18.沙月の望み
沙月は分かっていた。
昨夜、変な想像や勘違いをしないようにと、ノートとペンを持っていったけど、ユレシアは沙月をすぐにベッドへ連れていった。
やっぱり、「愛人」のお仕事だと理解した。
その前の、ガレシアの部屋で全員にユレシアが話をした時、話の中に、「サツキ」と同じくらい「ケルバート」が出てきた。
あの女性のことだと分かった。
そして、どうやら「ケルバート」のところへ行くらしい、ということも分かった。
結婚話がなくなったのに、「ケルバート」に会いに行くのは変だ。
つまり、やっぱり「ケルバート」と結婚をするのだ。
ほら、嘘だった。
結婚しないとか、2番目じゃないとか、ユレシアは適当に言っただけだった。
「愛人」でもいいと腹を括ったつもりだったけど、いざベッドに座ると、それはどうしようもなく、沙月に覆い被さる黒いモヤになった。
沙月はこのモヤを受け入れることができなかった。
ご飯と寝るところなんて、もういいや。
追い出されても、もういいや。
こんなに胸が苦しいのなら、もう、いいや。
キスはしないと断言して、部屋から出てってやった。
ユレシアは驚いていた。
嘘をついたのだから、ちょっとは断られたショックを受ければいい。
それで沙月を追い出せばいい。
別の女の子を愛人にすればいい。
部屋に戻った沙月は、なんだかとてもスッキリしていた。
きっと、右も左も分からないこの世界の「安定した生活」にこだわりすぎていた。
思えばいつもそうしていた。
手に入らないものは、望まない。
望むから苦しいのだ。
いつもの自分に戻ったからか、沙月は驚くほどよく眠った。
次の日の朝、ユレシアは目にクマを作って、あきらかに落ち込んでいた。
そんなにショックだったのだろうか。
ユレシアは沙月を責めなかった。
ユレシアからすれば、お金で買った女性が、夜の相手をしなかったのだ。
それなのに、責めなかった。
「ケルバート」に会いに行く準備をしてと言われて、初めて一緒に行くのだと理解した。
新婚旅行? について行く「愛人」?
貴族はきっと、召使いやメイドが一緒に行くのが当たり前なのだろうけど、その付き人が「愛人」なのは、沙月からすれば、信じられない話だった。
日本で見たどんな愛憎ドラマより、ドロドロ必至だ。
それとも、この世界では普通なのだろうか。
いや、もしかしたら、もう要らないからどこかに捨てられるのかもしれない。
でも、ユレシアをはじめ、この家の人は優しいから、他の家の使用人にするつもりかもしれない。
それなら、そんなに最悪ではない。
でも、他の家でも、愛人にされそうだったら?
沙月は溜息をつきながら、与えられた鞄に自分の服や小物を詰め込んだ。
自分の、といいつつ、全てユレシアが買ってくれたものだ。
こんなに買い与えた女性に夜の相手を断られるなんて、ユレシアも可哀想だ。
お金と時間を返せって感じだろう。
言葉を教えてくれたり、買い物に連れていってくれたり、服や小物やお菓子を買ってくれたり、ユレシアは優しかった。
沙月に経験があればよかった。
それなら、もっと割り切れたかもしれない。
バイト先で、男性に誘われたことが何回かあったが、日々忙しくて、全部断っていた。
生きるのに必死で、彼氏をつくろうなんて思わなかった。
他の誰かの愛人になる前に、優しいユレシアに初めてをして貰えば良かった?
「ああ、でも、それだと、ユレシアの愛人になっちゃうか……」
沙月は日本語で呟いていた。
日本語を話すのは久しぶりだった。
沙月はもともと、独り言を言わない。
1人部屋ではなかったので、独り言を言ったら、誰かに聞かれてしまうからだ。
でもこの世界なら、日本語の独り言を聞かれても、誰にもわからない。
「ユレシア、大好き。愛人じゃなくて、ユレシアの1番になりたいよ……」




