16.沙月の勘違い
ユレシアに貴族女性のお客様が来て、嵐のように帰って行った日の夜、沙月は自室でかなりソワソワしていた。
だって、ユレシアにキスをされたのだ。
ファーストキスだった。
しかも、「夜、部屋に来て」とユレシアから言われているのだ。
これは、もしかしたら、いや、もしかしなくても、そういうことかもしれない。
初、「愛人」のお仕事ということだ。
「愛人」なんてと思っていたが、あのキスで全て吹っ飛んでしまった。
まるで、ユレシアに愛されている錯覚に陥るくらいのキスだった。
アレをまたしてもらえるのなら、もう何だっていいと思っていた。
沙月は、自分が、ダメ男に引っかかるダメ女になってしまっていることにちゃんと気付いていた。
でも、分かっていても、ユレシアと一緒にいたい気持ちが強かった。
ドロドロの不倫ドラマや漫画を見て、そんなことあるわけないじゃんと思っていたが、あったのだ。
「愛人」でもいいって、思ってしまっているのだ。
ユレシアは今、ガレシアの部屋でお話し中だ。
貴族の女性と兄のキサラが慌ただしく帰った後、ずっと話をしている。
夕飯もガレシアの部屋で2人で食べていた。
ガレシアとユレシアの話は、いつまで続くのだろう。
もしかしたら、一晩中だろうか。
と、なると、「愛人」のお仕事はない……?
沙月は急に恥ずかしくなってしまった。
ないかもしれないことを、ずっと考えていたのだ。
すると、ドアがコンコンとノックされた。
沙月はビクッと体を震わせる。
きた?
沙月は深呼吸をしてから、ドアを開ける。
しかし、ドア前にいたのは、ガレシアだった。
「サツキ、ちょっと来てくれ」
ガレシアは神妙な顔つきで言う。
「は、はい」
返事をしつつも、沙月は混乱していた。
連れてこられたのは、ガレシアの部屋の前だった。
もしかして、沙月は何か勘違いをしていたのだろうか。
「愛人」は、ユレシアではなくて、ガレシアの方だったのだろうか。
ガレシアは、ドアを開けて部屋に入るように言っている。
こんな夜に、部屋に入ったらどうなるのだろう。
いや、そもそも、沙月に拒否権なんてない。
お金で買われたのだ。
なかなか部屋に入らない沙月を不審に思ったのか、ガレシアは沙月の顔を覗き込んだ。
そして、沙月の目をじっと見つめる。
ガレシアの顔が、あきらかに近い。
この至近距離は、絶対におかしい。
「愛人」はガレシア?
もしかして、両方?
怖い……!
「いや……!」
沙月は声を絞り出して、しゃがみ込んだ。
しゃがみ込んでから、しまったと思った。
この家の主人を嫌がったのだ。
ご飯と寝るところがもらえなくなる!?
「親父様! 何をしているのですか!?」
ユレシアの声が聞こえる。
「あ、いや、瞳が単色なのかなと……」
ガレシアはバツが悪そうに答える。
「覗き込んだのですか!? オジサンが顔を近づけたら怖いに決まっているでしょう!?」
「オ、オジサン……!?」
「サツキ、大丈夫?」
ユレシアの声に顔を上げると、申し訳なさそうなガレシアとお茶のポットを持ったカラムとジェンが目に映った。
これは、あきらかに、みんなでお茶を飲みながらお話ししましょう、という感じである。
サツキの顔は真っ赤になった。
勘違いと、そのことばかり考えていたことがとにかく恥ずかしくて、この場から逃げ出したかった。
しかし、もちろん逃げるわけにもいかず、沙月はユレシアに促されるままに、みんなと共にガレシアの部屋に入った。
「親父様には話したのですが、私はしばらくケルバート伯爵令嬢と共に王都へ行きたいと思います」
ガレシアの部屋のソファに、ガレシアとユレシア、向かい側にカラムとジェン、オットマンらしき椅子に沙月が座っていた。
「新婚旅行ということでしょうか?」
カラムは大真面目に聞き返す。
ユレシアはガクッと肩を落とした。
「違いますよ。実は、サツキのことを調べに行こうと思いまして……。ケルバート伯爵令嬢曰く、サツキは公国の純血の可能性があるということなので……」
ユレシアが話す内容を、沙月は必死に聞いていた。
やはり殆ど分からなかったが、ところどころで、「サツキ」の名前と、「ケルバート」という名前が出てきた。
「承知しました。坊ちゃんとサツキがいない間はお任せください」
ユレシアの話がひと通り終わった後、カラムとジェンは頷いていた。
よく分からなかったが、沙月も頷いた。
「ユレシア、サツキを連れて行くのは危険ではないか? もし捨てられたのだとしたら、歓迎されないだろう?」
ガレシアは心配そうにユレシアに言う。
「王都には公国の観光客が割といるので、紛れると思います。瞳はかなり至近距離で見ないとよく分かりませんのであまり心配はないかと……」
ユレシアはそう言うと、沙月をじっと見つめる。
ユレシアだけでなく、ガレシアとカラムとジェンも沙月を見つめる。
「あ、あの、サツキ、変?」
沙月は慌てて、自分の身なりを見直す。
ユレシアは微笑んだ。
「いや、変じゃないよ。ちょっと、みんなジロジロ見るのはやめましょう。そういう事なので、私たちは明日の午後、まずケルバート伯爵家に向かいます。私はテシア兄さんに令嬢を紹介する付き人ということになります。サツキはメイドです」
全員、沙月から目を逸らして頷く。
沙月も真似をして頷いた。
「では、今日はここまでにしましょう。みなさん夜遅くにありがとうございました。カラム、悪いけど、片付けをお願いしてもいい?」
ユレシアは、沙月をチラリと見た後、カラムに言う。
「……そういうことですか。承知しました。明日寝坊はさせないようにしてくださいね」
カラムも沙月をチラリと見てから、片付けを始める。
沙月は、ユレシアの部屋に行くことになったようだ。
でも、沙月は心に決めていた。
もう変な想像と勘違いは絶対にしないと。




