20.沙月の甘い夜?
……やっちゃったぁ……。
「ケルバート領」に向かう途中の宿屋の一室で、沙月は、隣で眠るユレシアの顔を見ながら、そう思っていた。
夜中なのか、周囲は暗く、ベッドサイドの小さなランプだけがユレシアと沙月の顔を照らしている。
捨てられてもいいやとユレシアを拒んだのはつい昨日のことなのに、舌の根も乾かぬうちに、自分から誘ってしまったのだ。
この決意の緩さに、沙月自身かなり呆れてしまう。
しかし、と沙月はもう一度ユレシアを見た。
ユレシアの腕が沙月をしっかりホールドしていて、身動きがとれない。
沙月のせいで昨夜寝不足だったユレシアを起こしたくはない。
でも、この体勢、正直言ってツライ。
ユレシアの腕だって痺れてしまうし、喉も乾いた。
こういう時、みなさんがどうしてるか、ネット検索したいくらいだ。
沙月はしばらく考えてみたが、やはり正解がわからないので、起き上がるのではなくて、下から抜け出す作戦を決行することにした。
おそらく、沙月の頭がユレシアの腰あたりまできたところで、掛けてあったブランケットがバサっとめくられた。
「サツキ!? 何してるの!?」
薄暗いのに、ユレシアの驚いている顔がはっきり見てとれる。
「あ、そと、いく……」
「だ、だめ! どこにも行かないで!」
ユレシアは、沙月の腕を掴んで抱き寄せる。
ベッドから出て、飲み物を……と言いたかったが、単語が出てこなかったので、「そと」と表現したのがいけなかったらしい。
ユレシアは沙月をしっかり抱きしめて、再び目を閉じた。
規則的な寝息が聞こえてくる。
「寝た!? 嘘でしょ!?」
沙月は思わず日本語で叫んだ。
ふりだしに戻る、どころか、さっきよりガッチリホールドだ。
これ、どうしたらいいの?
誰か正解を教えて!?
多分、甘い夜なのに、沙月はユレシアの腕の中で、「はなしてぇ(日本語)」と半泣きになっていた。
次の日、宿屋の食堂の朝食の席で、沙月はユレシアから「ケルバート伯爵令嬢」との「結婚」は「なし」になり、「テシア兄さん」と「ケルバート伯爵令嬢」が「結婚予定」ということを聞かされた。
つまり、ユレシアは、ケルバート伯爵令嬢とテシア兄さんを会わせる仲介役ということだ。
「分かった?」
「はい。分かった」
ユレシアはホッとした表情になった後、沙月のお茶のカップが空に近いのを見て、宿屋の従業員を呼び、沙月のカップにお茶を注がせる。
「ソーセージを追加で、あと、フルーツを……」
ユレシアは従業員に流れるように追加を申し付けている。
ソーセージもフルーツも、サツキの好物である。
ちょっと、昨夜も思ったけど、ユレシアって、スマートすぎない?
沙月はいろいろ初めてだったのに、ユレシアはあきらかに慣れていた……と思う。
運ばれてきたソーセージとフルーツを、ユレシアは当たり前のように沙月の前に置く。
「どうぞ」
「あ、ありがと……」
お礼を言って、サツキはハッとなる。
いやいや、沙月はメイドだった!
まるで普通のカップルみたいにしてしまった。
「ユ、ユレシア様、食べる」
沙月は、お皿をユレシアの方へ押す。
「俺はいいよ。サツキが食べてくれたら嬉しいな」
ユレシアは微笑んで、お皿を押し戻す。
ソーセージとフルーツは、沙月にとって高級品だ。
日本で時々口にしたソーセージは、普通のソーセージだった。
この世界のソーセージは、もう、じゅわっとした肉なのだ。
胡椒がきいていて、肉汁が口の中に広がって、めちゃくちゃ美味しい。
フルーツは、日本では殆ど口にしなかった。
メインじゃないくせに、お値段が高いのだ。
バイト代が入っても、フルーツを買うなんてことはしたことがない。
この世界のフルーツは、みずみずしくて、甘くて、口いっぱいに美味しい水分が行き渡る。
ソーセージの脂っぽさが中和される感じも良い。
メロンっぽい味だが、見た目は桃っぽいこのフルーツが沙月のお気に入りだ。
「んー!」
食レポが出来そうなくらい、心の中でいかに美味しいかを並べ立て、沙月はソーセージとフルーツを頬張った。
その様子を、ユレシアは笑顔でずっと見ていた。
ケルバート伯爵領に向かう乗り合い馬車を見て、沙月は「うっ」となっていた。
昨日と同じタイプの、椅子が硬くて、おしりが痛い馬車である。
昨日もつらかったが、今日はこれだけは避けたかった。
というのも、まだ、痛いのだ。
初めてだったから、ほら、痛かったのだ。
しかし、こんな事、誰にも言えない。
沙月はユレシアの後に続いて、何でもないフリをして馬車に乗り込む。
するとユレシアが、荷物から丸いクッションを取り出して沙月の座ろうとした席に置いた。
「どうぞ」
「え? あ、ユレシア様、使う……」
沙月がクッションを持ち上げてユレシアに返そうとすると、ユレシアは沙月の耳にそっとささやいた。
「ごめんね。無理させたから痛いと思う……」
「……っ!!」
沙月は言われたとおり、クッションの上に腰掛けた。
慣れている!
ユレシアは、絶対に慣れている!
沙月は、喜んでいいのか何かに嫉妬していいのか分からず、馬車内でずっとうつむいていた。




