31.公国の姫
スラサル商会の応接室で、ランドン伯爵がサツキの事を「アリエノール様」と呼び、その場にいたユレシアとカロリーヌとルルとキリアンはサツキを凝視していた。
「あ、いや、アリエノール様がこんなに若いはずがない……、しかしよく似て……」
ランドン伯爵は動揺して独り言のように話す。
「ラ、ランドン伯爵、サツキの事を知っていらっしゃるのですか!?」
ユレシアは何とか声を出した。
「いや、知り合いによく似ていただけで……」
「サツキは身元が分からないのです! 何でもいいので情報をお願いします!」
ユレシアは頭を下げる。
「身元が……? 彼女は奴隷なのか!?」
ランドン伯爵はサツキを凝視する。
偉い人に逆らってはいけないと思ったのか、サツキはピシッと背筋を伸ばす。
ランドン伯爵はサツキの目を見て、顔色を変えた。
「純血……!? 公国の純血じゃないか! ユレシア君、どういうことなんだね!?」
ランドン伯爵は、今にもユレシアを殴りかねない勢いで、ユレシアの肩を掴む。
「ユレシア様、たたく、ダメ!!」
サツキはランドン伯爵の服を引っ張った。
「サツキさん! いけません! 不敬罪になります!」
ルルは必死にサツキをとめる。
ユレシアは青ざめた。
平民、ましてや奴隷が貴族に許可もなく触れるのは不敬罪だ!
サツキに教えていなかった!
「申し訳ありません! ランドン伯爵、お叱りは全て私に……」
「申し訳ありません、わたくし何でもいたしますのでサツキを許して……」
ユレシアとカロリーヌの声が重なった。
ランドン伯爵は、スッと手を出して、ユレシアとカロリーヌを止める。
「不敬罪にはしない。しないが、彼女の事を教えてくれないか? こんな、声まで同じで、他人なわけがない……!」
ランドン伯爵は、逆にユレシアに頭を下げてきたのだった。
応接室の奥側のソファにランドン伯爵とカロリーヌとユレシアが座り、手前側にキリアンとサツキとルルが座っていた。
本来ならあり得ないが、ランドン伯爵はどうしてもサツキを座らせたかったようで、キリアンとルルにも同席させたのだ。
ユレシアは、サツキをスラサル商会で買ったところから、言葉を教えて、カロリーヌと共に生い立ちを調べようとしている事を、ランドン伯爵に話した。カロリーヌとキリアンも説明の補足をした。
「そう、だったのか……」
ランドン伯爵は、言葉と共に、息を吐いた。
ユレシアは、「アリエノール様」が気になって仕方なかったが、先程の不敬もあるので、質問は控えていた。
カロリーヌも同様に思っているのか、珍しく黙っている。
サツキは自分の行動を責めているのか、ひたすら下を向いている。
「ああ、すまない。こちらも話すよ。拙い昔話だがね……」
ランドン伯爵は、そう言うと、冷めた紅茶を一口飲んだ。
ランドン伯爵は、25年前の話をし始めた。
当時、フィロリア公国では、若者の王国への相次ぐ亡命が問題となっていた。
王国はそんなに魅力的なのか。
フィロリア公国はその状況を打破するべく、王国への視察を兼ねた留学生を公爵子息と公爵令嬢から3人選出し、王国に向かわせた。
「王命で、我が父、当時のランドン伯爵がその内の1人の世話をすることになったんだ。公国の姫とも言える当時16歳の少女の名は、アリエノール・ハイクロフトといって、淡い栗色の髪に同色の単色の瞳だった。そう、サツキはアリエノール様にそっくりなんだよ……」
「公爵令嬢……」
カロリーヌは小さな声で呟いた。
ユレシアは息を呑んだ。
まさか、サツキは、公国の公爵の血縁なのか?
いや、サツキは別の場所から来たと言っているし、公国の事は何も知らないはずだ……。
「同い年だった私は、貴族学院内での彼女の付き人を務めることになった。1年の間そうしてるとね、まあ、お互い、ちょっと恋心が芽生えたり……ね?」
ランドン伯爵は顔を赤らめて照れ臭そうに言う。
もしかして手を出してしまったのだろうか、とユレシアが思っていると、カロリーヌは「やりましたわね」と心の声が漏れ出てしまっている。
「いや、さすがに、そんな不敬は働いてないよ。お互い若かったし、期限付きだから、ちょっと盛り上がってしまったというだけで……」
ランドン伯爵は慌てたようにカロリーヌに言う。
「わ、わたくし、声に……!?」
「出てましたよ……」
ユレシアは思わずカロリーヌにツッコミを入れる。
「ま、まあ、私とアリエノール様は、楽しい思い出だけ共有したんだよ。1年間の留学を終えたアリエノール様は無事に公国に戻られて、風の噂で、同じく別領に留学生として来ていた公爵子息と結婚したと聞いたよ」
ランドン伯爵はアハハと笑う。
笑っていいのか分からずに、ユレシアとカロリーヌは顔を引きつらせる。
「その留学で学んだことが功を奏したのだろう。公国は他国への観光を推奨し、公国の王国への亡命者は飛躍的に減少した。アリエノール様も安心したことだろう。で、だ、25年前とはいえ、私はアリエノール様の一番近くに1年も仕えていたんだよ。その私が断言する。サツキは間違いなくアリエノール様の血縁だ」
ランドン伯爵の真剣な眼差しに、ユレシアは再び息を呑んだ。
「サツキが捨てられた経緯や、暮らした場所、話す言葉、不可解な点がいくつもあるが、その瞳は公国の純血以外にあり得ない。どうだろう、ユレシア君、サツキを私に預けてくれないだろうか?」
「……え?」
ユレシアは呆けた声を出していた。
「サツキを奴隷として買ったんだ。今までのことは仕方ないとしても、公国の姫の可能性があると知ってしまったからには、同じ扱いは出来ないだろう? サツキの生い立ちはこちらで調べるし、言葉や他の教育も伯爵家で行おう。君はカロリーヌ嬢の付き人の件だけを……」
「ま、待ってください!」
ユレシアは叫んでいた。
サツキが公国の姫?
いや、それよりも、サツキと離れる?
ずっと一緒にいると、つい昨日、サツキと話したのに?
そんな、そんなのは、嫌だ……!
「サツキ、ユレシア様、ずっと一緒いる!」
ユレシアの思考がまとまる前に、サツキがユレシアより大きな声で叫んだのだった。




