19.ユレシアのモヤモヤ
ユレシアとサツキは、ケルバート伯爵領に向かう馬車内にいた。
イルベルト家には馬車は1台しかなく、専任の御者もいないため、この馬車はケルバート領に向かう乗り合い馬車である。
そのため、馬車には他にも数人の人が乗っている。
実はこの交通を整備したのはユレシアだが、実際に乗るのは初めてだった。
乗ってみると分かる。
かなり椅子が硬くて、おしりが痛い。
帰宅したら速攻で改良案を出さなくてはいけない。
ケルバート伯爵令嬢が言うとおり、ユレシアは領外に出なさすぎて何も知らないということがよく分かる。
ふと見ると、隣に座っているサツキもおしりをずらしたりして、つらそうにしている。
「サツキ、痛い? 大丈夫?」
ユレシアは小声で話しかける。
「少し、痛い。ユレシア様、だいじょぶ?」
サツキも小声で答える。
「俺も痛い。でも大丈夫だよ」
ユレシアは微笑む。
朝食後、サツキにはしっかり「ユレシア様」を教えた。
結局、昨日キス前にサツキが言った「ユレシア様大好きです」は、ガレシアが教えただけの感情のない言葉だった。
それなのに、ユレシアは嬉しくなって無理矢理キスをしてしまったのだ。
まさか自分がこんなに短慮だとは思わなかった。
今日だけではケルバート伯爵領に到着しないので、途中の町で一泊予定である。
せっかくサツキと2人きりだが何もなさそうだ、とユレシアは溜息をついた。
「部屋が1つだけですか……」
「ごめんなさいねぇ。他にもお客がいてね、でも彼女はメイドでしょう? 同室の方が都合が良いですよね?」
途中の町の宿屋の女将は、サツキをチラリと見て言う。
どうやら女将は、同室にできる客は同室にして、なるべくたくさん客を入れたいようだ。
ユレシアは貴族なのに、平民の格好をしているせいか、全く威厳がない。
「サツキ、同じ部屋でいい?」
「はい。同じ部屋、いいです」
サツキはあっさりと頷く。
普通、男と女が同室になったら、起こることは1つである。
しかし、サツキは平然としている。
キスまでしたのに、全く男として意識されていない感じがする。
ユレシアとサツキが鍵番号の部屋へ行くと、その部屋はダブルサイズのベッドが1つだった。
女将が気を利かせてくれたのかもしれないが、今日に限っては余計なお世話である。
ユレシアだって、2日連続で断られたら、さすがに浮上出来ない。
部屋内には、小さなソファがある。
あのソファで寝たら体が痛そうだ。
もう、この町の歓楽街に行ってしまおうか。
ここはすでにイルベルト領外だから、バレる心配もない。
今日ばかりは、先にお金を払って、とにかくこのモヤモヤした状態をなくそう。
「ユレシア様、ベッド。サツキ、ソファ、寝る」
サツキは自分がソファで寝るから、ユレシアにベッドを使ってと言っている。
あくまで一緒に寝ないつもりのようだ。
「さすがに女性をソファで寝かせられないよ。俺はちょっと出るから、ベッドはサツキが使っていいよ」
ユレシアは大きな荷物だけ置いて、金貨が入った小さなカバンを身につける。
「ユレシア様、どこ行く?」
「ん? まあ、仕事? サツキはここで待っていてね」
ユレシアは微笑んで出て行こうとする。
が、サツキがユレシアの服を掴んで、行くことが出来ない。
「あの、サツキ、離して?」
「サツキも一緒行く」
ユレシアはハァーと息を吐いた。
歓楽街に女性同伴なんて聞いたことがない。
「サツキはダメ。ここで待ってて」
ユレシアは、自分の服からサツキの手を離しながら言う。
サツキは下を向いている。
ユレシアは少しイライラとしてきた。
本当に18歳なのだろうか。
分かっていないにも程がある。
「サツキ、キスする?」
ユレシアはイライラに任せてサツキを覗き込んだ。
「はい。キスする」
サツキは頷いた。
「あのさぁ! 昨日はしないって言ったよね?」
ユレシアは大人気なく声にイライラを乗せる。
「サ、サツキ、2番目いや。ユレシア、1番目、ほしい!」
サツキも、ユレシアと同じくらい怒ったように言う。
「え? どういうこと? それって……」
ユレシアは、サツキの片言が瞬時に理解出来ず、サツキの両肩に手を乗せて、サツキの目を見る。
サツキの瞳は涙で揺らめいていて、中央に黒色がなく、淡い栗色の単色だった。
「サツキ、『おめかけ』いやぁ……」
サツキの単色の瞳から、ポロポロと涙がこぼれる。
ユレシアは、ただ、呆然としていた。
何も分かっていなかったのは、ユレシアの方だった。
サツキはユレシアを好いてくれていて、それは、妾が嫌だと、ユレシアの1番がいいと泣くほどだったのだ。
サツキはこの一連の流れをおそらく理解していなくて、ユレシアがケルバート伯爵令嬢と結婚すると、そのための旅だと思っているのだ。
気持ちが通じたと思ったのに、昨夜拒否されたのは、2番目になりたくなかったから……?
「サツキは2番目じゃない! 1番だから! 俺の1番だから……!」
ユレシアは沙月を抱きしめた。
いろいろ説明しなくてはいけないことがあるのは分かっていたが、理性を心が追い越していった。
別々に寝ようと言っていたベッドに、サツキを寝かせて、覆い被さる。
同意を得たのかどうかも分からなかったが、無理矢理に唇を重ねる。
昨日と同じく、サツキは応えようとしてくれている。
サツキがここから先、やっぱり嫌だと言っても、やめる自信はユレシアにはなかった。
でも、サツキは最後まで、嫌だとは言わなかった。




