52.沙月の本心
王都のエミール・ランドン伯爵家別邸で、沙月とユレシアとカロリーヌとルル、そして『幻想冒険譚』の作者であるマイルズはケーキを食べていた。
執事と何やら話していたエミールは、先程席を立って、食事部屋から出て行ったきりだ。
『幻想冒険譚』を読んだことがあるカロリーヌとユレシアは、マイルズと本の内容について話している。
沙月はその様子を見ながら、「アリエノール様」の事を考えていた。
沙月の母と思われる「アリエノール様」は、エミールとマイルズにかなり慕われていた。
きっといい人なのだろう。
アリエノールのおかげで、エミールも沙月に優しくしてくれるのだ。
でも、それなら何故、沙月は孤独に18年間過ごしたのだろう。
アリエノールは地球を知っている。
捨てたのではないのなら、沙月に会いに来てくれても良かったのに。
アリエノールと連絡が取れて、会いに行って、迷惑な顔をされたら、どうしたらいいのだろう。
こんな子知らない、せっかく捨てたのにって言われたら、どうしたらいいの……?
「……ツキ、サツキ?」
ユレシアが沙月の肩を揺する。
「え? あ、はい」
「マイルズさんが、異世界の話をききたいって言ってるよ」
沙月がマイルズを見ると、マイルズは嬉しそうに微笑み「やっぱりよく似ています……」と言う。
だからさ、アリエノールじゃないんだって。
会ったこともないし、そんな目で見られても困る。
「わ、わたし、席を外す、です」
沙月は立ち上がり、入り口に向かって歩き出した。
こう言えば、お手洗いだと思われて、誰もついてこないとルルから聞いている。
食事部屋から出て、沙月は溜息をついた。
分かってる。
こんなのは、ワガママだ。
みんな沙月の身元を証明しようと頑張ってくれているのに、会うのが怖いとか、アリエノールを通して見ないでとか、言える訳もない。
本当にお手洗いに行って、気持ちをちゃんと切り替えて、戻ってこよう。
歩き出そうとした沙月の肩に手が触れた。
振り向くと、ユレシアが立っている。
「ユレシア……」
「サツキ、俺には、何でも言って欲しい」
「え……」
ユレシアの目は真剣だ。
沙月はユレシアの緑の目が好きだ。
「……わたし、アリエノール様、違う……」
「うん、サツキはサツキだよ」
そうだよね。
ユレシアはアリエノールを知らない。
「……アリエノール様、元の場所、会いに来ない……」
「……うん、サツキは1人で頑張っていたんだよね」
そうだよ。
頑張っていた。
ただ、生きることだけを。
「……アリエノール様、捨てたこども、会いたくない、思う……」
ああ、言っちゃった。
これじゃあ、拗ねている子どもだ。
ユレシアを困らせるだけだ。
ユレシアを見ると、悲しそうな顔をしている。
「サツキ、あのさ、抱きしめていい?」
「あ、はい」
思わず「はい」と言った沙月を、ユレシアはギュッと抱きしめる。
相変わらず、沙月の顔に当たるユレシアの胸はゴツゴツしていて、温かくて、何故か安心する。
「言ってくれて、ありがとう……」
ユレシアはそう言うと、さらに沙月を抱きしめる。
困らせたのに「ありがとう」なんて、変なの。
「ユレシア、変……」
「うん、俺、変なんだ。サツキのことしか考えられないんだ……」
相変わらず、口が上手いなぁ。
実際、女の人、何人いたのかなぁ。
今、それきいたら、ダメなシーンだよね。
沙月は割と冷静に抱きしめられている自分に、笑ってしまった。
「サツキ?」
「ううん、ユレシア様、大好きです」
「ああ、俺それに結構騙されてるっていうか……」
「君たちは通路で何をやってるんだね!?」
エミールの声が聞こえて、沙月とユレシアはパッと離れた。
見られた! と沙月の顔は赤くなる。
「申し訳ありません、エミール様。抱き合っていました」
ユレシアは堂々と答える。
「そんなものは見ればわかる! 堂々と言えばいいってもんじゃない」
エミールはハァと溜息をついて、手に持っていた書簡をユレシアに見せた。
「フィロリア公国の二次報告書が届いたよ。少々まずいことになっている」
「まずいこと、ですか?」
「ああ、とりあえず、もう一度話し合いだ。夕飯もこちらで出そう。サツキは何が好きかね?」
エミールは声色を優しくして、沙月に尋ねる。
何が好きって何のことだろう、と恥ずかしさで全く話を聞いてなかった沙月は首をひねる。
「えと、ユレシア様、好きです……?」
「いや、夕飯のメニューの話なんだよ……」
エミールは再び溜息をついた。
間違えた!?
沙月は顔を赤らめる。
「俺もサツキが好きだよ」
ユレシアは照れることなく、沙月に微笑んだ。




