51.アリエノール様信者
『幻想冒険譚』の作者、マイルズの家に、エミールとカロリーヌとルルとユレシアとサツキが押し入っていた。
「押し入る」という表現がまさにピッタリで、主部屋が狭く、6人入るとぎゅうぎゅうで座ることが出来なかったのだ。
エミールの執事には馬車で待機してもらったが、あまり意味はなかった。
「いや、これで話は無理だ! 私の別邸で話そう。すまないがマイルズ、来てくれないか?」
エミールは言いながらすでに部屋を出て行こうとしている。
「し、承知しました」
マイルズはエミールの後に続く。
マイルズは平民で一人暮らしのようなので、家の狭さは仕方ない。
ユレシアたちは再び馬車に乗り、今度はランドン伯爵家の王都別邸に向かったのであった。
馬車の中ではあえて何も話さなかった面々は、ランドン伯爵家別邸の食事部屋に通された。
突然の訪問にも関わらず、使用人たちによって、紅茶とケーキが並べられる。
家長の席にエミール、エミールから見て右にカロリーヌとルル、左にユレシアとサツキが座り、マイルズはエミールの正面に座っていた。
こんな事は初めてなようで、マイルズは落ち着きなく目をキョロキョロとしている。
「まずこちらの事情を話そう」
エミールはそう言うと、サツキの事を簡単に説明した。
マイルズは聞いている間も、少し涙ぐんでいた。
「このままだとサツキは奴隷のままなんだ。マイルズにも彼女がアリエノール様の血縁だと分かるだろう? 何か知っていることがあれば教えて欲しいんだよ」
エミールの言葉に、マイルズは何度も頷く。
「もちろんでございます。私が亡命したのは22年前ですので、アリエノール様のご出産は風の噂程度にしか知りませんが、サツキ様のいた世界についてはお話出来ます」
「私のいた世界、いたことある、ですか?」
サツキは身を乗り出してマイルズを見つめる。
「あ、アリエノール様ぁ……、本当に、お懐かしい……」
マイルズは再び涙ぐむ。
「分かるよ。それぐらいサツキはアリエノール様に似ているよな……」
エミールも腕を組んで頷く。
オジサン2人が「アリエノール様信者」すぎて話が進まない、とユレシアとカロリーヌとルルは溜息をついた。
サツキは「アリエノール様ちがう……」と呟いている。
「あの、すみません、マイルズさん。『幻想冒険譚』は実体験を元にしたお話なのでしょうか?」
ユレシアはサツキの代わりにマイルズに質問をする。
「あ、申し訳ありません! 実体験ではありません。私はその世界に行った事はないんです。『幻想冒険譚』はアリエノール様から聞いたお話を私が書き換えたものなのです」
マイルズは慌ててユレシアに言う。
「アリエノール様は、その世界に行った事があるのですね……!」
ユレシアは前のめりになる。
ユレシアだけでなく、マイルズ以外の全員が体を前に出している。
「それが、私にお話された時は、夢できいた世界だと仰っていたので、行ったことがあるかどうかまでは……。ただ大変興味深いお話だったので、元々売れない物書きだった私は、どんどん想像が膨らんでしまい、『幻想冒険譚』としてまとめたのです」
マイルズが照れくさそうに話す中、全員が「夢できいた世界……」と首をひねる。
「ですが、それがいけませんでした」
マイルズは声を落とす。
「いけない?」
エミールが聞き返す。
「はい。『幻想冒険譚』が公国の本屋に並べられた頃、私は突然公国の警備員に捕まりました。虚偽の話で公国を混乱させた……とか何とか……」
「ええっ? どう見ても、子ども向けの想像上のお話ではありませんか!」
カロリーヌは大声を出す。
「で、ですよね。でも公国ではダメだったのです。アリエノール様は私を庇ってくれまして、結局、罪人ではなく、正式に亡命という形をとることになりました。王国では『幻想冒険譚』はすんなり受け入れられまして、何とか作家として生活しております」
マイルズは頭をかきながら、弱々しく笑った。
「そうか……。いろいろ大変だったのだな。それでその、『幻想冒険譚』は、どこまでがアリエノール様の話なんだ?」
エミールは紅茶を一口飲んで、マイルズに尋ねる。
「はい。遠くの人と話せる、馬なしの馬車、空を飛ぶ物体、身分がなく誰とでも結婚できる……などがアリエノール様から聞いた話で、異世界人の描写や土地の様子などは私の想像です」
なるほど。
異世界人の皮膚が違うというのは、そもそも作り話だったのか。
サツキの体を調べた意味は、まるでなかったわけだ。
ユレシアはちょっと調べてしまったことに、少し顔を赤くした。
「サツキ、遠くの人と話せる? や、空飛ぶ物体はあるのかね?」
エミールはサツキに優しく問いかける。
「……はい。ある、です。でも、魔術、違います。身分もない、です。誰と結婚、出来ます」
サツキはうつむいて答えている。
「そんな世界あるのですね! わたくしぜひ行ってみたいですわ! 今度行く時は連れて行ってくださいませ!」
カロリーヌは興奮気味にサツキに言う。
「連れてく、できる?」
サツキは首を傾げる。
「いえ、カロリーヌ様、おそらくそれは危険です。サツキは危険を察知して移動しているのですから、移動しなかった場合、命に関わります!」
ユレシアは慌ててカロリーヌを止める。
この令嬢は本当に試してしまう!
「もう、分かっていますわ! 言ってみただけです」
カロリーヌはそう言うが、隣のルルがユレシアに向かって頷いている。
止めて正解だったようだ。
「結局はアリエノール様に伺わないと分からないという事か……。マイルズ、ベンジャミン・サヴェル公爵について何か知っていることがあれば教えてくれないか?」
エミールの言う「ベンジャミン・サヴェル公爵」はアリエノールの夫で、おそらくサツキの父親だ。
確かにその事も知りたい。
「私が亡命した後に、アリエノール様はサヴェル公爵とご結婚されたのですよね。私は遠くから拝見したことがあるだけですが、頭と見目の良い好青年という印象でした……」
マイルズは思い出しながら言う。
「ああ、見目の良い……ね。そうだったかもしれんな……」
エミールは呟いている。
サヴェル公爵も王国に留学していたはずなので、エミールは知っているのかもしれない。
「サヴェル公爵も、『公国の純血』だったのでしょうか?」
カロリーヌは目をキラキラさせてマイルズに質問をする。
カロリーヌは元々、「公国の純血」に興味があったから黙っていられなかったのだろう。
「いえ、『公国の純血』は公爵家の女性に、稀にしか出ない特徴なのです。それに、特徴が出たからと言って何というわけでもないときいております。おそらく先祖返りの類いで、公爵家の女性でも特徴のない方ばかりです」
マイルズは当然というように笑う。
「ええっ!? そうでしたの? それはつまらないですわ!」
カロリーヌは残念そうに言う。
「カロリーヌ様、サツキは事実『移動』していて、アリエノール様は異世界を知っています。きっと、『公国の純血』は何でもないではありません」
ユレシアはカロリーヌを見てキッパリと言う。
「そうだな。ユレシア君の言うとおりだ。アリエノール様も単色の瞳だった。何度も見つめ合ったから間違いない」
エミールもキッパリと言う。
若干、恋人だったアピールが入っているが。
「エミール様、何とかしてアリエノール様に連絡を取ることは出来ないでしょうか? 王国と公国は、留学を受け入れたくらいですから、交流があるのですよね?」
ユレシアはエミールを見る。
「私もそう思っているよ。ただこれでも私は慎重派でね。公国の調査の内容によって連絡方法や内容を変えようと思っているんだよ。そろそろ調査の二次報告書が届くと思うのだが……」
エミールは合図をして部屋の隅にいる執事を呼び寄せ、報告書の話をしている。
やはり全てエミール任せになってしまう。
仕方ない事とはいえ、あまりにも小さな自分にユレシアは溜息をついた。
「ユレシア様、ケーキ食べる……」
サツキがユレシアの前のケーキの皿をユレシアに近づける。
溜息をついたユレシアの事を心配しているようだ。
「ありがとう。サツキも食べ……」
「サツキはケーキが好きなのか? おい、他のケーキもあったろう? 持ってきてくれ!」
ユレシアの言葉を遮って、エミールが使用人に言いつける。
「サツキ様、どうぞ私の分もお食べください!」
マイルズが自分のお皿をサツキの前に置く。
アリエノール様信者のオジサンたちが、面倒くさい!
「い、いらない、食べ過ぎ、死ぬ……」
サツキの中ではやはり食べ過ぎたら死ぬことになっているのか、とユレシアとカロリーヌとルルは笑ってしまっていた。




