41.ユレシアの決意
ユレシアは王城の門が見える物陰に立っていた。
時間はかなり遅く、門の周囲だけがほのかに明るく、他は闇に包まれている。
こんなところにずっと立っていたら、不審者として捕まってしまう。
かといって、サツキを返せと騒ぎ立てても、王族への不敬罪で捕まるだろう。
どちらに転んでも、イルベルト家にとって害にしかならない。
最悪、ガレシアの男爵位が剥奪されてしまう。
先程、事の詳細を書いた手紙をガレシアに早馬指定で出したところだ。
ユレシアが出来るのは、ここまでなのだ。
ホテルに帰ろうとしてもう一度門を見ると、いつの間にか別の衛兵が来ていて、もとからいた門番2人に何やら騒ぎ立てている。
「赤いドレスの女性? いや、ここは誰も通ってないぞ」
「それ誰なんだよ? え? また第2王子が愛妾を連れ込んだ?」
門番たちは、呆れながら答えている。
「あの! その女性はどうしたんですか!?」
ユレシアは考えるより先に、物陰から飛び出していた。
しまったと思った時には、もう遅かった。
衛兵と門番は、ユレシアに向かって剣を構えている。
「あの女性を知っているのか!? どこに隠した!?」
衛兵の1人がユレシアを問いただす。
隠した?
もしかして、サツキは逃げたのか?
さっぱり状況が分からないが、もう後にはひけない!
「私はユレシア・イルベルトと申します! その女性は、サツキは、私の婚約者なのです! サツキを返してください!」
ユレシアの訴えに、門番と衛兵は顔を見合わせる。
「身分を証明するものを……」
衛兵は剣を構えたまま、ユレシアに言う。
ユレシアは鞘に収めた状態の護身用の短剣を衛兵に渡す。
短剣には、イルベルト家の紋が入っている。
衛兵は門の灯りでそれを照らして確認する。
「イルベルト男爵家だな。伯爵令嬢が言っていたあの女性の婚約者の男爵子息か……」
衛兵は息を吐くと、ユレシアに向き直った。
「悪いが捉えさせてもらう。その女性は見つかったらおそらく処刑だ……」
やってしまった……。
でも、これで良かったのかもしれない。
サツキだけを処刑にしなくて済んだのだ。
2人で罪を被って、死ぬのなら悪くない。
サツキがいない世界で生きるなんて、もう、考えられない。
親父様、テシア兄さん、キサラ兄さん。
情けない末っ子で、本当に申し訳ありません……。
ユレシアは、特に拘束されることなく、衛兵の後ろを歩いていた。
唯一の武器だった短剣は衛兵に渡したし、背く意思なしととられたのだろう。
王城に入ったのは初めてだ。
まさか罪人として入るなんて、思いもしなかったが。
「何の罪か、きかないのか?」
前を歩く衛兵が、小声で話しかけてきた。
「……不敬罪、でしょうか……?」
ユレシアが答えると、「不敬……」と衛兵は呟いた。
「ユレシア様、大好きです」
「……は?」
先程会ったばかりの衛兵(男)が突然告白してきた!?
男同士は王都の流行りなのか!?
「あの女性の最後の言葉だよ。その後、飛び降りたんだ。そして、消えたんだ……」
「と、飛び降り……!? 消えたってどういう……」
ユレシアは、咄嗟に衛兵の腕を掴んだ。
本来ならこの時点で、捕えられるはずだ。
しかし、衛兵はその場にしゃがみ込んだ。
「あの女性は神の御使だったんだよ! 不敬はこっちだったんだ! あんたが『ユレシア』だろう!? 仕方なかったんだよ! 仮にも王子の命令に逆らえなかっただけなんだ! 神に許してくれるように頼んでくれよ!」
混乱したように叫ぶ衛兵を見て、ユレシアは呆然と立ち尽くしていた。
「サツキ、なにやったの……?」
ユレシアが連れてこられた場所は、牢屋ではなく、王城の中の別邸の一室だった。
とても広いその部屋の中央のテーブルには、冷めきった料理と食べかけのケーキのようなものが置いてあり、部屋の奥の窓は何故か開け放たれていて、夜風が吹き込み、室内の温度を下げている。
部屋には数人のメイドと衛兵と、ユレシアと同年代と思われるかなり太った男が、全員暗い表情でうつむいている。
「王子、あの女性の婚約者と名乗る者が門前にいましたので連行してまいりました」
先程取り乱した衛兵の男は、低い声で太った男に伝える。
この男が第2王子なのか。
確かに、ルルがデブ呼ばわりするのも頷ける。
ユレシアが一応膝をつくと、第2王子はゆっくりと顔を上げた。
「サツキが、サツキが、空に消えてしまったんだ……」
第2王子の目は焦点があっていない。
「消える前に、私に、食べ過ぎはダメだと、死んでしまうと……」
……え?
食べ過ぎはダメ?
死の宣告?
ユレシアの頭の中に、疑問符が浮かぶ。
「医者に先日言われたのだ。このまま食べ続けると、命に関わると……。だが、私はそんな訳ないだろうと、唯一の楽しみである食事は変えなかったのだ。でも、サツキはその事を私に伝えて、消えた……」
いや、全然、何を言っているか分からない!
サツキは拉致された状況で、この王子の「食べ過ぎ」が気になったのか!?
で、消えた!?
どういうこと!?
「私見ました! あの女性は、妖精でした!」
「わ、私も! 妖精だと思いました!」
メイドたちが口々にサツキの事を「妖精」と言い出す。
ユレシアはサツキを、公国の姫か、異世界人か、と思っていたのだが、ここにきて、妖精が候補に上がってきた!?
「私は、たくさん食べるのをやめる……! 婚約者殿! 妖精の国に行って、それをサツキに伝えてくれ!」
それ、どこ!?
ユレシアは、ふぅと息を吐いた。
「恐れながら申し上げます。サツキは王子様が食べ過ぎないことを大変喜ぶと思います(適当)。私はサツキを妖精の国(どこ?)に探しに行ってもよろしいでしょうか?」
「あ、ああ! よろしく頼んだぞ!」
「承知しました!」
おそらくだが、あの窓から飛び降りたサツキは、ここに来た時のように、身の危険を感じて「移動」したのだ。
移動先はおそらく、サツキが18年間暮らした場所だ。
こんな突拍子もない事を、そうに違いないと考えるなんて、第2王子とその側近たちの「妖精」と何ら変わらない。
でも、事実、そうなんだ。
そして、サツキはきっと戻ってくる。
だって、約束したんだ。
ずっと一緒にいると……!
サツキの最後の言葉は、「ユレシア様、大好きです」だった。
情けない男はもうやめる……!
その言葉に見合う男になってみせる!
奇跡的に解放されたユレシアは、ホテルに向かって、ただひたすらに、走っていた。




