32.沙月の諦めなかったこと
沙月は中学生の頃、不登校だった。
きっかけは今でもはっきり覚えている。
沙月は絵を描くことが好きだった。
広告の裏や答案用紙の裏に、絵ばかり描いていた。
孤児院のみんなも「うまいね」と褒めてくれた。
中学生になって、同じ絵を描くことが好きな友人が出来た。
話が盛り上がって、その友人の家に行って一緒に絵を描くことになった。
その友人は1人部屋で、そこには立派なパソコンと液晶タブレットがあった。
「液タブ」でスラスラと絵を描く友人は、沙月とは別世界の人だった。
イラストを何点も投稿サイトに載せていた。
「いいね」もたくさんついていた。
次の日、なんとなく、学校を休んだ。
その次の日も、そのまた次の日もお休みした。
沙月は、両親がいないことも、里親が決まらないことも、とっくにいろいろ諦めていたのだが、ここで、本当に、夢も希望も諦めたのだと思う。
諦めると楽になって、出来ることだけを出来る範囲で頑張れた。
生きていくって、こういうことなんだと思った。
この世界に来てしまったことも、奴隷であることも、もう諦めた。
でも、ユレシアのことは、諦めようと思ったけど、無理だったのだ。
諦めなかったら、ユレシアは、沙月のことを受け入れてくれた。
沙月が唯一望んだことを、奪わないでよ。
他には何も望んでないじゃん。
公国の姫?
そんなもの、どうでもいいよ。
それが本当だったとしても、沙月を捨てたことには変わりないんだよ。
「サツキ、ユレシア様、ずっと一緒いる!」
沙月はもう一度、大きな声で言った。
ユレシアは、身を乗り出して、沙月の手を握った。
「うん。ずっと一緒にいよう!」
ユレシアは嬉しそうに笑っている。
「ユレシア君、サツキは公国の姫かもしれないんだ!」
ランドン伯爵は、沙月の手を握るユレシアの腕を掴んだ。
「サツキ、公国の姫、違う! サツキ、父、母、捨てた、許す、ない!」
沙月はランドン伯爵を睨むように見て言った。
「な……、アリエノール様はそんな方では……」
このランドン伯爵の中では、沙月はアリエノール様という人の娘なのだろう。
そんなに沙月と似ているのだろうか。
でもそんな事、沙月には関係ない。
「ランドン伯爵、ユレシア様はサツキのことを奴隷として扱っていません。その証拠に、サツキに手を出したのは、一昨日が初めてなのですよ!」
カロリーヌの堂々とした宣言に、「何故そこまで言ってしまうんですか!?」とユレシアが叫んでいる。
そうか。
ユレシアが誠実だと分かってもらえば、一緒にいられるかもしれない!
「サツキ、昨日の昨日、初めて! ユレシア様、優しい!」
沙月も負けじと大声で言う。
「だから、何で、正直に言っちゃうの!?」
ユレシアは顔を覆った。
キリアンとルルは目を泳がせ、ランドン伯爵は目を丸くした。
「ユ、ユレシア君は、『女狂い男爵庶子』だと聞いているが、実際は違うということなのか……!?」
「あの、その二つ名、私自身知らなかったのですが……」
「いいえ、ユレシア様は間違いなく『女狂い男爵庶子』ですわ! でもサツキには違うのです! そう、ユレシア様は真実の愛を見つけてしまったのです! 2人は愛し合っているのです!」
ユレシアの言葉を遮って、カロリーヌは立ち上がってまで、堂々と説明をする。
「カロリーヌ様! もうやめて下さい!」
ユレシアは涙目で訴える。
これは、もうひと押しか!?
沙月も、スッと立ち上がった。
「サツキ、ユレシア様、あいちあっているのです!」
「サツキは分かってないよね!? 若干間違ってるよ!?」
ユレシアは、慌てて立ち上がって、沙月を座らせようとする。
すると、ランドン伯爵は、アッハッハと笑い出した。
「分かった、分かったよ。カロリーヌ嬢がこんなに楽しそうで、サツキがそう望むのなら、私の出る幕ではないな。だが、協力はさせて欲しい。これも何かの縁だろう」
「ランドン伯爵……! ありがとうございます!」
ユレシアは恥ずかしさで赤くなった顔のまま、頭を下げた。
うまくいったの? と沙月も慌てて頭を下げる。
「真実の愛の勝利ですわね!」
カロリーヌは力強く言う。
「カロリーヌ様、ほんと、やめてください……」
ユレシアはうなだれている。
沙月は柔らかい雰囲気にホッとして(ユレシアは困っているみたいだが)ソファに腰掛けた。
そして隣のルルを見る。
「ルルさん、『しんじつのあい』なに?」
「ええ、分かっていないと思ってました。サツキさんは後でお説教です」
ルルはサツキをジロリと睨む。
沙月は、ランドン伯爵が帰った後、貴族に許可なく触れたことや堂々と意見したことを、ルルにしっかり怒られたのであった。




