22.沙月とカロリーヌ
ケルバート伯爵家の別邸のカロリーヌの部屋で、沙月はソファに座っていた。
ケルバート伯爵令嬢は、あきらかにユレシアより身分が上だ。
家の大きさや身なりもそうだが、何と言うか、貴族度? が違うのである。
マナーはよく分からないが、本来なら、メイドが同席して話をするのはおかしいような気がする。
カロリーヌは本を何冊か持ってきて、沙月の前のローテーブルに置き、沙月の向かい側に腰掛ける。
「そんなに緊張なさらないで? そうね、まず、わたくしの事は、『カロリーヌ』とお呼びください。カロリーヌですよ、分かります?」
「は、はい。カロリーヌ様……」
沙月は、教わった「様」を付けて呼ぶ。
カロリーヌは顔を輝かせた。
「やはりちゃんと分かってらっしゃるのね。それでしたら単刀直入に伺いますわ。サツキは公国の出身ですよね?」
どうやら「公国」から来たのかときかれているようだ。
「サツキ、公国、違う」
サツキは首を横に振って、違うをアピールする。
「相当小さな頃に捨てられたのかしら……。まあいいわ。それでしたら、出身はどこなのでしょう?」
カロリーヌは、本を開いて沙月に地図を見せる。
これは、ユレシアにきかれたときと同じである。
この地図に、日本はないのだ。
「地図、ない」
沙月はもう一度、首を横に振る。
「地図を見たことがなくて、自分のいた場所が分からないのかもしれませんね。では、絵に描いてもらおうかしら……」
カロリーヌは白いページばかりの本を開き、沙月にペンを渡す。
「サツキのいた場所の絵を描いてくださる?」
どうやら、沙月が元々いた場所の絵を描いてと言われているようだ。
どうしようか。
車や電車の絵を描いたら、ダメな気がする。
建物も、この世界の建物とは雰囲気が違うし……。
沙月は悩んで、孤児院のみんなと行った「海辺」の絵を描いた。
実は沙月は絵が得意なのである。
「これは、海ね! やっぱりどこかの島国なのね。それにしても、サツキは絵がお上手ね。どこかで描いていたのかしら……」
カロリーヌは少し悩んだ後、本の白いページをもう一度沙月に見せた。
「サツキの島での好きな食べ物を描いて下さいませ。食べ物は一番文化を象徴しますもの。島国独自の物でしたら、出身が分かるかもしれません。サツキ、島、食べ物、描いて下さい」
出身地の食べ物を描いてと言われている?
どうしようか。
カップラーメンはアウトだろうなぁ。
無難に今朝食べた桃っぽいものを描いても、そうじゃないと言われそうだし……。
沙月はかなり悩んで、おにぎりの絵を描いた。
お米が食べたいので、もしかしたらあるかもしれないという気持ちからだった。
「これは、何かしら……?」
「おにぎり」
「おにぎり?」
カロリーヌはしきりに首を傾げている。
どうやら、この世界にお米はないようだ。
ガッカリである。
「ちょっと見たことがありませんわね……。これは、後で調べるとしましょうか。そうね、絵が描けるということは、芸事に明るいかもしれませんわね。サツキ、歌は歌えるかしら? 島の歌よ」
「うた?」
「単語として知らない感じかしらね。ユレシア様が歌うとも思えませんしね……」
カロリーヌはコホンと咳払いをして、息を吸った。
沙月は目を見張った。
カロリーヌが歌い出したのだ。
何の歌かは分からないが、とても綺麗な歌だ。
歌はとても短く、すぐに終わってしまった。
「カロリーヌ様、すごい!」
沙月は思わず拍手をした。
拍手してから、目上の人に失礼だったかもと気付いて、「すみません」と頭を下げた。
「あら、いいのよ。これが『歌』よ。サツキも歌を歌ってください。島の歌よ」
なるほど。
住んでいたところの歌を歌えということだ。
サツキはカラオケが好きである。
イライラした時にヒトカラに行くこともあったぐらいだ。
日本のアーティストの歌……はダメだよね。
童謡でも歌えばいいのかもしれないが、日本といえば……。
「きーみーがーあよおはー……」
沙月は「君が代」を歌ってみた。
日本の国歌だし、と思っただけだが。
「サツキは歌もお上手ですね。でもやはり知らない言葉に変わった旋律ですね。これは、ますます面白いですわ!」
カロリーヌは目をキラキラとさせている。
沙月から見てカロリーヌは、好奇心旺盛な少女のようだ。
いろいろ諦めて生きてきた沙月とは、目の輝きが違う。
ユレシアに似合うのは、本当はこんな感じの女性かもしれない。
……ユレシアは、沙月を1番だと言ったが、一体何を気に入ったのだろうか。
もしかして、片言だと純粋そうに見えるとか?
ユレシアは騙されやすそうだし、そうかもしれない。
沙月がユレシアの事を考えて小さく頷いていると、カロリーヌはふふっと微笑んだ。
「サツキは、ユレシア様と結婚したい? ええと、サツキとユレシア様、結婚?」
カロリーヌの指と指を重ねる仕草に、沙月は顔を赤らめた。
「え、えと……」
「でも、今のままですと、サツキはユレシア様と結婚できませんわ」
カロリーヌのキッパリとした口調に、沙月は瞬きをする。
「分かりませんか? ユレシア様、サツキ、結婚なし、です」
「結婚なし……」
沙月はユレシアと結婚出来ないと言われているようだ。
「そうです。奴隷と貴族は結婚出来ません。ユレシア様が平民になったとしても、裏の手のような方法しかないのです。そうなると、生まれてくる子どもは身元が証明されなくて、奴隷となってしまいます。愛だけではどうにもなりません」
「ど、どれい、何?」
カロリーヌは表情を曇らせて、本を一冊手に取ると、パラパラとページをめくった。
そして、あるページの絵を沙月に見せる。
その絵は、ボロボロの身なりをした人たちが、重いものを運んだり、兵隊のような人に鞭で叩かれたりしている絵だった。
「これが奴隷ですわ」
カロリーヌは声を落として、ボロボロの身なりの人を指差す。
「奴隷……。サツキ、奴隷……?」
沙月は震える声で呟く。
歴史の資料集のような、どこか他人事な奴隷の絵が、今の沙月の身分ということだ。
お金で買われたのだから、そうかもしれないと思ったことはあったが、イルベルト家のみんなが優しくて、勝手に家族のような気持ちになっていた。
「ええ。奴隷とユレシア様は結婚できません。ですので、わたくしたちは何としてもサツキの身元証明をしたいのですよ。そのためには……」
カロリーヌが何か説明をしていたが、沙月の耳には届いていなかった。
ただ、結ばれたと思ったユレシアとは、結ばれる事はなく、「奴隷」という日本ではあり得ない身分に、また一つ、諦めなくてはいけないことが出来たのだと感じていた。




