43.エミールと沙月
ユレシアが、「今頃はランドン伯爵とこちらに向かっている」と言った言葉どおり、エミール・ランドンとサツキは王都に向かう途中の町の洋品店にいた。
何故「洋品店」かというと、平民ということになっているサツキは、真紅のドレスでは目立ちすぎるからだ。
エミールは、サツキに3着目の洋服を試着させ、考え込んでいた。
何故平民の服はこんなに地味なのか、と。
「エミール様、サツキ、これする」
くすんだ赤色のワンピースを試着したサツキは、エミールの前でくるりと回る。
「ああ、それも買えばいいのだが……。君、もう少し派手な服はないのかね」
店員を呼び止めるエミールに、サツキは「えー……」と呟く。
店員が持ってきた服をさらに3回着替えたサツキは、「エミール様!」と叫んだ。
「服、もういい、ユレシア様、会う!」
「……サツキは口を開けばユレシア君の名前ばかりだな……」
エミールは、ハァと息を吐く。
男爵子息のユレシアでは、奴隷のサツキとも、公国の姫のサツキとも、つり合いが取れないのだ。
「愛」だけではどうにもならない。
2人はその事を分かっているのだろうか。
「あの、どちらをご購入されますか……?」
店員が恐る恐るエミールに尋ねる。
「ああ、試着した服と靴と帽子は全部購入するよ。そこのバッグとリボンも入れてくれ」
「エミール様、たくさん、いらない……」
「こんなのたくさんでも何でもないだろう。女性の服は日替わりなのだから」
サツキが呆然としている横で、エミールは平然と支払いを済ませ、伯爵家の使用人に荷物を運ばせる。
「エミール様、ありがとございます」
サツキはペコリと頭を下げる。
「ん、ああ。まあ、それも似合ってるよ」
エミールとしては平民の服は地味で不満だが、女性の外見は褒めるものである。
褒められたサツキは、ニコッと笑う。
その笑顔は、記憶の中の16歳のアリエノールより幼く見える。
「サツキは本当に18歳なのか?」
「サツキ、19歳、なった」
「そうか、19さ……ええっ!?」
とても見えない!
いや、それより、アリエノールの報告書の19年前の女児出産と死亡に、時期がぴったり合うではないか!
死亡とされているアリエノールの娘が、実は別の世界で暮らしていて、今、かつての恋人だった自身の前にいるのか……?
これは、偶然ではない……?
「サツキ、おとな!」
サツキは胸を張る。
「あ、ああ。いや、大人だと言うなら……」
エミールはコホンと咳払いをした。
サツキには、現実を理解させた方がいいだろう。
「馬車に戻ろう。そして、話をしよう。大事な話だ」
「はい。エミール様……」
サツキはうつむいて返事をした。
王都に向かう馬車の中で、エミールの説明を聞きながら、沙月は黙っていた。
「つまりサツキは、ほぼ間違いなく、公国のサヴェル公爵の娘なんだ。正しい手順を踏めば、身分は奴隷ではなく、公爵令嬢になるだろう。公爵令嬢というのは、公国の姫だ。男爵子息のユレシア君とでは身分が違いすぎる。ここまでは分かるか?」
沙月は、また身分か、と息を吐いた。
今度はどうやら沙月が上になってしまい、ユレシアとは一緒にいられないという事らしい。
この世界は、本当に身分制度が大好きだ。
「分かる、です。サツキ、奴隷まま、いる」
公国の姫なんて、全く興味ない。
沙月はユレシアと一緒にいるために戻ってきたのだ。
「分かっていないではないか! 奴隷のままでは結婚も出産も出来ない! ユレシア君は才能ある若者だ。彼を独り身で平民として終わらせる気かね!? 然るべきところへ養子に入るべきだ! その時に奴隷はついていけないのだよ!」
エミールのイライラした声に、沙月はビクッと体を震わす。
「す、すまん。でも、理解して欲しいんだ……」
エミールは沙月から目を逸らして、バツが悪そうに言う。
ユレシアは、イルベルトをもっと良くすると言っていた。
沙月の身分は奴隷でも、そこに一緒にいてはいけないのだろうか。
「サツキ、イルベルト、働く。ユレシア様、一緒いる……」
「言いたい事は分かるよ。ユレシア君はイルベルト家の執事にでもなるつもりなんだろう? しかしそれでは平民なんだよ」
平民の何がダメなのか、沙月にはやっぱり分からない。
これでは、第2王子の部屋から飛び降りた時と同じだ。
この世界に、受け入れられていない感覚だけが、はっきりとある。
「サツキ、ユレシア様、一緒いる、望み、それだけ……。ほか、ない……」
沙月は顔を覆った。
涙が出ない。
こんな時なのに、泣けない。
きっと、心のどこかで、いつものように諦めているのだ。
沙月の望みは叶わないと……。
じゃあ、何故、戻ってきたの?
元の世界でも、この世界でも、諦めて生きるようでは戻ってきた意味がない。
沙月は顔を上げた。
泣いていると思ったのか、エミールは心配そうな顔をしている。
「エミール様、サツキ、諦めない。ユレシア様とずっと一緒にいます」
「な……!? なんで、そこまで……」
エミールが驚いている。
最後の方は上手く話せたからだろうか。
エミールは、深く息を吸った後、ハァーと吐き出した。
「……分かったよ。出来る限り協力しよう。あの時の私たちのようにはしたくないからね……」




