5.ユレシアの計画
サツキを連れてイルベルトの屋敷に帰ってきたユレシアの胸ぐらを、ガレシアはガッと掴んだ。
「子どもじゃないか! お前とうとう……」
「ま、待って下さい! 彼女は18歳で子どもではありません!」
ユレシアは、掴まれた状態で弁明する。
隣にいたカラムも必死に頷いている。
サツキは驚いて目を見開いている。
ガレシアは掴んでいた胸ぐらを離して、ハァと息を吐いた。
「それにしたって、お前……」
「親父様、この件に関してお話があります。とりあえず彼女のことは、親父様のメイドに……」
ユレシアは周りを見回して、いつもガレシアの側に控えている30代のメイドがいないことに気がついた。
「あの、いつものメイドは、今日はお休みですか?」
「ああ、チサのことか。チサは今朝辞めてしまったんだよ」
ガレシアは目を逸らしながら言う。
「……手を出したのですか?」
ユレシアは低い声で尋ねる。
「……同意を得たと思ったんだ……」
若干半泣きの声で、ガレシアは呟く。
なんかもう、親子である。
ユレシアとカラムは、深い溜息をついた。
イルベルト男爵の屋敷は、貴族とは言えないほど小さい。
そのため、使用人も、40歳の料理人のジェン、ガレシア付きのメイドのチサ、ユレシア付きの召使いのカラムしかいない。
しかし、メイドのチサは今朝辞めてしまった。
サツキをチサに任せたかったが、いないものは仕方ない。
ユレシアとガレシアとカラムとサツキは、ユレシアの部屋のソファに全員で腰掛けた。
普通、貴族は、召使いたちとは同席しないらしいが、イルベルト家では使用人も皆家族である。
ユレシアの隣にサツキが座り、ローテーブルを挟んでガレシアとカラムが座る。
ユレシアは、奴隷商会の現状とサツキが島国の少数民族らしく、言葉が通じないことをガレシアに話した。
「なるほど……。『奴隷』から目を逸らして、現状を見ていなかったということだな……。それにしても、言葉が通じない、か……」
ガレシアはサツキを見る。
サツキは周りで何の話をされても、表情を一切変えない。
本当に言葉が通じていないのだ。
「ユレシア、具体的には彼女をどうするつもりなんだ?」
「とりあえずは、言葉を教えます。話せるようになったら、本人から情報が得られると思いますので、故郷の島国に帰すことも考えています」
ユレシアの真面目な返答を聞いて、ガレシアは怪訝な顔をした。
「お前、それじゃあ、そういうことはしないのか? まさかまた歓楽街に行く気なんじゃ……」
「いえ、奴隷商会の方に、貴族男性は歓楽街に行ってはいけないと教わりましたので……」
「俺は、ずっと、そう言っていたんだが!?」
「……なんというか、それが常識だとは思っていませんでした」
ガレシアは「アホかー!」と叫び、立ち上がって、ユレシアの胸ぐらを再び掴んだ。
「だ、旦那様、落ち着いて下さい。サツキが怯えています」
カラムは立ち上がって、必死に訴える。
見るとサツキは、青い顔をして、震えている。
ガレシアはハッとなり、急いでユレシアから手を離して、ソファに座り直した。
「すまん。えーと、つまりだ、お前がサツキに手を出さないのなら、どうするつもりなのかと……」
「いえ、手は出します。そのために連れて帰ってきたので。ただし、同意が得られれば、ですけど」
ユレシアは表情を変えずに堂々と言う。
「出すのか……」
ガレシアは溜息をつく。
「逆に言うと、仲良くなって、同意を得られるまでは手を出しません。言葉が通じないので、どれぐらいかかるか分かりませんが、島国の話も聞きたいし、ちょっとやりがいがありますよね」
ガレシアの溜息をよそに、ユレシアは楽しそうに話す。
結局、ユレシアは、女性と仲良くなる過程が一番好きなのである。
体を重ね合わせることは、ユレシアにとっては到達点で、そのご褒美みたいなものなのだ。
ユレシアは、「まずは……」と言って立ち上がり、本棚から1冊の本を取り出した。
「絵本、ですか?」
カラムは、その本に見覚えがあった。
ユレシアがイルベルト家に引き取られることになり、越してきた際に持参していた本だ。
「うん。これ、絵が多いんだよね」
ユレシアはそう言うと、父親が息子をおんぶしている絵のページを開いてサツキに見せた。
「父親、息子、親子……」
ユレシアは、絵本の絵を指差しながら言う。
そして、ガレシアを指差して「父親」と言い、自身を指差して「息子」と言い、最後に「親子」と言った。
サツキは顔をパッと明るくした。
「ちちおや、むふこ、おやこ!」
「そう! 父親、息子、親子!」
ユレシアは嬉しそうに頷く。
サツキは「おやこ……」と呟き、下を向いた。
ユレシアはサツキの様子を見て、もしかしたら親がいないのかも、と思っていた。
もしくは、何かの事情で離れて暮らしているか……。
「仲良くなるまで、かなり遠そうだな」
ガレシアはニヤニヤとしている。
「ええ。やりがいがあります」
ユレシアは、本気でそう思っていた。




