45.ユレシアの不安
王都の貴族用ホテルのユレシアとサツキの部屋に、ランドン伯爵、カロリーヌ、ルル、ユレシア、サツキが集まっていた。
サツキとルルはお茶を出した後テーブル席に座り、貴族である3人はソファに座っていた。
「そうか、場所移動か……」
第2王子の3階の私室から、サツキが18年間暮らした元の世界、そしてランドン伯爵の寝室にサツキが「身の危険」を感じて移動した話をランドン伯爵は信じたようだ。
「信じてくださるのですね」
カロリーヌはホッとしたように言う。
「信じるしかないだろう。突然私の寝室にいたのだから……」
ランドン伯爵は溜息をつきながら、フィロリア公国についての調査報告書をユレシアに渡す。
カロリーヌは、ユレシアがその報告書を読んでいるのを横目でチラリと見て、「サツキ、聞いてもいいでしょうか?」と言う。
「はい。カロリーヌ様」
「ランドン伯爵とは、どうでしたか?」
ユレシアは報告書をクシャッと握りしめ、ランドン伯爵は飲んでいたお茶をブーッと吹き出した。
「エミール様、優しいです!」
サツキは笑顔で答える。
「さすが『片言失言妖精』ですね。そうとしかとれません」
ルルは冷静に呆れている。
「カロリーヌ嬢、ユレシア君、神に誓ってもいいが、私はサツキに何もしていない!」
ランドン伯爵は、口元をハンカチで拭きながら断言する。
「……もちろん信じていますが、伯爵は、サツキが伯爵を名前でお呼びするのをお許しになったのでしょうか……?」
ユレシアはよれた報告書を伸ばしながらランドン伯爵に尋ねる。
「……別にいいだろう、名前を呼ばせるくらい。何なら君たちも名前で呼んでくれ。エミールだ」
エミールは目を逸らしながら言う。
「では、エミール様。あの贈り物の量は何なのでしょう?」
カロリーヌは部屋に置かれている大量の箱や紙袋を手で指し示す。
「いや、いるだろう? いろいろと……」
エミールは語尾を小さくする。
「サツキ、いらない、言った」
「サツキさん! これ以上の失言はやめて下さい!」
ルルは慌ててサツキの口を押さえる。
エミールは、ハァと息を吐いた。
「分かっているよ。サツキはアリエノール様ではない。顔も声もよく似ているが、仕草が全く違う。でも、アリエノール様に出来なかった事をしたくなったのだよ。ユレシア君、報告書からも推測できるだろう? サツキはアリエノール様の娘なんだよ」
ユレシアは報告書をカロリーヌに渡しながら「はい……」と言う。
「エミール様、アリエノール様にも場所移動の能力があったのでしょうか?」
報告書を受け取ったカロリーヌは、読む前にエミールに尋ねる。
「いや、そんな素振りは全くなかったよ。まあ、危険な目になど遭わせてはいないが……」
エミールは思い出すように微笑む。
「……エミール様は、王都に滞在されるのですか?」
ユレシアは少し名前呼びをためらいながら尋ねる。
「ああ。実は、第2王子の愛妾の件で頼られるのは今回が初めてではないのだよ。良い機会だから、王様と第1王子と話せないかと思ってね。王城に書簡は出してあるから、王都の別邸で待機だな。フィロリア公国の二次、三次の調査報告書も別邸に届くように手配しているから、何か分かったら知らせるよ」
エミールは、少しうつむいて話す。
王家への伝手に、王都の別邸。
フィロリア公国を調査できる人脈。
どれも、ユレシアにはないものだ。
そんなエミール・ランドン伯爵でも、公国のアリエノール・ハイクロフト公爵令嬢には手が届かなかった……。
「わたくしたちは、明日は早速『幻想冒険譚』の作者に会いに行きましょう! 王都在住の50歳男性ですわ!」
カロリーヌはユレシアを見て微笑む。
本当にこの人には敵わない。
「はい。明後日はお見合いですし、忙しいですね」
ユレシアもカロリーヌに微笑んだ。
エミールは王都の別邸に帰り、カロリーヌとルルは隣の部屋に戻っていった。
貴族用ホテルの一部屋で、ユレシアとサツキはソファに座り話をしていた。
「王子、食べ過ぎやめる?」
「うん。サツキに言われたとおり、たくさん食べるのはやめるって、サツキの事、『妖精』って言ってたよ」
ユレシアはサツキの手を握る。
「よーせい、なに?」
サツキも手を握り返す。
「なにと言われると難しいな。明日絵本で説明するよ」
「……うん」
サツキは握った手を見つめている。
「サツキが戻ってきてくれて、嬉しかった」
「ユレシア様、サツキいると、嬉しい?」
サツキは斜め下からユレシアを見上げる。
「うん。いないと、寂しい。あのさ、2人の時は前のように、ユレシアって呼んで?」
ユレシアは、サツキの頬に手をあてる。
「ユレシア、サツキはずっと一緒にいます」
サツキは微笑む。
「……ずいぶん、話す方も上手くなったね……」
ユレシアはそのままサツキに顔を近づけてキスをする。
いつまで、こうしていられるのだろう。
こうやって、キスをして、抱き合って、体温も息づかいも、全て、ちゃんと感じるのに、このどうしようもない不安は何なのだろう。
「ユレシア、ベッドいく……」
サツキも同じ気持ちなのか、ユレシアにギュッと抱きつく。
「うん……」
奴隷や公国の姫のことなんて、忘れてしまいたい。
情けない男はやめると決めたのに、こんな事を思っている自分が嫌になる。
それなのに、欲望だけはしっかりあるのだ。
ユレシアは、サツキをベッドに寝かせて、何回もキスをしたのだった。




