35.ユレシアの兄の事情
王都の騎士団の受付で、兄のテシアとキサラを呼び出す手続きをしたユレシアは、ジロジロと見られていることに気がついた。
見てくるのは、騎士団の男たちだ。
テシアとキサラの弟ということが、そんなに注目されるのだろうか?
確かに、あまり似てはいないが……。
ほどなくして、キサラがやってきた。
「ユレシア! 思ったより早かったな!」
「勤務中に申し訳ありませ……」
ユレシアの挨拶途中で、周りにいた騎士団員たちが、どっとキサラに詰め寄った。
「キサラ、これがウワサの『女狂い男爵庶子』?」
「お前らに似てないなー。で、何人いるの? 女性が?」
「弟君、俺にも話術教えてよ!」
これは……!?
王都に10年ぶりに来た、たかが「男爵庶子」にこの反応はおかしい!
まさか……?
ユレシアはキサラを睨んだ。
「キサラ兄さんだったんですね!? 私の変なウワサを広めたのは!?」
「いや、俺もここまで広まるとは……」
「兄さん!!」
目を逸らすキサラをユレシアは一喝する。
「そう怒るなよー。ユレシアの女遊びの話は飲み会で盛り上がるんだよ」
キサラは周りの騎士たちに「なあ」と同意を求めている。
「もうやってませんから! これからもやりません!」
自分で蒔いた種とはいえ、実の兄が悪評を広めていたとは……。
ここにサツキがいなくて本当に良かった。
「それはそうと、1人で来たのか? カラムは?」
キサラは話題を変えるようにユレシアにきく。
「カラムは親父様の手伝いで残してきました。今回私はカロリーヌ様の付き人ですので……」
「まさか、あのメイドを連れてきてるのか!?」
なんでこんなに勘がいいんだ!?
ユレシアが一瞬顔色を変えたのを見て、キサラはニヤリと笑った。
「そうかぁ、女遊びをやめたのも彼女のためかぁ……」
「なになに!? 弟君は、『真実の愛』を見つけたって話か?」
キサラと騎士たちは勝手な想像で盛り上がっている。
大体あっているところが腹立たしいが、「真実の愛」というのは最近の流行りなのだろうか。
「キサラ兄さん、そんなことより、テシア兄さんは会えませんか?」
ユレシアは溜息まじりでキサラに尋ねる。
「あ、そうだった。テシア兄さんは指導団員を兼ねてるんだよ。この時間は訓練だから、訓練場に一緒に行こう」
キサラは騎士たちに手を振り、ユレシアはキサラの後に続いて歩く。
「ユレシアもさぁ、平民じゃなくて騎士を目指せば良かったんじゃないか? メイドだって、相手は貴族の方がいいだろう?」
キサラは歩きながら言う。
サツキは貴族と結婚したいのでは、という意味か。
確かに、普通の女性はそうなのかもしれない。
「どうみても私に騎士は向いてませんよ。親父様と兄さんたちにしごかれた時、死ぬかと思いましたからね」
ユレシアはサツキの事は抜いて答える。
すると、キサラが突然ユレシアの腕を引っ張って柱の陰に連れて行った。
「突然どうし……」
「しっ! テシア兄さんが後輩といる……」
それなら声をかければいいのでは?
ユレシアは柱の陰から訓練場を覗いた。
訓練場には数人の若い騎士がいる。
そこから離れた物置き小屋の後ろに、テシアとテシアより10センチほど背の低い若い騎士がいる。
何か相談事なのか、2人の表情は真剣だ。
何を話しているかは分からないが、少し2人の距離が近いような気がする……?
「噂は本当だったかな……」
キサラがそう呟いた直後だった。
テシアとその若い後輩騎士が、抱き合ったのだ!
いや、抱き合うくらいなら、騎士同士、そういうこともあるのかもしれない(ユレシアの常識では男と抱き合うこと自体あり得ないが)。
しかし、2人は見つめ合って、唇を重ね……
「あちゃー」
キサラは苦笑いで呟く。
「……これは、家族会議ですね……」
ユレシアは深い溜息をついたのだった。
騎士団の打ち合わせ室をキサラが貸し切り、ユレシアとキサラ、打ち合わせ机を挟んで、テシアが腰掛ける。
議題はもちろん、後継ぎの長兄が同性愛者だった件、だ。
「本気、なんだ……」
テシアはポツリと呟く。
そうでしょうね、とユレシアとキサラは頷く。
とにかく、テシアは真面目なのだ。
遊びで後輩(男)にキスしたりはしないだろう。
「あの、彼(といっていいのか?)はどこの誰なのですか?」
ユレシアはテシアに尋ねる。
「エルは平民で……」
「なるほど……」
ユレシアはテシアの答えに頷く。
王国の騎士団は貴族でも平民でも志願出来る。
もちろん、団での扱いはかなり違うのだが、平民から騎士になると、準貴族的な扱いになり、ごく稀に、ガレシアの様に功績をあげて男爵位をもらう者もいる。
「テシア兄さんはイルベルトを継ぐ気はあるのですよね?」
淡々と質問をするユレシアを見て、キサラは「ユレシア冷静だな」と呟く。
「も、もちろん、それが務めだと思っているよ。エルにもその話をしていたところだったんだ」
「あー、それで泣きつかれて、あの展開か……」
キサラは納得したように頷く。
きっと2人は騎士団内でキスすることはなかったのだろう。
ちょうど良く? 弟たちがそれを見てしまった。
これはもう、話し合え、ということだ。
「まあ、男の愛人がいてもいいんじゃないですかね……」
ユレシアの呟きに、「そんなわけあるかっ!」とキサラがつっこむ。
「ユレシア、私が悪いのはわかっているよ。ヤケを起こして変な結論にしないでくれ」
テシアは弱々しい声で言う。
「いえ、ヤケではなくて……。ではカロリーヌ様のイルベルト家への条件から話しましょうか」
ユレシアは、カロリーヌの研究の功績の事、研究を続けたい事、体を重ねることは苦手で愛人がいてもいい事などを話した。
「カロリーヌ様らしいけど、それは、女の愛人に限るんじゃないのか? ていうか、後継ぎ産まれるのか?」
キサラは若干呆れた様に言う。
「後継ぎは、まあ、キサラ兄さんが男子をバンバン産ませて、子爵家から1人いただけばいいのでは?」
ユレシアは大真面目にキサラを見る。
「簡単に言うなよ! まだ1人も産まれてないんだぞ? ユレシアがメイドにバンバン産ませろよ!」
「いや、サツキはちょっと事情があるので……」
ユレシアは言い淀む。
サツキの身分は「奴隷」なのだ。
奴隷の子どもは身分がもらえないので、貴族家の養子には入れない。
「あ、あの、私は女性でも大丈夫なんだが……」
テシアは赤い顔でボソボソと言う。
「あ、両性愛者なんですね。じゃあ普通に子作りしていただければ……」
「だから、何でそんなにユレシアは冷静なんだよ?」
キサラは隣のユレシアを肩で小突く。
冷静?
そうかもしれない。
この、以前なら慌てそうな状況も、カロリーヌにかかれば、「興味深い」と言われそうだし、テシアとキサラには悪いが、今はサツキのこと以外は割とどうでもいいと思っている自分がいる。
「最近、いろいろあったんですよ。とにかくお見合いは予定通り行いましょう。エルさんも良かったら連れてきて下さい」
「いや、私もそこまではしないよ」
ユレシアが淡々と言うので、さすがにテシアは否定する。
「いえ、嫌味ではなく、カロリーヌ様が喜びそうなので……」
「本当にいろいろあったんだな、お前」
キサラはユレシアの頭をヨシヨシとなでる。
「ちょっと、子ども扱いはやめて下さい!」
ユレシアは顔を赤くしてキサラの手を払いのける。
テシアとキサラは顔を見合わせて笑った。
「ユレシアはいつまでも私たちの可愛い弟なんだよ」
「そうそう、お前昔から反応がいちいち可愛いんだよ」
結局、この兄たちには、ユレシアは敵わないのだ。
ユレシアは大きな溜息をつきつつも、イルベルト家に引き取られて良かったと思っていたのであった。




