49.沙月の相談
沙月は少し、いや、かなり感動していた。
ユレシアとエミールが、沙月の願いを叶えてくれると言ったのだ。
今まで、沙月の事を大切に思って行動してくれた人なんていただろうか。
孤児院や学校で酷い目に遭った訳じゃない。
でも、いつも、寂しかった。
誰の大切でもない自分と、誰の事も大切と思えない自分は、全て諦めるしかないと思っていた。
ユレシアを大切と思うようになって、周りの景色が変わった気がする。
「サツキさん、この帽子をかぶって下さい」
ルルの声に、沙月はハッとする。
ルルは大量の贈り物の箱から、つばの広い帽子を取り出している。
そうだった。
『幻想冒険譚』の作者に会いに行くために、目立たないようにと沙月は帽子をかぶることになったのだ。
「こんなに服があるのだから、着替えもしましょう!」
カロリーヌは次々と包装を開けていく。
「ユレシア君と私は下のラウンジにいるよ」
エミールはそう言うと部屋を出ていく。
「エミール様も同行していただけるのですか?」
ユレシアは後を追いながら尋ねる。
「ああ。『幻想冒険譚』は読んだ事はないがね」
ドアが閉まり、ユレシアとエミールの声が遠ざかっていく。
その様子を見送って、ルルは沙月に帽子をバフっとかぶせた。
「サツキさん、これはすごいことですよ!」
「すごいこと?」
沙月が聞き返すと、「やっぱり分かってない!」とルルは叫んだ。
「ランドン伯爵は王国の有力な貴族なんですよ! うまくいけば、男爵庶子のユレシア様が後継ぎで、サツキさんは伯爵夫人です! 奴隷から伯爵夫人になった例はありませんよ!」
ルルは身分制度を嫌っているのにこういう事を言うのか、と沙月は驚いていた。
「ルル、そんなに簡単ではありませんわ。指定論文はかなり難易度が高いですし、サツキの身分の証明もまだ目処が立っていません」
カロリーヌは服を次々と取り出しながら、「地味ですわね……」と呟く。
「ランドン伯爵なら、身分なんて作れてしまうのではないですか?」
ルルはカロリーヌの横に行き、一緒に服を取り出す。
「王国では、どんな権力者であっても奴隷に身分を与える事はできないのですよ。地道に生まれと両親を探して、高額の証明書をつくるしかないのです。でも、両親のどちらかの身分が奴隷だった場合は証明書を作ることさえ出来ません」
「どちらかって……、それでは奴隷が増えるだけですよね?」
ルルは表情を曇らせる。
「そうですわね。王国の貴族は奴隷を買うことが当たり前ですので、増えても良いのかもしれませんが、少々気に食わない王国法ではありますね。そんな訳ですので、サツキに関しては、必ず公国との関係を証明しなくてはなりません。しかし証明された瞬間、男爵子息のユレシア様ではサツキに手が届かなくなります。エミール様はサツキのためにユレシア様を押し上げるつもりなのですよ」
カロリーヌはグリーンのワンピースを取り出してルルに渡す。
「なんだか、それも、『愛』ですね。やっぱりすごいことですよ、サツキさん!」
ルルはグリーンのワンピースを沙月にあてながら言う。
「はい。サツキ、頑張る、ます!」
沙月は真剣に言ったつもりだったが、ルルは顔をしかめた。
「サツキさん、自分のことを『サツキ』と言うのをやめましょうか。はっきり言って痛々しいです」
い、痛々しい!?
確かに、言われてみればその通りだ!
19歳にもなって、一人称名前呼びなんてあり得ない!
「はい! わたし、頑張るです!」
「はやっ! こんなにすぐに直せるのに、ユレシア様は何故指摘しなかったのでしょうね」
ルルは沙月の今着ている洋服の後ろファスナーを下ろす。
「きっと可愛いと思っていたのでしょう」
カロリーヌはふふっと笑う。
沙月は「可愛い」にハッとする。
「ユレシア様、可愛い言う! 口うまい!」
「あー、はいはい。のろけ、いりませんよ」
呆れたルルに、カロリーヌは「いえ、のろけていただきましょう」とニヤリと笑う。
「サツキ、ユレシア様との夜のことで、何か困り事はありませんか? わたくし心配なんですよ。ユレシア様は女遊びが盛んだったでしょう? サツキに無理をさせていないかと……」
「お嬢様、聞きたいだけですよね……」
ルルは小声で呟く。
実際沙月は、ネットもない、本も読めない、そんなこの世界で、いわゆる「夜の事情」について、どうやって知ったらいいのだろうとは思っていた。
なんとカロリーヌがそれを教えてくれるというのだ。
「そうだん、あります!」
「ええ、何でも、全て、話してくださいませ!」
嬉しそうに話す沙月とカロリーヌを見て、ルルは「あーあ……」と、少しだけユレシアに同情していた。




