17.ユレシア振られる?
イルベルト家のユレシアの部屋で、ノートとペンを構えるサツキに、ユレシアは戸惑っていた。
「えーと……、もう夜遅いけど、言葉の勉強をするの?」
「はい! 言葉、教えて!」
サツキは真っ直ぐな瞳でユレシアに言う。
ユレシアは、正直、かなりガッカリしていた。
お昼のキスで、気持ちが通じたと思い、今夜はやる気満々だったからだ。
いや、通じていないのなら、通じさせるまでである。
ユレシアは、サツキの腕を引っ張って、続きの部屋である寝室に連れて行き、ベッドに座らせた。
「サツキ、口と口、つける、キスは嫌?」
同意を得ようと、ユレシアは口を指差しながらサツキに尋ねる。
サツキは、ハッとした表情になる。
「口と口つける、キス、分かった!」
サツキはノートに急いで書きとめる。
「うん、言葉を教えたんじゃなくて……」
ユレシアは、肩を落とす。
もう、率直に言おう。
「ユレシアはサツキとキス、する!」
「サツキ、キス、しない!」
「ええっ!?」
ユレシアはベッドに倒れ込んだ。
ユレシアの信条は、「行為は必ず同意を得てから」である。
昼間は同意を得ずにキスしてしまったが、そこはキスだけだったのでセーフとしていた。
そして、そのキスこそ、サツキと同じ気持ちだと確信した材料なのだ。
「サツキ、部屋、かえる」
サツキは、ベッドからサッと立ち上がった。
「えっ!? かえるって……」
「ユレシア、おやすみなさい!」
ユレシアがベッドから起き上がると同時に、サツキは寝室を出ていった。
呆然とするユレシアの耳に、サツキがユレシアの部屋からも出て行く音が聞こえてくる。
「いや、嘘でしょ……。俺、どうしたらいいの……」
ユレシアは、ベッドからずり落ち、床にしゃがみ込んでいた。
「お、昨夜はお楽しみだったな!」
次の日、食事の部屋に姿をみせたユレシアの肩を、ガレシアはバンと叩いた。
ユレシアは、ゆっくりガレシアの方へ振り向く。
「うおっ? 目の下にクマが出来てるぞ? まさか寝ないでやってたのか!?」
ガレシアはユレシアの顔を見るなり、驚いて叫ぶ。
その声はとても大きくて、朝食を食卓に運んでいたカラムとジェンは、ドン引きしている。
そこに、お茶のポットを持ったサツキがやってきた。
全員サツキの顔をじっと見る。
「? おはようございます?」
サツキは戸惑いながら挨拶をしているが、寝不足のようには見えない。
「サツキ、よく寝たか?」
ガレシアはサツキに尋ねる。
「はい。サツキ、たくさん寝た」
サツキは笑顔で答える。
ガレシアとカラムとジェンは、顔を見合わせた。
「振られたか……」
「振られましたね……」
ガレシアとカラムの言葉に、ジェンは大きく頷く。
「……振られてはいない! ちょっと、すれ違っただけで、振られてはいないから!」
ユレシアは怒りながら、食卓の席につく。
「まあ、言葉がまだ通じないからなぁ……」
ガレシアも苦笑しながら席につく。
「そうですよ! 言葉さえ通じれば、絶対に、出来るんですよ!」
「坊ちゃん、最低ですよ……」
カラムはサツキからポットを受け取り、ユレシアのカップにお茶を注ぐ。
「ユレシア、寝てない?」
サツキはクマの出来ているユレシアの顔を心配そうに覗き込む。
「……ぐっ……、いや、大丈夫……」
ユレシアは何とか答える。
「王都に出かけるなら、呼び捨てはやめた方がいいな。サツキ、『ユレシア様』だ。わかるか?」
ガレシアはサツキに「ユレシア様」ともう一度言う。
「はい! ユレシア様、大好きです!」
ユレシアは、ブーっとお茶を吹き出した。
「あー、そうか。セットで教えてしまったからか。サツキ、『大好き』はなしだ。分かるか? 『ユレシア様』だけ、『大好き』なしだ」
ガレシアは気にせず、サツキに教える。
「はい! ユレシア様、大好きないです!」
ユレシアは、食卓に頭をゴンとぶつける。
「サツキ、『大好きない』はおかしいです。大好きの反対は大嫌いですよ。『だいきらい』です」
カラムは「大好きない」が気になり、正しい言葉を教えようとする。
「は、はい! ユレシア様、大嫌いです!」
「もうやめてください!!」
ユレシアは、顔を覆って、叫んだのだった。




