50.『幻想冒険譚』の作者
ユレシアとサツキ、カロリーヌとルルとエミールは、『幻想冒険譚』の作者に会いに行くため、ランドン伯爵家の馬車に乗っていた。
御者はユレシアのところに大荷物を運んできた執事の男である。
「エミール様、ご同行していただける上、馬車にまで乗せていただきありがとうございます」
カロリーヌは微笑む。
「いや、いいんだよ。サツキのいた世界というのも気になるからね。サツキ、グリーンも似合っているな。森の妖精のようだよ」
エミールは、さらっとサツキを褒める。
「ありがとございます」
サツキは頭を下げる。
ユレシアは内心穏やかではなかった。
「同志」とエミールは言ったが、サツキに対して本当に恋情はないのだろうか。
養父と女性の取り合いは避けたい話である。
「サツキのいた世界には、妖精はおりますの?」
カロリーヌはサツキに視線を向ける。
「ものがたり、なかだけ、ほんとは、いない、です」
サツキはたどたどしく答える。
「なら、こちらと同じようなものだな」
エミールは頷く。
さすがのエミールも、サツキの事を「妖精」とは思っていないようだ。
ユレシアは『幻想冒険譚』をカバンから取り出して、パラパラとめくる。
子ども向けのため、ところどころに挿絵がある。
それを開いてサツキに見せた。
「見た事あったりする?」
「……ない、です」
サツキは首を傾げている。
まあ、挿絵は作者とは別の人物が描いているから、仕方ない。
「あ、これ、馬なしの車……、かたちちがう、ある」
サツキは馬なしの馬車の絵を指差して言う。
「あるんだ! どうや……」
「馬なしの車って、どうやって走るのですか!?」
ユレシアの言葉を遮って、カロリーヌは身を乗り出す。
「『ガソリン』や『電気』ではしる、です。馬車より、速いです」
サツキは知らない言葉で説明をする。
「『がそりん』と『でんき』とはなんですの?」
「この世界、ないです。せつめい、むり、です」
カロリーヌに申し訳なさそうに言って、サツキは目を伏せている。
「なるほどね。あながち的外れでもなさそうだ。作者は王国の者なのかね?」
エミールはカロリーヌを見る。
「王都に在住とだけで、出身地までは分からないですわ。今日お会いしたら伺ってみます」
カロリーヌは馬車の席に座り直した。
「よく会う約束がとれましたね」
ユレシアは本を閉じてカロリーヌを見た。
「大ファンと言って本屋の方を押し切りましたの」
笑顔で話すカロリーヌの隣で、ルルが「大変でした……」と小声で言っている。
押し切っている光景が見えるようだ。
ユレシアはうつむいているサツキの手をそっと握った。
「大丈夫だよ。ないものの説明なんて誰も出来ないよ」
サツキは少し顔を上げて微笑んだ。
「うん……。ありがと……」
王都の端にある小さな一軒家。
そこが、『幻想冒険譚』の作者、「マイルズ」の家だ。
家名がないので平民なのだろうが、作家が本名で執筆しているとは限らない。
「本屋でご紹介いただきました、カロリーヌ・ケルバートと申します!」
カロリーヌは臆する事なくドアを叩き大声を出す。
貴族令嬢が先頭を切る事自体あり得ない。
ルルとエミールの執事がオロオロとしている。
すぐにドアが開き、背の高い男が出てきた。
「はい、きいています。まさか、御貴族の方とは思いませんで……」
男はぺこぺこと頭を下げる。
その男の髪色は薄い栗色でサツキの髪色に似ている……とユレシアが思った時、ユレシアの後ろにいたエミールが前に出て、男の肩を掴んだ。
「マイルズ!? マイルズじゃないか!?」
「へ? え? エ、エミール様……!?」
顔を上げた男は何度も瞬きをして驚いている。
カロリーヌも「お知り合い!?」と驚いている。
「君はアリエノール様の召使いだったろう? 何故王都にいるんだ!?」
エミールの「アリエノール様」という言葉に、ユレシアは、やはりか、と思っていた。
繋がっているのだ。
サツキのいた世界は、指定されていたのだ。
「私は、22年前に公国を亡命しまして……、エミール様は何故ここに? まさか、私のファンって、エミール様ですか?」
男、マイルズは顔をパッと明るくした。
「いや、すまないが、『幻想冒険譚』を読んだことはない」
エミールの言葉に、マイルズは肩を落とした。
「読んだことはない」は作家には厳しい言葉だったようだ。
「下手な説明より……、サツキ、こっちに来なさい」
エミールは帽子をかぶったサツキを呼ぶ。
「ユレシア様も……」
サツキはユレシアの手を握る。
「うん、一緒に行くよ」
ユレシアはサツキの手を握り返した。
マイルズの前に来たサツキの帽子をエミールはとる。
「彼女の身元を証明したいんだ。マイルズの知っている事を教えて欲しい」
マイルズは、サツキの姿を見て、目を見開いた。
「ア、アリエノール様……!」
マイルズの目から、大粒の涙が流れていた。




