3.ユレシア、言葉の通じない娘を買う
ランドン伯爵領の「スラサル商会」の面会室でユレシアとカラムが待っていると、先程の商会の男が1人の女性を連れてきた。
女性は15〜6歳で、淡い栗色の髪と同じ色の大きな瞳、肌は艶やかな象牙色、身長は高くもなく低くもなく……、そう、普通に可愛らしい女性だった。
「あの、この方が、条件に合う方なんですか?」
ユレシアは男に尋ねる。
「はい。実は、この者は、話せないのです。なので……」
男はそう言うと、ユレシアに書面を渡した。
先程と同じ書式の書面だが、性別だけが記されていて、名前の欄も年齢の欄も空白である。
「話せない? 病気、ということでしょうか?」
「いえ、医者に診察させましたが、体には何も問題はありませんでした。話せないというのは、私たちと同じ言葉が話せないという意味です」
「ああ、異国の女性なんですね」
確かに、その女性は、顔つきがユレシアたちと違う感じではある。
「異国、ではあると思いますが、どこの国の言葉も話せないのです。私共『スラサル商会』はどのような人材でも対応出来るよう、各国の言語を話せる者がいます。ですが、通じませんでした。もしかしたら、島国の少数民族の女性かもしれないと……」
「へえ、島国……」
ユレシアは地理や歴史が割と好きである。
どこの島国なのか、若干興味がわいてきた。
「書面でお分かりいただけたと思いますが、『スラサル商会』では仕事のお役に立てる人材を紹介しています。そのための教育機関もございます。ですが、言葉が通じないとなると仕事のお役に立つのも、教育も難しく、このままですと、その、性奴隷ということになるのですが、そちらは、いわゆる、犯罪奴隷なのですよ」
「そういうことですか」
ユレシアは納得した。
この商会の男は、犯罪を犯したわけでもないこの女性を、性奴隷にはしたくないのだ。
しかし、商会で面倒を見ることも出来ない。
そんなところに、持ち金の少ない、女性目当ての、世間知らずな男が来たのだから、好都合ということだ。
このことからも、「スラサル商会」に性奴隷を買いにくるヤツなんていないということが分かる。
「失礼ですが、平民の服装をしていらっしゃいますが、貴族の方ですよね? そのような方が性奴隷の市場に顔を出すのは、あまりよくありません」
「そ、そうなんですか?」
ユレシアは貴族といっても最下層なのだ。
夜会などに出るわけでもなく、他の貴族との交流は一切ない。
貴族の「暗黙の了解」がよく分からない。
「はい。通常は下男に買いに行かせます。貴族男性は性奴隷市場や歓楽街には決して近づきません」
「手遅れでした……」
「え?」
「あ、いえいえ、分かりました。えーと、彼女はおいくらなんでしょうか?」
そうはいっても、若くて綺麗な女性だ。
ユレシアの持ち金では買えないだろう。
「先程の書面の、60歳男性と同価格でございます」
さては会話を聞いていたな、とユレシアとカラムは目配せをする。
「承知しました。この女性を買います」
「坊ちゃん!?」
カラムは驚いているが、ユレシアは面会室に入った時から、こうなる予感がしていたのだ。
たとえどんな女性でも、会ってしまったら、見過ごせなくなるだろうと。
まあ、予想よりかなり綺麗で若い女性だったので、良かったというべきだろう。
その後は、トントン拍子に手続きが進み、ユレシアはガレシアから貰った金貨全てを支払って、領収書を受け取った。
その手続きの間中、女性は何も話さず、ただじっと、自分が見知らぬ男に売られる手続きを見ていたのだった。
ユレシアとカラムと女性を乗せた帰りの馬車内は、馬車の車輪のガタゴトという音だけが鳴り響いていた。
ユレシアは、コホンと咳払いをする。
「えーと、俺は、ユレシア」
ユレシアは、人差し指を立てて、ユレシア自身を指差した。
「ユレシア、ユレシア」
ユレシアは自身を指差しながら、自分の名前を連呼する。
そして、その指をカラムに向ける。
「この人は、カラム。カラム、カラム」
同じように、カラムの名前を連呼する。
「あなたの名前は?」
ユレシアは、指先をくるりと女性に向ける。
女性は、キョトンとした後、ハッとした顔をした。
「サ、サツキ。サツキ、サツキ」
女性は、ユレシアと同じように、自身を指差しながら、名前を連呼する。
「なるほど、サツキね! よろしく、サツキ」
ユレシアは笑顔で挨拶をする。
サツキと名乗った女性は、コクコクと頷いている。
「さすが坊ちゃん、女性の扱いが無駄に上手いですね」
カラムは見直したように言う。
「無駄には余計だよ。えーと次は年齢をききたいところだけど、これは難しいな……」
「あ、ノートに書いたらどうでしょうか?」
「いや、字も読めないでしょ」
カラムは「字を書くのではなくて」と言いながら、荷物からノートとペンを取り出す。
「ほら、こうやって、◯を年齢の数だけ書くのです」
なるほど。
それなら、字は分からなくても、◯の数を数えればいいので、年齢が分かる。
カラムがひたすら◯を書く様子を、ユレシアとサツキはじっと見つめる。
「あのさ、カラム。それ、何個書くの?」
「それは、私の年齢の60個ですよ」
「日が暮れるし、数えるの大変だよ」
「じゃあ、坊ちゃんがやって下さいよ!」
不満げなカラムから、ノートを受け取ったユレシアは、◯を23個書いて、サツキに見せた。
「ユレシアは23歳。サツキは何歳?」
サツキは◯の数を指で確認しながら数える。
「ユレシア……」
サツキはユレシアの名前を呼ぶ。
「ユレシア、23歳」
ユレシアは先程のように自身を指差して言う。
「ユレシア、にずうさんさい」
サツキは、ユレシアの真似をする。
「そう! ユレシア、23歳! サツキは?」
ユレシアは嬉しくなり、サツキとノートの◯を交互に指を差した後、ペンとノートをサツキに渡す。
サツキは、同じように、ノートに◯を書く。
いくつか◯を書いたところで、サツキはノートをユレシアに見せた。
ユレシアは、◯の数を数える。
「サツキ、18歳!?」
ユレシアは、驚きながらサツキに言う。
◯は確かに18個あるのだ。
15〜6歳くらいだと思っていたのだが、18歳なら、成人女性である。
カラムも「18でしたか!」と驚いている。
「サツキ、ずうはっさい!」
サツキは、笑顔でユレシアの真似をした。




