37.ユレシアの後悔
王都の貴族用ホテルの一室で、サツキが第2王子に連れていかれた経緯を聞いたユレシアは、「そうですか……」と一言だけ、何とか発していた。
「申し訳ありません。わたくしがサツキを着飾ってしまったばかりに……」
「いいえ、カロリーヌ様のせいではありません。むしろランドン伯爵に早馬で書簡を出していただきありがとうございます」
何度も謝るカロリーヌに、ユレシアは頭を下げる。
カロリーヌは、サツキが連れていかれた後、すぐにランドン伯爵に助けを求める書簡を出してくれたのだ。
「ランドン伯爵は、王家と深い繋がりがあります。25年前、公国の姫の付き人を任されたのもそのためです。第2王子は王家内でも評判が悪いので、伯爵からサツキを返してもらうよう現王に話が伝われば、もしくは……」
カロリーヌはうつむきながら言う。
分かっている。
それがうまくいったとしても、数日はかかるだろう。
その間にサツキは……。
「意味がないかもしれませんが、親父様からも書簡を出してもらいます。あれでも王から功績を認められた人ですので……」
ユレシアがなるべく感情を出さずに言うと、ルルが便箋とペンをユレシアの前に置いて、「あの……」と言った。
「サツキさん、危ないかもしれません……」
「ルル! そんなことは分かっています!」
カロリーヌは珍しくルルにピシャリと言う。
「い、いえ、そちらではなくて、命の方です!」
ルルは少し身を小さくして、叫ぶ。
「ルルさん、命とは?」
ユレシアはなるべく落ち着いた声で尋ねる。
「はい。サツキさん、第2王子を見た時に、明らかに、『なんだこのデブ』って顔をしていました。前にも言いましたが、サツキさんは結構気が強いですし、顔にも出ます。大人しくしているとは思えません」
「なんだこのデブ……」
ユレシアは呟く。
「でもサツキは、わたくしの事を思って黙ってついていったのですよ!」
「そうですけど、サツキさんは、何がいいのか分かりませんが、ユレシア様一筋です! あの格好だって、ユレシア様に見せられないと分かったら不満げでした! 他の、しかも、あんなクソデブに襲われそうになったら、抵抗すると思うのです!」
「何がいいのか分からない……」
ユレシアはもう一度呟く。
「クソデブ……」
カロリーヌも呟く。
ルルは、ハッとなり口を押さえた。
「す、すみません! 私、女性にだらしない男性が嫌いというか、許せなくて……」
さらに追い討ちである。
ユレシアは、肩を落とした。
ルルからすると、クソデブ王子とユレシアは同レベルなのだ。
いや、今はユレシア自身の評価はどうでもいい。
「ルルさん、サツキの心配をしていただきありがとうございます。カロリーヌ様、サツキが、その、抵抗した場合、第2王子は不敬罪を用いたりするのでしょうか?」
いくら王子といえど、拉致した愛妾を不敬罪にするのは、外聞が悪いはずだ。
「そうですね……。実は第2王子は、気に入った娘をすぐに愛妾にするのです。その見定めのために女性が多い洋品店に顔を出すとも言われていまして、まさか会うとは思いませんでしたが……。あ、つまりですね、さすがに何人も愛妾をつくれないので、飽きたら解放するのですよ。解放された女性が怪我をしていた等は聞いたことがありませんね」
だとしたら、サツキが多少抵抗しても、命まではとられないだろう。
しかし、すぐに愛妾にして飽きたら解放とは、いわゆる「取っ替え引っ替え」だ。
「ユレシア様とデブ王子、似ていませんか!?」
ルルは気づいてしまった! というように言う。
「うっ……」
ユレシアは、カロリーヌとルルから目を逸らす。
「ルル! これ以上は許しませんよ!」
さすがのカロリーヌも、ルルを制する。
ルルは「申し訳ありません!」と頭を下げた。
「ユレシア様、サツキの件はとりあえずランドン伯爵の返事を待ちましょう。ユレシア様のお兄様の件をお話いただけますか?」
カロリーヌはユレシアに向き直る。
今出来る最善をやる。
カロリーヌは本当にしっかりしている。
しかし、「お兄様の件」も問題があるのだ。
ユレシアは、ルルをカロリーヌの隣に座らせ、3日後に会う約束をした事と、テシアが両性愛者で男の恋人がいる事を話した。
「……ですので、イルベルトとしては、カロリーヌ様の希望は出来るだけ叶えようと思います。でも内容が内容です。お断りしていただいても何も差し支えありません」
改めて口にすると、カロリーヌがイルベルト家に来るメリットが少ない、とユレシアは溜息をつく。
「……とうとうきましたわね」
カロリーヌはボソっと呟く。
「……きました?」
「お嬢様……?」
ユレシアとルルはカロリーヌを見る。
カロリーヌはコホンと咳払いをする。
「では、希望を言いますわ。わたくし、絶対に声を出したりしませんので、部屋の家具と一体化してみせますので、ぜひ、テシア様と恋人さんの行為を同室で見学したいですわ!」
「斜め上すぎますよっ!!」
ユレシアは叫んだ。
面白がってくれるかも、とは思っていた。
しかし、まさか同室で行為の見学を希望してくるとは思ってもみなかった。
「あら、ユレシア様の同意は必要ですか?」
「ぐっ……、確かに私が口を出すところではありませんが……」
ユレシアの様子を見て、カロリーヌはふふっと微笑む。
「では3日後にテシア様に直接お伺いしましょう。楽しみですわ」
ユレシアは、ハァーと息を吐くと、席を立った。
「では、今日はここまでとしましょう。私は部屋で親父様への手紙を書きますので……」
ユレシアは、ルルが用意してくれた便箋とペンを持って軽く会釈し、「失礼します」と言ってカロリーヌたちの部屋を出た。
表情を変えないようにホテルの通路を歩き、サツキと泊まる予定だった部屋に入る。
ドアを閉めて、ユレシアはその場にしゃがみ込んだ。
「サツキ……!」
名前を呼んでも、サツキはいない。
第2王子に攫われたのだ。
ユレシアに、サツキを助けに行く術はない。
今まで、一体、何をやっていたのだろう。
向いていないからと騎士を目指さず、どうせ平民に戻るからと貴族学院にも行かず、経営をやった気になって自領から出ることもなく、日々の空虚さを女性で埋めていた。
横の繋がりも、縦の繋がりも、ユレシアには全くない。
全て、カロリーヌ頼りだ。
肝心な時に、大事な人を助けることも出来ない。
こんな情けない男に惚れたサツキが可哀想だ。
苦しい。
胸が苦しくて、死んでしまいそうだ。
ユレシアは握りしめてクシャクシャになった便箋とペンを見た。
「親父様に、手紙……、書かなくては……」
ルルは落ち込んでいるカロリーヌの前に、温かい紅茶を置いた。
「ありがとう、ルル」
「……ユレシア様、割と平気そうでしたね……」
ルルの言葉に、カロリーヌは弱々しく笑った。
「ユレシア様は、わたくしが気にしないように平然と振る舞って下さったのです。本当はとてもお辛いはずですわ」
「そ、そうだったのですね。私、少し腹が立ってしまって失礼なことを言ってしまいました……」
ルルは目を伏せる。
「いえ、暗くなるよりは良かったですわ。私もなるべく明るく振る舞いましたし……ね」
カロリーヌは微笑んで紅茶を一口飲んだ。
「お嬢様、場を明るくしようと『行為を同室で見学』などとおっしゃったのですね」
ルルはホッとした顔をする。
「いえ、それは本気で言いましたわ。ルルも一緒に見学しますか?」
笑顔のカロリーヌに、ルルは「遠慮いたします」と頭を下げたのだった。




