27.沙月と異世界
沙月たち一行は、朝食後、何事もなかったように準備をして、予定通りケルバート伯爵家を出発した。
なんと、座席カッチカチのお尻の痛い馬車ではなく、ケルバート家所有の座席にふかふかクッションが備え付けてある馬車だった。
でも、もう痛くはないんだけど……と、沙月は顔を赤らめていた。
実は昨夜は、ユレシアと一緒のベッドで眠ったが、何もなかったのである。
しかも、ガッチリホールドではなく、手を繋いで眠る、という可愛い感じだったのだ。
きっと沙月を気遣ってくれたのだろう。
沙月の身元はきっと証明できない。
でも、「奴隷」のままでも、ずっとユレシアと生きていこうと思った。
イルベルト家を良くしたいユレシアのお手伝いをしよう。
寂しさも諦めも、ユレシアと一緒なら、幸せに変わるような、そんな気がしていた。
「それで、サツキの体はどうでしたか?」
馬車の中で、カロリーヌは大真面目にユレシアに尋ねる。
カロリーヌの隣のルルがギョッとしている。
「いえ、昨夜は何もしていませんので」
ユレシアも大真面目にカロリーヌに答える。
「何故確認しないのですか!? サツキが『異世界人』かどうか知りたくはないのですか!?」
「カロリーヌ様、私は異世界人説は正直あまり……」
苦笑するユレシアに、カロリーヌは怒り出した。
「サツキが別の世界から来たと言ったのですよ! ユレシア様はサツキの言葉を信じていないのですか!?」
向かい側で怒っているカロリーヌを見て、沙月は笑ってしまっていた。
カロリーヌは沙月を信じているというよりは、面白い方へ行こうとしているだけなのだ。
でも、この世界から見た異世界とは、どんな世界なのだろうか。
「サツキ、別の世界、ほんと。異世界、なに?」
沙月は隣のユレシアの服を引っ張って聞いてみる。
聞き取りは大分出来ているのに、話す方は上手く出来ない。
こんな言い方で伝わるだろうか。
「うん。サツキのことは信じてるよ。異世界なにっていうのは……『幻想冒険譚』に登場する異世界が何なのかってことだよね。要約して話すと……」
さすがユレシアだ。
沙月の言わんとしていることを理解してくれている。
ユレシアの話してくれた「異世界」は、何もない場所、皮膚が硬くて、聞いたこともない言葉を話す人々。そして不思議な魔術を使うことが出来るとか……。
うん。地球ではない。
「異世界、違う。サツキ、場所、魔術ない」
沙月が首を横に振ると、「だよね」とユレシアは笑った。
「ちょっと、つまらないですわ! サツキ、皮膚を見せて下さいませ!」
カロリーヌは大声を出す。
やはり面白いかどうかだったらしい。
沙月は言われたとおり、袖をまくって腕を見せた。
カロリーヌとルルは前のめりになって沙月の腕を凝視して、ペタペタと触る。
「綺麗な肌ですけど、普通ですね。私たちと変わりありません」
ルルはキッパリと言う。
「じゃあ『えんじょー』はなんなのですの? 燃えて死ぬのですよね? 魔術じゃないんですの?」
カロリーヌは沙月の腕を離して残念そうに言う。
「『炎上』、たとえ。人見下す、悪いウワサ広がる、見下す人、嫌い……」
沙月はたどたどしく説明する。
今朝は腹が立ってしまって、つい「炎上しろ!」と思ってしまったのだ。
「ああ、人を見下す奴は、そのウワサが広まって、みんなから嫌われるということか」
ユレシアは呟く。
沙月はウンウンと首を縦に振る。
「それでしたら、やっぱり島なのでしょうか? ウワサが広まって全員から嫌われるなんて、狭い場所でないと無理ですわ」
カロリーヌの言うことはもっともである。
さすがに、ネットの説明は出来そうにない。
パソコンやスマホなんて、この世界から見たら、魔術に見えるだろうし……。
沙月はもう一度ユレシアの服を引っ張った。
「魔術、なかみ、なに?」
「ん? 『幻想冒険譚』の異世界の魔術の内容? 確か遠くの人と話せるとか、巨大なかたまりに乗って空を飛ぶとか? そんな感じでしたよね?」
ユレシアはカロリーヌに同意を求める。
「ええ! ものすごく速く動く馬なしの馬車、というのもありましたわ!」
カロリーヌは目を輝かせて言う。
待って待って!
それ、電話と飛行機と自動車なんじゃないの!?
じゃあ何もない場所って何だろう?
砂漠とか?
確かに、地球の陸地の20%は砂漠だって聞いたことはあるけど……。
「幻想冒険譚」の作者は、地球に行ったことがある!?
「さくしゃ、あいたい!」
沙月はユレシアに訴える。
「ほら、サツキも『幻想冒険譚』の作者に会いたいって言ってますわ! スラサル商会の後は、やっぱり作者の方にお会いしましょう!」
カロリーヌは嬉しそうに言う。
「気持ちは分かりますが、ちょっと待って下さい。先にカロリーヌ様とテシア兄さんの婚姻の契約書をやらないと、伯爵家に先を越されてしまいます。そうなると、カロリーヌ様の研究はご自身の功績になりません」
ユレシアの言葉に、ルルが大きく頷いている。
カロリーヌはルルを横目で見てから、ふぅと息を吐いた。
「残念ですが、伯爵家から契約書の内容について打診がありましたら、イルベルト男爵家は断ることが出来ません。わたくしは研究さえ出来れば良いので……」
「いえ、ちっとも良くありませんよ。資金は男爵家で功績は伯爵家なんて、イルベルトにとって何の得もありません」
ユレシアはキッパリと言う。
「おそらく、少しの資金援助くらいは融通してもらえますわ」
カロリーヌは弱々しく微笑む。
「お嬢様……」
ルルは小さく呟いている。
「いいえ、イルベルトでは『家族を大切にする』がモットーなのです。カロリーヌ様の功績はカロリーヌ様のものです。資金援助とは比較になりません」
ユレシアが、カッコよく見える? と沙月はユレシアを見つめる。
「契約書は所詮書類です。書類は同じ内容でも書き方によって、責任の所在が変わるのです。イルベルトでは専門の書記を雇わずに全て私が書類を作成しています。必ずや伯爵家書記の裏をかいてみせます!」
ユレシアの堂々たる宣言に、馬車内の女性3人は「おお!」と感嘆の声を上げた。
「書記を雇わずにユレシア様自身が作成しているなんて、すごいですわ! 何かこだわりでもあるのですか?」
カロリーヌは好奇心の目を輝かせている。
「いいえ、書記を雇う余裕がないだけです!」
馬車内の女性たちは、ガクッとなる。
やっぱりいつものユレシアだった、と沙月はクスクスと笑っていたのだった。




