33.ユレシア、誘惑に負ける
ランドン伯爵と会わなかった、ということにするため、ユレシアとサツキとカロリーヌとルルは、ランドン伯爵領を早々に後にした。
王都に向かう途中の町で一泊することになり、貴族用の宿泊施設の一室で、ユレシアは大きな溜息をついていた。
今日は朝から本当に大変だった。
ケルバート伯爵と伯爵夫人のパトリシアがまず強烈だった。
そしてランドン伯爵と、サツキの「公国の姫」説……。
サツキが本当に公国の姫だとしたら、サツキは公国に帰るのか?
いや、でも、捨てたのだとしたら、公国が姫と認めるとは思えない。
それに、サツキはあんなに一生懸命にユレシアと一緒にいると言ってくれたのだ。
……今はどうこう考えても仕方がない。
ふと顔を上げると、サツキがお茶をカチャカチャと運んでいる。
ちなみにユレシアとサツキは同室である。
「サツキも休んでって言ったよね。お茶なんか淹れなくていいよ」
ユレシアは立ち上がり、お茶を受け取ろうとする。
「ユレシア様、座る。サツキ、元の場所、仕事、これ。慣れてる」
サツキはユレシアに座るように言って、お茶をテーブルに置く。
「サツキはメイドだったの?」
そういえば、サツキが何をしていたか聞いたことがなかった。
「メイド違う。食事、お店、運ぶ……」
「ああ、レストランの店員をしていたのか!」
サツキはコクコクと頷く。
「お昼、店員。夜、学校」
「え!? 働きながら学校に行っていたの? サツキのいた場所って、みんなそうなの?」
ユレシアはきいてから、しまった、と思っていた。
サツキの表情があきらかに曇ったからだ。
「みんな、違う。サツキ、父、母、ない。お金いる……」
「ごめん。サツキは元の場所でも、ここでも、本当に頑張ってるね……」
ユレシアは、お茶を置いたサツキを抱きしめる。
サツキは、「父、母、許す、ない」と言っていた。
その言葉には、確かに「怒り」がこもっていた。
苦労していたのだ。
親がいなくて、苦労して、たくさん諦めてきたのだ。
「サツキ、頑張ってる?」
サツキはユレシアの背中に手をまわす。
「うん。サツキはものすごく頑張ってる。すごいっていつも思ってる」
ユレシアは、ゆっくりと言う。
サツキの肩が震えている。
誰の前でも泣かないサツキは、ユレシアの前では泣くようになった。
こうやって、サツキの辛い気持ちが、流れて出ていけばいい。
もし、公国で親が判明しても、何か理由があったのだとしても、サツキを苦しめた事実は変わらない。
サツキは渡さない……!
「ユレシア様、いたい……」
「あっ、ごめん!」
ユレシアはパッと手を離した。
「せっかくサツキが紅茶を淹れてくれたのに、まだ飲んでいなかったよ。一緒に飲もうか」
ユレシアはサツキを隣の椅子に座らせて、少し冷めてしまった紅茶に口をつける。
サツキはユレシアがお茶を飲む様子をじっと見ながら口を開いた。
「ユレシア様、サツキとエッチする?」
ユレシアは紅茶をブフッと吐き出した。
「な、何言って……、いや、もしかして、カロリーヌ様に言えって言われた?」
サツキは「はい」と頷く。
あの令嬢は、何を考えているのか。
サツキに余計な言葉を教えないでほしい。
「あのね、サツキ。カロリーヌ様は素晴らしい方だと思うんだけど、面白がっているだけの時が多いから、言葉を間に受けないように……。ちなみに、他にはどんなことを教えてもらった?」
「私の体を調べて下さい」
「あー、異世界人説をどうしても調べたいのか……。ていうか、サツキ、意味を全く分かってないわけじゃないよね?」
ユレシアがサツキを見ると、サツキはニコッと笑った。
「こっち、ことば、難しい」
なるほど。
サツキは、結構、無自覚で男を振り回すタイプだな。
「教えてあげるよ。まずは、エッチだっけ?」
ユレシアは席を立つ。
サツキは顔を赤らめて小さく頷く。
いや、それだと、OKとしかとれないけど……。
でも、ユレシアはこのいけそうな感じに一度騙されているのだ。
ただでさえ、「女遊び」がより深まっているのに、間違う訳にはいかない。
数日は、誠実なところをみせないと……。
「今日は、いろいろあって、疲れたよね? サツキも早く寝た方がいい」
ユレシアは、微笑むと、飲み終わった紅茶のカップを片付け始める。
サツキも慌てて片付けながら、ユレシアを見る。
「ユレシア様、疲れた?」
「うん、まあ、貴族に会うだけで疲れるんだよね」
ユレシアは苦笑する。
「サツキ、ユレシア様、癒す!」
サツキはユレシアを真っ直ぐ見る。
「えーと、それもカロリーヌ様から?」
「はい!」
あの令嬢、何を企んでいるんだ。
面白ければ何でもいいのか?
「サツキは、その、俺と、またしたいの?」
「したい? なに?」
肝心なところで通じない! とユレシアは溜息をつく。
「ええとね、一昨日のこと、またやりたい?」
「はい。やりたい」
即答か。
これ、通じてるのか?
「ユレシア様、やる、いや?」
サツキは上目遣いでユレシアを見る。
これで、そういう意味ではなかったというのなら、もう、神様を訴えるしかない。
「いやじゃないよ」
ユレシアは微笑むと、サツキの腕を引っ張ってベッドに連れて行った。
数日は誠実なところをみせよう、というユレシアの決心は、いとも簡単に崩れ去ったのである。




