28.ユレシアの汚名返上
ランドン伯爵領の「スラサル商会」には、お昼過ぎに到着した。
昼食は、ケルバート伯爵家別邸の料理人が作って持たせてくれたミートパイを食べた。
サツキは何でも美味しそうに食べるが、ミートパイには目を輝かせていた。
イルベルト家に戻ったらジェンに頼んで作ってもらおう、とユレシアは思っていた。
サツキの話によると、サツキを保護したのはユレシアにサツキを勧めた男と同じだということだ。
早速商会に入り、その男性を呼び出してもらう。
奴隷を買うわけではないが、貴族の身なりをユレシアとカロリーヌがしていたせいか、4人は応接室に通された。
応接室に入ってきた男性は、サツキを見るなり驚いた表情になった。
サツキは立ち上がると、男性に一礼した。
「保護、ありがとうでした」
「ああ、話せるようになったのですね。良かった、本当に良かった……」
男性はホッとしたように言うと、ユレシアとカロリーヌに向き直った。
「私、スラサル商会の事務長をしておりますキリアンと申します。本日はどのようなご用件でしょうか」
ユレシアも立ち上がる。
「私はユレシア・イルベルトと申します。実は彼女、サツキというのですが、彼女の身元を証明したいのです。つきましては、保護した経緯などをお聞かせ願えればと思い、こちらに伺った次第です」
「身元……、そうですか。サツキさんは大切にされているのですね。私も出来る限り協力いたしますが、実は前に話した以上の経緯がないのですよ……」
キリアンは、申し訳なさそうに目を伏せる。
「どんなことでも構いません。時間と場所とその時の彼女の様子でも……」
ユレシアは懇願するようにキリアンに言う。
「……時間は夕刻でした。その日仕事が早く終わりましたので、町に買い物に出ていたところ、フラフラと歩くサツキさんを見かけました。私、このような仕事ですので、一目で公国から亡命してきた女性だと思ったのです」
キリアンが話し始めて、ユレシアとサツキは再び応接室のソファに腰掛けた。
ユレシアとサツキとカロリーヌとルルの向かい側に、キリアンが1人で座る。
「やはり、公国の女性だと思われたのですね!」
カロリーヌは横から口を挟む。
「ええ。実は公国からの亡命者は初めてではなかったので、すぐに保護をしたのです。しかし、彼女の言葉は我々とは違い、意思疎通が出来ませんでした」
「あの、公国からの亡命者は、割といらっしゃるということでしょうか?」
ユレシアは疑問を口にする。
観光で王都に来るような国なのに、亡命もあるのかと思ったのだ。
「以前は割と……。公国は閉鎖的ですので、若者は王国に来たがるようです。最近は公国も他国への観光を増やしていますので、亡命も大分減りましたが、減った分、公的な手段を踏まずに勢いで王国に来る若者がいるのです」
なるほど。
サツキもそういった若者だと思ったということだ。
「サツキは所持品がなかったと聞いていますが、それは本当ですよね?」
ユレシアは別の質問をする。
「はい。あ、もちろん、服や靴は身につけていました。イルベルト男爵子息に会わせた時に身につけていたものです」
あれかぁ、とユレシアは溜息をついた。
あの服も靴も一般的な平民のもので、王国でも公国でも売られているのだ。
ちなみにユレシアは、サツキに似合いそうな服や小物をかなり買い与えているので、それ以降はあの服を着ているサツキは見ていない。
「サツキは何故、何も持たずにこの町を歩いていたのですか?」
興味津々の顔をして、カロリーヌはサツキに質問をする。
「……分からない……。荷物、あった。服、違った。でも、なくなった……」
サツキは小声で答える。
「それは、初めて聞いたな。違う服を着ていて、荷物も持っていたのに、気がついたら無くなっていて、あの服を着てこの町にいたってこと?」
ユレシアがサツキに優しく問いかけると、サツキは小さく頷いた。
今の今まで言わなかったのは、信じてもらえないという気持ちからだろう。
ここは、責めてはいけないし、絶対に信じる場面だ。
「何故そのことを黙っていたのですか!? 面白いことですのに……」
「カロリーヌ様!」
ユレシアはカロリーヌを慌てて止める。
この人、思考と口が直結すぎる!
「サツキは信じてもらえないという気持ちがあり、言えなかったのですよ。私は信じます。サツキの言う事は全て信じます!」
ユレシアの宣言に、応接室がしんとする。
サツキは真っ赤になり、ルルが小声で「愛だわ……」と呟き、カロリーヌとキリアンが頷いている。
「ち、ちょっと、何ですか、この空気は! 信じると言っただけでしょう?」
「ユレシア様はご自分で気付いていないのですか? ものすごく重い愛が言葉にのっていましたわ」
カロリーヌはニヤニヤしながら言う。
ルルとキリアンは首を縦に振り、サツキはさらに真っ赤になっている。
「なっ……」
ユレシアも赤くなりかけて、いや、と思い直した。
サツキの信頼を得るためには、足りないのではないか?
昨夜それを見せようと思ったら、女遊びの話になってしまったのだ。
女遊びなんて、マイナスにしかならない。
ここからは、機会があってもなくても、どんどんアピールだ。
ユレシアは隣のサツキの手を握った。
サツキは驚いて「ふえっ」と声を上げる。
「はい。私はサツキのためなら何でもします。サツキ、持ち物と着ていた服がなくなる前、この町に来る前に何かあった?」
ユレシアは真剣な眼差しでサツキを見つめる。
サツキは赤い顔でぎゅっと目を閉じた。
「ユ、ユレシア様、手、離す! 考える、できない!」
い、嫌がられた!?
「そうやって女性をおとすのですね。さすが『女狂い男爵庶子』です」
ルルが白い目でユレシアを見ている。
「何人もの女性と遊ぶなんて、どのような手をお使いなのかと思ってましたが、なるほど、こういった距離の詰め方なのですね。あ、お続け下さいませ。とても興味深いですわ!」
カロリーヌは目を輝かせている。
女遊びを返上したかったのに、何故かより深まった!?
サツキを見ると、うつむいて震えている。
怒っている!?
ユレシアはそっとサツキから手を離した。
「ええと……、すみません……」
ユレシアは、とりあえず、謝っていた……。




