21.ユレシア、相談を受ける
途中の町を出発した日のお昼過ぎに、ユレシアとサツキはケルバート伯爵領に到着した。
乗り合い馬車を降りた後、町の宿屋の一部屋を借りて、ユレシアは貴族の装いに、サツキはメイド服に着替えた。
ケルバート伯爵家は、イルベルト男爵家の5倍はあるかという大きさだった。
ユレシアも驚いたが、サツキはあんぐりと口を開けていた。
庶子とはいえ、ここの令嬢をイルベルト男爵家に嫁がせるなんて、無謀な話である。
門番に話を通すと、先日カロリーヌと同伴していた侍女がやってきた。
侍女は2人を、本邸ではなく少し離れた屋敷に案内する。
どうやらカロリーヌは別邸に住んでいるらしい。
到着した別邸は、イルベルト男爵家とほぼ同じ大きさだった。
サツキはその別邸とユレシアを交互に見ている。
何となくサツキの言いたい事は分かる。
ユレシアって実はお金持ちではない? といったところか。
まあ、いずれ、イルベルト男爵家が貴族社会では最下層だと分かる時がくるだろう。
ユレシアは最下層貴族でも全く気にしたことはなかったが、サツキには「いい顔」を見せていたかったなどと思っていて、そんな自分自身に驚いていた。
「お待ちしておりましたわ! ユレシア様、サツキ」
別邸のエントランスで、満面の笑顔で出迎えてくれたカロリーヌに、ユレシアはホッとする。
貴族令嬢がメイドの名前まで呼ぶなんて、普通はあり得ない。
カロリーヌは、本当に身分なんて気にしていないのだ。
「お招きいただきありがとうございます。本日は……」
「堅苦しい挨拶はおよしになって! 今日はこちらに泊まっていただいて、明日早速王都に向かいましょう!」
ユレシアの言葉を遮って、カロリーヌは相変わらずの早口で喋る。
「実はお父様とお兄様がユレシア様にお会いしたいと仰ってたのですよ」
「え!? そんな、恐れ多い……」
「でもですね、『女主人』の機嫌が悪くなってしまって、今回は流れてしまったのです」
ユレシアは正直、良かったと思っていた。
もちろん挨拶はするつもりでいたが、場を設けてとなると、ケルバート伯爵や前伯爵と話をする器ではない。
ガレシアとテシアを連れてこなくてはならない。
「ルル、早速ユレシア様をお部屋にご案内して。サツキはわたくしと少しお話をしましょう」
ルルと呼ばれた侍女は、「かしこまりました」と言い、ユレシアの荷物を持って歩き出す。
「あの、カロリーヌ様、サツキと何を話すのでしょうか!?」
ユレシアは、さっさと歩く侍女と微笑んでいるカロリーヌを交互に見る。
「あら、女同士のお話ですわ。詮索なんて無粋ですよ?」
カロリーヌは表情を変えずに言う。
そう言われてしまうと、これ以上は何も言えない。
カロリーヌがサツキに酷い事を言うとは思えないので、ユレシアは会釈をして、もう遠くにいる侍女を追った。
カロリーヌの侍女のルルが案内してくれた部屋は、ユレシアの寝室を除いた自室と同じくらいの大きさだった。
ルルにお礼を言おうとすると、意外なことにルルから話しかけてきた。
「失礼を承知で、イルベルト男爵令息……に質問があるのですが、よろしいでしょうか」
「はい。でも、その呼称ではなく、ユレシアと呼んでいただけますか?」
はっきり言って、呼ばれ慣れていないので話が入ってこない。
「……承知しました。では、私のことも『ルル』とお呼びください」
ルルは、目を伏せてそう言った後、顔を上げてユレシアを真っ直ぐに見た。
年は20歳くらいだろうか。
茶髪で整った顔立ちの美人である。
「ユレシア様は、どうしてお嬢様を断られたのですか?」
あ、その話か、とユレシアは納得する。
ユレシアが何かを言う前に、ルルはさらに話を続ける。
「お嬢様は素晴らしい方なのです。確かに他の方の5倍……10倍くらいはお話されますが、他の貴族のように人を見下したりは絶対にしません。行動力も他の方の10倍はあり、ついていくのは大変ですが、全てこの国のためになっているのです!」
「は、はあ……」
「縁談に見向きもしなかったお嬢様が、何故かユレシア様にだけ会いに行ったのです。それなのに、身分も気にされず断るって、どういうことなのですか!? まさか、年齢を気にされているのですか!?」
寡黙に見えたルルは、やはりカロリーヌの侍女を務めているだけあるのか、早口でまくし立てた。
引っかかる言い方はあるが、カロリーヌのことを本当に尊敬しているようだ。
「ルルさんの仰るとおり、カロリーヌ様はとても素晴らしい方です。ですが私は三男で庶子のため、将来は平民になります。カロリーヌ様には相応しくありません……」
「お嬢様は、平民になりたいのです!」
ルルはユレシアに被せるように言う。
確かにそんな事を言っていた、とユレシアは思い出す。
「ユレシア様は平民になっても、そこそこの収入が見込めるのでちょうど良いと、お嬢様は言ってました!」
カロリーヌは侍女にも包み隠さず話しているようだ。
しかし、ユレシアの稼ぐ金だけが目当てだと言われているようなものである。
まあ、貴族の結婚なんてそんなものだが……。
「ルルさん、実は私、想う相手がおりまして……」
「あのメイドですよね! 確かに公国美人ですが、子どもではないですか! やっぱりお嬢様の年齢が……」
「いえ! 彼女は18歳なので子どもではありません! それに私は女性なら何歳でもいけます!」
ルルは顔色を変えて、一歩後ずさる。
年齢は全く問題ではないことを言っただけなのに、ドン引きするなんて心外である。
「あの、ルルさん、事情を全てご存知ですよね? それでしたら私に聞く必要は……」
「私は、私は、お嬢様に幸せになっていただきたいのです!」
ルルは叫ぶと、ユレシアを睨んだ。
「お嬢様は没落した男爵家の娘だった私を引き取って侍女学校に通わせてくれたのです。そんな大きな心をお持ちのお嬢様の幸せは、貴族の令息と結婚することではありません。自由に研究をすることなのです。それがどうですか! 貴族令嬢として研究成果を出すと、その家の主人の功績になるのですよ!」
「ああ、そうですね……」
「納得がいきません! お嬢様のおかげでケルバート伯爵家は潤っているのに、それなのに結婚も出来ない年増令嬢扱いするってどういうことですか!」
「え? 伯爵と前伯爵がそのような扱いを……?」
「違いますよ! 伯爵夫人です! お嬢様を目の敵にしていて、追い出そうとしているのです!」
確かにカロリーヌもそう言っていた。
しかし、伯爵家を潤すほどの研究とは何だろうか。
「ええ、ええ、出て行ってやりますよ! お嬢様がいなかったら伯爵家なんて急降下ですよ! でも、嫁ぎ先が貴族だったら同じなのです! お嬢様は素晴らしいのに、お嬢様の功績にはならないのです……」
ルルはそこまで話すと、顔を覆った。
気持ちは察するが、これは単なる愚痴ではない。
完全にユレシアに何とかしろと言っている。
なるほど、カロリーヌとルルにとって大切なことは、研究を続けられる環境と資金、加えて女性の地位向上といったところか。
「ルルさん。功績の話だけをすれば、やはりカロリーヌ様は貴族のままが良いです。平民ですと、そもそも、研究自体が認められません。きっとカロリーヌ様は研究が出来ればそのあたりはどうでもいいのでしょうが、ルルさんは嫌なのですよね?」
ルルはこくんと頷き、顔を上げた。
「であれば、イルベルト男爵家は好都合かもしれません。我が家は貴族ですが、貴族らしくありませんので」
ユレシアはニッコリとルルに微笑んだのだった。




