与えられたのは、個室だった。

 孤児院では4人部屋だった。

 4月から会社の社員寮に入る予定だったが、まだ引越してはいなかったので、人生初めての1人部屋である。

 最初の夜は、突然誰かが部屋に入ってくるのかもしれない、と身構えていたが、1週間経ってもそんなことは起こらなかった。


 沙月は働いた。

 日本でいうところの、7LDKもある2階建の家には、ガレシアとユレシアとカラムと料理人のジェンと沙月しか住んでいなかった。

 ガレシアとユレシアは一緒に外に出かけることが多く、ユレシアは帰宅してからも書類仕事をしているため、この広い家を掃除するのは、カラムと沙月だけであった。

 カラムはユレシアの仕事も手伝っているので、掃除のメインは沙月になった。

 カラムにジェスチャーで教えてもらい、和食屋チェーン店での開店前掃除を思い出しながら、沙月は必死に働いた。

 このどこか分からない世界には、電気やガスはなく、掃除はほうきと雑巾がメインだったが、不思議と沙月にはそんなことは気にならなかった。


 沙月にとって、イルベルト家は快適だった。

 ご飯が3食出るし、全員優しいし、ユレシアとカラムは暇さえあれば言葉を教えてくれる。

 沙月は、ノートを1冊もらい、覚えた言葉をカタカナで書きとめ、毎晩復習をした。

 日本にいた頃、英語の勉強は殆どやらなかったのに、辞書もない、教科書もない、あるのは絵本数冊だけなのに、必死に勉強した。


 1ヶ月も経つ頃には、沙月は片言で何とか意思疎通が出来るようになっていた。




 

 そんなある日、ユレシアの部屋に呼ばれた沙月は、ユレシアから地図を見せられた。


 ローテーブルに広げられた地図は、沙月の知っている世界地図ではなかった。


 大きな大陸が4つあり、小さな島が点々としている。


「ここが、今いるところなんだ」

 ユレシアはそう言って、大陸の1つを指差した。


「サツキの家はどこ?」

 ユレシアはいつもの優しい目で沙月を見つめる。


 どうやら沙月の家の場所をきかれているらしい。

 しかし、この地図には沙月の住んでいた日本は存在していない。


「サツキ、家、ない」

 沙月は首を横に振った。


 ユレシアは困った表情をした後、先程と少し離れた場所を指差した。


「ユレシアの母親は、ここに住んでいるんだ。サツキの父と母はどこ?」


 今度は沙月の両親はどこにいるのかきかれているようだ。

 というか、ユレシアの母親は、別のところで暮らしているらしい。


「サツキ、ちち、はは、ない」

 沙月は手を横に振った。


「父と母がないって、亡くなったのかな……」

 ユレシアは呟いて、本棚から1冊の本を持ってきた。


 ユレシアが見せてくれたページには、お墓の絵が描かれていて、人々が手を合わせて祈っている。


 沙月の両親は死んでしまったのかきかれているようだ。

 沙月は、首を捻った。

 沙月は捨て子なので、両親の生死なんて分からないのだ。


 沙月はそばにあったゴミ箱から、丸められた紙を取り出して、それをもう一度ゴミ箱にポイッと捨てた。


「ちち、はは、サツキ、ポイ」

 これで通じるだろうか? と思いながら、沙月はもう一回同じように紙を捨てた。


「両親は、サツキを捨てた……!?」

 ユレシアは愕然とした。


 ユレシアの表情を見て、沙月は、しまった! と思っていた。

 通じたようだが、なにか悲惨な感じになってしまった。


「あ、だいじょぶ、サツキ、だいじょぶ」

 沙月はゴミ箱を元の位置に戻し、必死にユレシアに訴えた。


「あ、ああ、そうだね。ユレシアも大丈夫だよ」

 ユレシアは沙月を見て、ニッコリ笑った。


「もうお昼時だね。俺は後で食べるから、先にカラムと食べておいで。ええと、ジェン、カラム、食事……」

 ユレシアはご飯を食べる動作をする。


「はい。サツキ、ご飯、食べる」

 沙月は笑顔でそう答えて、ユレシアの部屋を出た。


 ユレシアは優しい。

 沙月は、この家では、ユレシアが一番好きかもしれない。

 とはいえ、ガレシアもカラムもジェンも好きだ。


 人を好きだと思うと、あたたかい気持ちになるのだなぁと沙月は思っていた。

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