15.ユレシアへカロリーヌからの提案
イルベルト家の厨房で、カラムはお茶のお代わりを用意していた。
「サツキ、このお茶を応接室に……」
カラムはサツキにお茶のポットを差し出したが、諦めた。
ユレシアと何かあったらしいサツキは、厨房に戻ってきたものの、ずっとボンヤリしているのだ。
お茶は、ガレシアの部屋にも必要なので、使用人が3人しかいないイルベルト家で、これでは困る。
ケルバート伯爵令嬢の侍女はいるが、まさか使うわけにもいかない。
「これは坊ちゃんが悪いのでしょうが、困りましたね」
カラムは溜息をつく。
「ガレシア様のお部屋には、私が持っていきますよ」
ジェンはもう一つのポットをトレイに乗せた。
「ユレシア様が本気なのは、私は良いことだと思います。小さい頃から、どこか諦めたような、そんな目をしていましたので……」
ジェンの言葉に、カラムは「確かに」と頷いた。
ただ、サツキの身分は奴隷だ。
身元保証が出来ないからだ。
奴隷の身元保証には、身元を保証する人物と各種手続きと多額の費用がかかる。
これは、身元不明な人物を簡単に国民にしないためである。
言葉を話せないサツキの身元を保証することは不可能に近い。
この国の法律では、貴族と奴隷は婚姻関係を結べない。
平民であっても、奴隷との婚姻手続きは非合法に行うしかない。
ユレシアがサツキに本気になっても、その先はあまり明るい未来ではないのだ。
カラムは小さく溜息をついて、応接室のドアをノックした。
中に入ると、ユレシアとケルバート伯爵令嬢が、かなりの至近距離で親密に話している。
カラムは、なんだその距離感は? と思いつつも、平静を装ってお茶を注ぎ足し、音を立てずに応接室の外に出た。
厨房では、ユレシアが令嬢と至近距離で話しているとは知らないサツキが同じところを何回も拭いている。
「坊ちゃん、一体何をやっているんですか……」
カラムは、深い溜息をついたのだった。
「フィロリア公国は知ってまして?」
応接室のソファに姿勢良く腰掛けたカロリーヌは、ユレシアの知識を確かめるように言った。
「はい。500年以上も前に、王国から独立した国……ですよね。面積は王国の5分の1ほどで、複数の公爵の話し合いで国を治めているとか……」
ユレシアも同じく姿勢を正し、真面目に答える。
「さすがに本の知識はあるのですね。では、公国の方にお会いした事はありますか?」
カロリーヌは少し前のめりになる。
「ありません。イルベルト男爵領には公国の方はいないと思います」
ユレシアも前のめりになる。
「確かにここにはいませんね。でも、王都には公国からの観光客が割といるのですよ。いかにユレシア様が自領から出ないかよく分かりましたわ」
カロリーヌは、ハァと息を吐く。
いろいろな場所へ好奇心の赴くままに出かけるカロリーヌから見ると、ユレシアの引きこもりっぷりは意味不明なのだろう。
「それは、キサラ兄さんから聞いたことがあります。サツキは、公国の顔立ちだとも……」
「ええ。まさに、その通りです。隣合わせの国で、しかも昔は同じ国だったのに、何故『公国の顔立ち』なんてことになると思いますか?」
カロリーヌはさらに前のめりになる。
「そう言われれば、おかしいですね。公国は他国とは婚姻関係を結ばないのですか?」
ユレシアもつられてさらに前にいく。
「普通に結びますよ。一般の国民たちは、ですけど」
「ああ、複数いるという公爵たちは、他国民とは婚姻しないのですね」
公国は閉鎖的だと聞いているので、ユレシアは妙に納得していた。
「おっしゃる通りです。それは公国独立の理由にも由来しております。500年前、王国は、不思議な力を使う者たちを危機感から排除したのです。公国は排除された者たちが作った国なのです」
「……え? 本には力ある公爵が独立して作った国だと……」
ユレシアは目を見開いた。
「はい。その公爵独立説が一番有名です。でも諸説あるのです。わたくしは、この、不思議な力の排除説が一番好きなのです」
カロリーヌはニヤリと笑う。
「好き嫌いのお話でしたか……」
ユレシアは苦笑する。
「あら、この説の方が、公爵たちが他国民と交わらない理由が説明できるのですよ」
「不思議な力を失いたくない、もしくは、知られたくない……ですか?」
ユレシアの回答に、カロリーヌは満足したように頷く。
「さすがユレシア様ですね。そう、それでサツキなんですが、サツキはその公爵家、『公国の純血』と言われているのですが、その特徴を色濃く持っているのです」
「……具体的には、どのような?」
ユレシアはゴクリと唾を飲み込んだ。
「顔立ちとあの淡い栗色の髪もそうですが、何と言っても淡い単色の瞳です!」
カロリーヌはドヤ顔で言う。
「あの、瞳って、普通、単色ですよね?」
ユレシアはサツキの瞳を思い出そうと目をつむる。
「違いますわ! ユレシア様は女遊びをしているのに、瞳を見つめたりはしないのですね。ほら、わたくしの目をご覧になってください」
ユレシアは言われるままに、カロリーヌの瞳を覗き込む。
カロリーヌの瞳は赤茶色で、真ん中は黒色だ。
実はこのやりとりをしている時にカラムがお茶を持ってきたのだが、ユレシアとカロリーヌは話に夢中でカラムを一切気にとめていなかった。
「赤茶色と黒色ですね……。よく見ると赤茶色も様々な色が混じっているような……」
「ユレシア様も、くすんだ緑と黒ですわよ」
「くすんだ緑……? まあ、確かに単色ではありませんね」
ユレシアとカロリーヌは、納得したように離れる。
しかし、カロリーヌはクスクスと笑い出した。
「男女が目を見つめ合って、何もないなんて、あり得ないですわ! 少しは動悸が激しくなったりはしませんの?」
ユレシアは、ハッとなる。
ユレシア自身、カロリーヌの事は、綺麗な女性だと分かっている。
でも今日のユレシアは、サツキのことで頭がいっぱいだった。
「す、すみません。サツキの瞳を思いだそうとしてしまい……」
「あらあら、サツキに夢中なんですね」
カロリーヌは楽しそうに笑う。
「夢中というわけでは……」
「そんなサツキの生い立ちが分かれば、サツキと結婚できますわよ?」
カロリーヌの真面目な表情に、ユレシアは息を呑んだ。
そうだった。
サツキは身元不明の奴隷なのだ。
何故かそんなこと、すっかり忘れていた。
「あの、カロリーヌ様、サツキが『公国の純血』だとしたら、言葉が話せないことと、ランドン伯爵領の奴隷商会にいた意味が分かりませんが……」
「ここからは憶測ですが、公爵家に生まれたサツキには、『公国の純血』なのに不思議な力がなかったとしたら、どうですか?」
カロリーヌは真面目な表情のまま、目を伏せる。
「そんな娘は要らないと、赤子の時に、どこかの島国に捨てられたのだとしたら、ちょっと説明がつきませんか?」
ユレシアは愕然としていた。
サツキが両親に捨てられた話は、カロリーヌにはしていないからだ。
「ユレシア様。一度わたくしと共に王都へ参りませんか? ここより公国に近いですし、王都の図書館には公国に関する本もございます。公国の内部までは無理でも、公国の町の観光をするツアーもあるのですよ」
「あの、何故カロリーヌ様がサツキのためにそこまで……?」
ユレシアはカロリーヌを見つめる。
「それはもちろん、好奇心と探究心ですわ! 前から『公国の純血』には興味がありましたの。あ、ついでに王都にいるというお兄様にわたくしを紹介してくださいませね?」
カロリーヌはそう言うと、ニッコリと微笑んだ。




