12.ユレシアのお見合い
ロウラン子爵の従兄弟は、ケルバート伯爵だ。
伯爵令嬢が男爵令息に嫁ぐ。
普通ならあり得ない話である。
しかし、この縁談には、あり得ないをあり得るにする要素がかなりある。
まずケルバート伯爵令嬢は、庶子である。
ユレシアと同じく、メイドに産ませた子どもなのだ。
そして、ケルバート伯爵令嬢は30歳である。
この年まで一度も結婚していない。
そもそも、伯爵は庶子である娘を結婚させる気はなかったのだ。
さらに、ケルバート伯爵令嬢は本人曰く「変人」である。
とにかく好奇心旺盛で、何かに興味を持っては調べ尽くして貴族学院に論文を書いて送りつけたり、好奇心の赴くままに各方々へ出向いたりするそうだ。
どうしてこんなに詳しい情報をユレシアが知っているかというと、今、まさに、その令嬢がユレシアの前で自身の事をペラペラと話しているからなのだ。
「ですからね、お兄様がお父様からケルバート伯爵を継いでしまったことにより、わたくし急にやっかい払いを受けることになったのですよ。お兄様の奥様、つまりケルバート伯爵夫人が、女主人になったからってわたくしを追い出そうと必死なんです。ユレシア様はご家族仲がよろしいのですよね。羨ましいですわ」
伯爵令嬢の名前は、カロリーヌ・ケルバートといった。
つい30分ほど前にイルベルト家にキサラと侍女の3人で到着し(それにも驚いたが)、ユレシアと2人で話したいと言い、応接室に入った途端、名前呼びになり、ずっと喋り続けているのだ。
「あ、あの……」
ユレシアが本日何度目かの「あの」を言う。
「ユレシア様のお気持ちは存じておりますわ。わたくしにこの縁談を断っていただきたいのですよね? でもですよ、わたくし、ユレシア様が庶子で三男で、女遊びが大好きで、最近は奴隷の愛妾もいるなんて、そんなこと全くどうでもいいのですよ。わたくし、自身の好奇心の探究とそれをするための資金があれば、身分も場所もどうでもいいのです」
カロリーヌは早口で言う。
ユレシアは目を見開いた。
こちらから言うつもりだった、女遊びと奴隷の愛妾がバレていたのだ。
「ユレシア様のことは調べさせていただきました。この表面上のことと、お仕事の内容に関しましても……ね?」
カロリーヌは意味ありげに微笑む。
「仕事の内容ですか……?」
「ええ。イルベルト男爵領は、ここ数年の間に飛躍的に収入が増えております。農業、商業、どちらもですわ。その全てにユレシア様の案が採用されております。あなたは貴族学院にも通わず、独学で経営を学び、成功させているのです。今度は何をするおつもりですか? もう、それが気になって気になって、急いで伺った次第なのですよ!」
カロリーヌは前のめりになり、ローテーブルに手をついた。
ローテーブル上の紅茶のカップがガシャンと音を立てる。
「何をって……」
ユレシアは反射的に体をそらした。
ほめられているのかよく分からないが、カロリーヌの話が多すぎて、内容があまり入ってこない。
「あら、やはり他領の者には教えてはいただけないのでしょうか? それでしたら、もう結婚いたしましょう!」
「は、はあ!?」
ユレシアは驚きすぎて、貴族らしからぬ声を上げた。
「最初から、そういうお話ですものね。このお屋敷はお部屋も余っていそうですし、早速荷物を運び入れて……」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
ユレシアは声を張り上げる。
カロリーヌはキョトンとする。
「あの、あなたも仰ったとおり、私は女遊びもしますし、奴隷の愛妾がいます。しかも庶子で三男なので、兄が家を継いだら平民になります。なので伯爵令嬢が結婚する相手では……」
自分で言っておいてなんだが、泣ける肩書きである、とユレシアは溜息をつく。
「そんなこと、かまいませんわ。わたくし貴族なんてもの大嫌いなのです。平民になるならぜひ! ですわ。でも、この好奇心を満たすためにお金はいるのですよ。その点ユレシア様でしたら、平民と言いつつもイルベルト家の執事になりますよね? そこそこの収入が見込めます。しかもすでに愛妾がいらっしゃるので、わたくしは夜のお相手はしなくても良いのです。わたくしぶっちゃけますと、他人と触れ合うのは苦手でして、そんな事をする時間があるのなら、本を読みたいのですよ」
な、なんと、平民と愛妾がプラス要素になってしまっている!?
ユレシアは、あまりのことに、思考が停止しそうになっていた。
「それに、わたくしと結婚しますと、メリットもございます。まず、あなたのお兄様に適切なご令嬢を紹介できます。ケルバート家は多方面に繋がりがあるのです。さらに、ケルバート伯爵家からの援助も見込めます。わたくしを追い出そうとしているのは女主人だけです。お父様もお兄様も、わたくしには恩があるのですよ」
カロリーヌは含み笑いをしている。
長兄のテシアの事を持ち出されると、弱い。
そのためにケルバート伯爵令嬢と会ったのだ。
しかも、ケルバート伯爵家の援助はありがたい。
今ユレシアがやろうとしている事案は、資金繰りが難しい。
令嬢は、平民でもよくて、愛妾がいてもいいと言っている。
これは、この結婚は、実は割と良いのではないだろうか……?
と、その時、応接室のドアがコンコンとノックされ、「失礼します」と紅茶のポットを持ったサツキが入ってきた。
実はこのタイミングでサツキが応接室に入ってくることは、ユレシアの「計画」だった。
「このメイドが愛妾です」と宣言して、令嬢にドン引きしてもらう予定だったのだ。
「もしかして、あなたがユレシア様のお妾さん!?」
カロリーヌは席を立って、サツキに詰め寄る。
「カロリーヌ様、お待ち下さい!」
あまりの計画違いに、ユレシアは慌てる。
サツキは驚いて、目を見開いている。
「なんて可愛らしいの!? まさか公国の女性だったなんて! しかも淡い単色の瞳ですね? 公国の純血の証ですわ!」
カロリーヌはサツキの瞳を覗き込んだ。
「え!? 公国の純血……!?」
情報量の多さに、ユレシアの思考はさらに混乱をきたす。
「おめかけ、意味、なに?」
サツキは昨夜も出てきた「おめかけ」が分からず、ユレシアを見る。
「え? 片言? もしかして喋れないのですか?」
カロリーヌはユレシアを見る。
ユレシアは、ハァーと息を吐いた。
「彼女はサツキというのですが、私たちと同じ言葉は話せないのです」
ユレシアは、仕方なくカロリーヌにサツキのこれまでの事情を話した。
というのも、カロリーヌの言った「公国の純血」についても聞きたかったからだ。
話を聞いたカロリーヌは、目をキラキラと輝かせた。
「早速面白いことが舞い込んできましたわ! ぜひサツキの生い立ちを調べましょう!」
「待ってください! それはサツキに聞いてからと思っているんです!」
ユレシアはカロリーヌを止める。
「ユレシア様は案外ゆっくりした方なんですね。善は急げですわよ? わたくしたち、すぐにでも結婚致しましょう。それから……」
「けっこん……?」
サツキは先日覚えたばかりの言葉に反応する。
「カロリーヌ様、結婚は……」
「そうよサツキ。ユレシア様とわたくしが結婚するのです。サツキはお妾です。ええと、ユレシアとカロリーヌが結婚。サツキは結婚なしの2番目です」
カロリーヌはユレシアの言葉を遮ってサツキに説明し、指を2本立てた。
「ユレシア様、結婚、サツキ、なし、2番目……」
サツキは震える声で繰り返す。
「カロリーヌ様! 先走らないで下さい! サツキ、これは……」
ユレシアはカロリーヌに言った後、サツキを振り返り、愕然とした。
ユレシアの目に映ったサツキは、ポロポロと涙を流していた……。




