24.奴隷の沙月
ケルバート伯爵家の別邸で、夕食をいただいた後、「作戦会議」と称して、カロリーヌの部屋でお茶とお菓子を楽しみながら今後の計画を立てることになった。
メンバーは、ユレシアと沙月、カロリーヌとルルの4人である。
ルルは侍女、沙月はメイドだが、夕食時同様に貴族2人と同席していた。
ユレシアもカロリーヌも、貴族なのに、身分は全く気にならないようだ。
「まずですね、サツキを異世界人と仮定して、『幻想冒険譚』の作者の方に異世界の話を聞きに行きましょう!」
カロリーヌは『幻想冒険譚』の本を持って、目を輝かせている。
「カロリーヌ様、まずはランドン伯爵領のスラサル商会ですよ。サツキを保護した時のことを詳しく聞きましょう」
ユレシアは苦笑しながら言う。
「仕方ないですわね。ではその後に作者の方ね」
カロリーヌはどうやらその本のファンのようだ。
「王都、いついく、ですか?」
沙月は恐る恐る質問をする。
沙月はユレシアから、王都にいるテシアにカロリーヌを紹介すると聞いている。
沙月の身元の件で、それが遅れるのは申し訳ない。
「サツキさん、貴族のご令嬢やご子息に質問や意見なんてしてはいけません」
ルルは目の前の沙月にピシャリと言う。
どうやら沙月とルルは、話し合いの場にはいるが、何かを話してはいけないようだ。
「ご、ごめんなさ……」
「サツキさん、『申し訳ありません』ですよ!」
「もしわけありません!」
「奴隷」の沙月にはこの場所では何の権利もない、とルルの目が言っている。
何もしていないのに、気がついたら「奴隷」なんてあんまりである。
そもそも、金銭で買われたといっても、その金銭は沙月に入った訳じゃない。
沙月は理不尽に唇を噛んだ。
「ルル、あなたが一番身分制度を嫌がっているではありませんか。外では仕方ないにしても、この場では良いのですよ?」
カロリーヌはルルに笑いかける。
「お嬢様、サツキさんは外でも出てしまいます。その時にツライ思いをするのはサツキさんなんですよ!」
ルルは悔しそうな表情で、カロリーヌに言う。
沙月は、ルルが沙月を思って言ってくれたのだと理解した。
「ルル様、ありがとうです」
「な!? 私に『様』はいりません!」
「ルル?」
「極端ですよ! 『ルルさん』でお願いします!」
沙月とルルのやり取りを見て、ユレシアとカロリーヌは微笑んでいる。
「ちょうどいいので、カロリーヌ様とテシア兄さんの話をしましょうか」
ユレシアは沙月をチラリと見る。
さすがユレシアだ。
沙月がカロリーヌとテシアを気にしていたことに気が付いていたようだ。
「サツキの身元証明を先にすると、カロリーヌ様をテシア兄さんに紹介する時期が遅れてしまいますので……」
「あら、わたくしは構いませんわ。今は結婚よりもサツキの身元証明ですわ!」
ユレシアの言葉を遮って、カロリーヌはキッパリと宣言する。
沙月はだんだん分かってきた。
このカロリーヌ様は、好奇心旺盛な貴族女性なのだ。
沙月のことも、慈悲というよりは、好奇心と興味である。
でも……、と沙月は下を向いた。
やはり沙月の身元証明は無理だろう。
この世界と、沙月のいた地球は違いすぎる。
ユレシアとカロリーヌとルルに無駄足を踏ませるなんて、出来ればさせたくない。
もちろん一生懸命そのことを伝えたつもりだが、ユレシアとカロリーヌは逆にやる気満々になってしまったのだ。
ユレシアは、カロリーヌの宣言を聞いて、ふふっと笑う。
「そうですね。イルベルト家としても婚姻時期は遅れても構いません。ですが、カロリーヌ様の研究の功績という観点から見ると、早い方がいいと思います」
「あら、どうしてでしょう?」
「イルベルトはカロリーヌ様の功績をイルベルト男爵家のものとしないからです」
ユレシアもキッパリと言い放つ。
カロリーヌは驚いた顔をした後、ルルを見た。
「ルル、ユレシア様に余計な事を言いましたわね?」
「も、申し訳ありません! ですが……」
ルルは体を小さくする。
「カロリーヌ様、ルルさんに言われたからではありません。イルベルトでは個人の功績は個人のものなのです。事実、ミリアム子爵家から嫁いでこられた亡きイルベルト男爵夫人は、化粧品の開発に携わっていましたが、これらは全て夫人の功績でした」
「そ、そうなんですの!?」
カロリーヌは本気で驚いている。
「はい。実は婚姻時に交わす契約書により、そのようにすることが出来るのです」
「知りませんでしたわ……」
ユレシアとカロリーヌの会話を聞きながら、沙月はユレシアはすごいなぁと思っていた。
内容はよく分からなかったが、場の空気が柔らかくなった気がする。
ユレシアは、沙月の身元を証明したら、沙月と結婚するつもりなのだろうか。
身元の証明は無理でも、そう思ってくれているということだろうか。
「では、距離的にも、スラサル商会の後に王都ですわね! 明日は朝食1時間後に出発としましょう」
カロリーヌがパンと手を叩いた。
どうやらいろいろ決まったようだ。
ルルはサッと席を立って、沙月を見た。
「サツキさんには使用人部屋を用意してありますのでついてきてくれますか?」
沙月が返事をしようとした時だった。
「いえ、サツキは私と同室でお願いします」
ユレシアは立ち上がりながら言うと、沙月の肩を抱き寄せる。
沙月は「奴隷」なのだから、貴族のユレシアと同室は良くないのではないだろうか。
「ユ、ユレシア様、サツキ、どれい……」
「そう、そのへんの誤解を解かないとね。カロリーヌ様、いいでしょうか」
尋ねられたカロリーヌはニッコリ笑った。
「ええ。でも明日はちゃんと起きてきてくださいね」
「もちろんです」
これは、ユレシアと同室になる流れである。
沙月はバツが悪くなり、横目でルルを見た。
ルルは小声で、「これが女狂い男爵庶子……」と呟いていた。




