53.公国の内乱
「フィロリア公国で、内乱、ですか?」
ユレシアの聞き返す言葉に、王都のランドン伯爵家別邸の食事部屋が静まり返った。
サツキはうつむき、カロリーヌとルルは顔を見合わせ、マイルズはカタカタと震えている。
「ああ、しかし公国民には全く知られていないようだ。どうやら公爵家同士の対立が起きていて、ベンジャミン・サヴェル公爵家は一家で身を隠しているらしい……」
「アリエノール様は、アリエノール様は無事でしょうか!?」
冷静に話すエミールとは対照的に、マイルズは声を張り上げる。
「この報告書では、安否までは分からない。至急確認させているのでしばらく待って欲しい」
エミールは淡々と話す。
きっとエミール自身も心穏やかではないはずだ、とユレシアはうつむいた。
冷静に話せることと、公国民にも知られていない内乱を調べられるなんて、さすが元公爵家である。
「カロリーヌ嬢とユレシア君は、予定通りお兄さんとのお見合いの方を進めていてくれ。内乱の件は、分かり次第連絡する。あと、サツキなんだが、もしかしたら危ないかもしれない……」
エミールはサツキをチラリと見る。
「危ないとは、どういうことですか?」
ユレシアは顔を上げてサツキを見た後、エミールを見る。
「内乱の起こった時期が、2ヶ月ほど前なんだよ。ちょうどサツキがこちらに来た時期と同じなんだ。偶然ならいいのだが、ここは最悪を想定して動いた方がいいだろう」
「エミール様、最悪とは、なんですか?」
カロリーヌは身を乗り出す。
「サツキが『移動』したことによる、勢力の崩れかもしれない、ということだ。公国は元々、3つの公爵家が政治を行っていて、言い方は悪いが、三つ巴状態でバランスを保っていたんだよ。アリエノール様の実家のハイクロフト家と、嫁ぎ先のサヴェル家、ハミルトン家だな」
そう言うと、エミールは指を3本立てる。
「三つ巴だったのなら、アリエノール様がサヴェル家に嫁いでは勢力が崩れますよね?」
ユレシアも身を乗り出す。
「そうなんだよ。私も公国の事は調べていなかったから気づかなかったんだが、通常は傘下の侯爵家や伯爵家と婚姻を結ぶらしいんだ。どうやら力を持ち出したハミルトン家を牽制するための結婚だったようだ」
エミールは腕を組んで息を吐いた。
「それに何故サツキの『移動』が関係しますの?」
カロリーヌはさらに身を乗り出す。
「あくまで憶測なのだが、サツキの『移動』能力は、公国にとっては特殊かつ貴重で、何者かに狙われており、アリエノール様はサツキを死んだことにして異世界に逃したとする」
エミールの憶測の話に、食事部屋の全員がサツキを見る。
サツキはうつむいたままである。
「この『移動』に関して不思議なのは、持ち物が変わる事だ。これは、どこか別の場所を経由しているとも考えられる……」
「妖精の国ですわね!」
エミールの言葉に重ねるようにカロリーヌが大声を出す。
「ああ、そうか、妖精の国か。そう、その妖精の国をサツキが通ると、公国にもそれが分かるのではないか?」
エミールの言葉で、食事部屋に緊張が走る。
ユレシアは息を呑んでいた。
これは、あくまで憶測の話だ。
なのに、その可能性が大いにあるように思えてならないのは何故なんだ。
「ユレシア君、何か意見があるかね?」
エミールはユレシアに名指しで問いかける。
「サツキが……、サツキの『移動』する場所が公国ではないことが不思議ではありました。異世界に『移動』するのも、あまりにも遠すぎると思っていました……」
ユレシアは何とか発言する。
「そうだな。その通りだ。初めからランドン家に『移動』してもいい話だが、それでは近すぎたということだ。そして万一戻るようなことがあっても、公国ではなかった」
エミールはそう言うとサツキを見て、しまったという顔をした。
見ると、サツキはうつむいたまま、少し震えている。
「サツキ……」
ユレシアはサツキの背中をさする。
「いや、憶測の話はここまでにしよう。それで具体的なこれからの話なんだが、騎士団から何人か信用のある者を雇って、サツキを護衛させようと思う。目立つのは避けたいので、ホテルの滞在はやめてこの別邸で囲おう。サツキの安定のために、カロリーヌ嬢とユレシア君もこちらに滞在してもらう」
エミールはスラスラとこれからの話をする。
ユレシアは右手を挙げた。
「護衛ですが、私の兄たちでもいいでしょうか? 信用はおけますし、無駄に強いです」
「そうか、そうだな。それならお見合いもこの別邸でやるといい。しかし、無駄とはひどい言いようだな」
エミールは苦笑する。
「イルベルトでは、毎日地獄の走り込みと1000回の剣の素振りが日課でしたので……」
ユレシアは表情を曇らせる。
「まあ! ユレシア様もやっていたのですか?」
カロリーヌは目を輝かせる。
「いえ、私は騎士にはならないと宣言して早々に離脱しました。私はすごく弱いのですよ」
ユレシアは自虐的に笑った。
「そうだな。悪いが弱そうだ」
「はい。強そうには全く見えません」
エミールとルルがほぼ同時に言う。
「ぐっ……!」
ユレシアはうめき声を出す。
実際ユレシアは、地獄のシゴキにより、基本の剣技や護身術くらいは出来るのだが、兄たちとは比べるべくもなく弱い。
「ユレシア様、弱い?」
サツキの心配そうな瞳に、ユレシアは頷くしかなかった……。




