23.ユレシアの失態
ケルバート伯爵家の別邸のユレシアの客室に、カロリーヌがサツキを連れてきた。
サツキの顔は暗く落ち込んでいる。
客室のソファのユレシアの隣にサツキを座らせ、向かい側にカロリーヌが座る。
「ユレシア様、申し訳ありません。ちょっと間違えてしまいましたわ」
カロリーヌはユレシアに頭を下げる。
ユレシアは慌ててカロリーヌをとめる。
「カロリーヌ様、頭を上げて下さい! それでその、間違えたとは……?」
ユレシアはカロリーヌから、サツキに奴隷の話をした流れを聞いた。
「そうでしたか。でもそれはカロリーヌ様のせいではありません。私がその説明を怠っていたからです」
ユレシアは下を向いているサツキを見ながら続ける。
「サツキは金銭の受け渡しの場にいました。察しが良かったので、説明はしなくても良いと、私が逃げていたのです」
これは奴隷問題に関しても同じことが言える。
奴隷問題を直視することから逃げていた。
「サツキがいたのはランドン伯爵領のスラサル商会ですよね。あそこは奴隷商会には見えませんもの。ケルバートでもスラサル商会からは人材を買っているのです」
カロリーヌは暗に、察してはいないのでは、と言っているようだ。
どちらにしても、サツキを奴隷扱いしたくなくて、何も説明していなかったことには変わりない。
「身元を証明する話をしたのですが、サツキは『身元ない』と言うばかりで……」
カロリーヌはユレシアに、サツキが描いた絵を見せる。
「海と、これは何ですか?」
「『おにぎり』という食べ物、だそうです」
「聞いたことがありませんね……」
カロリーヌとユレシアは「うーん」とうなる。
海の絵を描いたということは、やはり島育ちなのだろう。
「おにぎり」は少数民族の郷土料理なのだろうか。
「わたくし自慢ではありませんが、かなりの雑学者なのですよ。ですが、サツキの絵や歌は全く知らないものでした。育ちの島を探し出して身元を証明するのは、少々難しいのでは、と思います。公国の女性であることは間違いないので、本当の両親を探す方が簡単かもしれません」
サツキを捨てた両親を探すことは、サツキにとっても両親にとっても良いとは言えない。
しかし、身分が奴隷のままではサツキがあまりにも可哀想だ。
「そうですね。王都に着いたらまず……」
ユレシアが言いかけたところで、サツキはユレシアの服を引っ張った。
「サツキ、公国、違う。サツキ、島、違う。サツキ、みもと、ない。サツキ、みもと、むり……」
「サツキ! 大丈夫だから! 絶対に身元を証明してあげるから!」
ユレシアは、サツキの肩に手を置いた。
サツキは首を横に振る。
「サツキ、違う、世界、来た。別、世界。場所、違う……」
「え、別世界? サツキ、それはどういう意味……」
「分かりましたわ!!」
ユレシアの言葉を、カロリーヌが大声で遮った。
声が大きすぎて、ユレシアとサツキはビクッと体を震わせる。
「サツキは、ここではない別の世界から来たのですよ!」
大声のまま、カロリーヌは確信顔で言う。
「あの、カロリーヌ様、ここではない別の世界って……」
ユレシアはサツキの肩を抱き寄せながら尋ねる。
「あら、ユレシア様は『幻想冒険譚』をお読みになったことはなくて? 異世界ですよ、異世界!」
カロリーヌは興奮したように言う。
「子どもの頃に読みましたけど、あれは、子ども向けの作り物の世界ですよね?」
ユレシアは苦笑する。
女性が『幻想冒険譚』を読んでいるなんて珍しいからだ。
「そうとは言い切れませんわ! ユレシア様、サツキの体はどうでしたか!?」
カロリーヌは目をキラキラさせて、ユレシアを見る。
「ど、どうとは……?」
「サツキの裸や、抱いた感じですよ! 他の女性と同じか違ったか……」
「わーっ!?」
今度はユレシアが大声を出して、カロリーヌの言葉を遮った。
「なんですの? 突然叫んで……」
「カ、カロリーヌ様は貴族のご令嬢ですよ!? そんなことを口にするのは……」
「ユレシア様は、わたくしの事を普通の令嬢だと思っていらっしゃるのですか?」
「すみません、全く思っていません!」
ユレシアはつい馬鹿正直に答える。
カロリーヌはクスクスと笑い出す。
「それならお話が早いですわ。で、どうなのですか? 『幻想冒険譚』では、異世界人は皮膚のつくりが違うとありましたので……」
「いえ、その……」
ユレシアはカロリーヌから目を逸らす。
そもそも、サツキとそういうことをしたのは、昨夜が初めてなのだ。
昨夜のユレシアは寝不足と興奮で、あまり冷静ではなく、今までの女性との違いなんて……
ユレシアが答えないので、カロリーヌは不満げにしている。
「ユレシア様は多数の女性と経験がおありでしょう? 毎日抱いているサツキとの違いくらい……」
「わーっ!!」
ユレシアは再び大声を上げて、カロリーヌの言葉を遮った。
普通の令嬢と会ったことは殆どないが、カロリーヌは人として普通じゃない気がする。
しかも何だろうか。
この、浮気をバラされたような気持ちになるのは……。
「ユレシア……」
サツキはあきらかに白い目をしてユレシアを見ている。
言葉が大分聞き取れるようになったようで、良かったというか悪かったというか……。
「もういいですわ! サツキ、ユレシア様は今までの男性と違いましたか?」
カロリーヌはユレシアに聞くのは諦めて、今度はサツキに聞いている。
「ち、ちょっと、カロリーヌ様!? サツキになんて事を……」
「ユレシア様が答えないからですわ! 島の女性は、13〜15歳で結婚と出産をすることが多いのです。もしサツキが島育ちでしたら、子どもの1人や2人いるかもしれません!」
「い、いえ、サツキは……」
サツキはあきらかに「初めて」だった。
そうなると、島育ち自体、やはり違う?
「サ、サツキ、ユレシア、初めて! 昨日、初めて!」
サツキは顔を真っ赤にして叫んだ。
「ええっ!? なんで、正直に答えたの!?」
ユレシアはついツッコミをいれる。
カロリーヌは驚いた表情で、サツキを見た後ユレシアを見る。
「ユレシア様!? あなた何をのろのろとやっていたのですか!? 『女狂い男爵庶子』の二つ名は嘘だったのですか!?」
「その二つ名初めてききましたよ!? しかも何故私が怒られているのですか!?」
ユレシアもカロリーヌに負けないくらいの大声を出していた。




