38.沙月の決心
「注文した服のサイズが全然合ってないんだよ! 洋品店の仕事なんて、いい加減なもんだ! サツキもそう思わないか!?」
目の前の、「第2王子」は食事をものすごい勢いで食べながら、ずっと文句を言っている。
沙月は真顔でコクンと頷いた。
「そ、そうか! サツキもそう思うか! ほら、どんどん食べるがよい!」
第2王子は、沙月の前に、厚切りステーキの皿をどんっと置く。
ここは、王都の王城の中にある、別邸のひと部屋である。
おそらく、この第2王子の私室なのだろう。
さすが王子と言っていいのか分からないが、別邸だけでも、カロリーヌの屋敷くらいあるし、この私室もユレシアの部屋が5つくらい入る広さだ。
置いてある家具や小物、飾ってある絵なども、おそらく高価なものなのだろう。
沙月は王都の洋品店で第2王子に拉致されて王城に連れてこられ、この部屋に通されるなり、何故か第2王子と1対1で食事をすることになったのだ。
沙月にはこの王国の王族の常識は全く分からないが、普通、食事を平民の愛妾と食べたりするのだろうか?
「サツキは今までの女性とは違うな! 嘘で笑ったりしないし、余計な事を言わないな!」
第2王子は上機嫌だが、この状況が笑えないのは本当だし、余計な事を言わないのは、話すと片言なので、奴隷とバレてしまうかもしれないから話さないだけである。
でも、聞き取りはかなり出来るようになっている。
最近いろいろな人に会うからかもしれない。
「サツキは少食か? 殆ど食べていないではないか!」
この状況で食べられる訳がない。
というか、第2王子は食べ過ぎだ。
だから太るのだ。
沙月は食卓の料理を見回した。
厚切りステーキに何かの揚げ物。
お芋とベーコンのサラダに油がテラテラと浮いたスープ。
こってこてじゃん!
和食屋チェーン店で働いていた沙月からすると、この食卓は異常だ。
お店の一番の人気メニューは、「全部食べても600キロカロリー、レディース和食御膳」だったのだ。
王子なんだから、まわりの人も食事に気を付けてあげればいいのに。
「あれか! 女は甘いものが好きだからな! おい、デザートを持ってこい!」
第2王子は側に控えていたメイドに言いつける。
運ばれてきたデザートを見て、沙月はウッとなる。
ケーキの上に、クリームがこれでもかというほど乗っているのだ。
「遠慮するな!」
遠慮じゃねえ! と言いそうになるのを沙月はぐっと堪える。
これを食べたら、確実に太る。
ユレシアに綺麗な姿を見せたかったのに、太った姿を見せることになってしまう。
というか、そもそも、ここから出て、ユレシアに会えるのだろうか。
会えたとしても、この王子と関係を持ってしまったら、ユレシアともう一度、恋人のように過ごせるとは思えない。
沙月は、奴隷でも何でも、ユレシアの隣で一緒にいるだけで、それだけで良かったのに……。
沙月は目の前のケーキをフォークでグサっと刺した。
そして、口の中に豪快に入れる。
くっそ甘い!
こんなの食べ続けたら、死ぬ!
この王子も、沙月も、死んでしまう!
「おお! 気に入ったのか? おい、もっと持ってこい!」
冗談でしょ!? 死ぬって!!
沙月は、食卓にバァンと手をついて立ち上がった。
第2王子とまわりのメイドたちが沙月に注目する。
もう、いいや。
ここにいたって食べすぎて死ぬし、黙っていたって字が読めないからそのうち平民じゃないってバレるし、この王子と関係を持ってしまったらユレシアに会えないし、もう、いい!
はっきり分かった!
沙月は、どの世界でも、要らない子だということが!
じゃあ、もう、いいよ!
「王子様! たくさん食べる、ダメ!! 死ぬ!!」
沙月はそう叫ぶと、窓へとダッシュした。
「え? 死ぬ? あ、おい、サツキ! どこへいく!? サツキを捕まえろ!」
第2王子の命令で、衛兵やメイドや召使いが沙月に向かって押し寄せてくる。
王子に「死ぬ」と言ってしまった。
捕まったら、不敬罪とやらで処刑されるだろう。
ユレシアとカロリーヌに迷惑がかかるかもしれない。
でも、沙月は未だに、身分制度も何が不敬なのかも、本当には理解出来ていないのだ。
きっと、この世界では、沙月はやっていけない。
沙月は窓を開け放った。
夜風がさぁっと沙月の頬を撫でていく。
星がキラキラと綺麗で、見下ろす地面は真っ暗ではるかに遠い。
「ユレシア様、大好きです……」
沙月は、ためらうことなく、窓から飛び降りた。
第2王子と側近たちには、それはあたかも、真紅のドレスの妖精が、夜空に消えていったかのように見えた。
そして、妖精説を裏付けるかのように、沙月が落ちたと思われる場所には、落ちた形跡も血痕さえも見当たらず、「サツキ」という女性は、この世界から、まるで最初からいなかったかのように消えてしまったのだった。




