106. 2年後の沙月とユレシア
沙月が日本からこの世界に来て、2年の月日が経っていた。
いろいろな事があった。
奴隷としてユレシアに買われて、ユレシアの恋人になった。
カロリーヌとルルと一緒に旅をした。
エミールに公国の姫だと言われた。
本当の母親であるアリエノールに会えた。
なんと妖精と話が出来る「二代目ルナベル」だった。
父親と弟にも会えた。
エミールの娘になり、「奴隷」から一気に「公爵令嬢」になった。
沙月はベッドから起き上がり、窓の外を見た。
外は漆黒の闇、時間は真夜中。
日本風に言うのなら、草木も眠る丑三つ時である。
ところで、丑三つ時って何だろう……?
沙月はサラサラの生地の丈の長いピンクの夜着を脱いで、透けた素材のミニ丈の夜着に着替えた。
黒いコートを上から羽織り、ボタンを閉める。
「ルナベル、もしかして夜這い?」
沙月の目の前に、淡いピンクのバラの妖精が突然現れる。
沙月は大声を出しそうになるのを、口を両手で押さえて堪えた。
「……明日は結婚式なんだよ。明日からユレシアと寝室が一緒になるの。つまり、夜這いのチャンスは今夜までってこと。わかる?」
沙月は小声で妖精に言う。
「わからないよ。寝る場所が明日から一緒になるなら今日夜這いする必要あるの?」
妖精は珍しくかなり真っ当な事を言う。
「あるよ。私の中ではね。いつも言っているけど、取り込み中になったら……」
「ハイハイ、いなくなるよ。まあ、毎日楽しいのはルナベルのおかげだしね!」
バラの妖精は沙月の頭の上に座る。
2年前、沙月の考案した「妖精ランド(仮)」は、「フェアリーパーク」として王都に1年前にオープンした。
安価な入場料と引き換えに、小さな切り花を渡す。
それを持っていると、パーク内限定で妖精と遊べるのだ。
もちろん、パーク内で妖精をいじめるのはもってのほかで、見つかり次第、騎士に捕まる。
とはいえ、妖精は気まぐれなので、機嫌良く遊べる日と殆どいない日がある。
それもまた、リピーターを増やす要素となっていた。
切り花は出口で完全回収しているが、万一外に持ち出されても1日で枯れてしまうし、水をやっても妖精が見えるという効果は持続しない。
パーク内にはレストランやカフェ、ショップがあり、大人も楽しめるし、デートスポットとしても人気を博している。
沙月は妖精グッズのデザインと考案を主にやっているが、時々「町娘サツキ」としてレストランでも働いている。
所作が貴族っぽくないおかげで、パークのアンバサダーの「妖精母娘」と同一人物だと全くバレなくて面白い。
「それにしてもさぁ、結婚まだしてなかったの?」
部屋を出て、薄暗い廊下をそろそろと歩く沙月に、妖精は言う。
「私だって早くしたかったけど、ユレシアが貴族学院を卒業するまでダメだって言われたの」
ユレシアは1ヶ月前、晴れて貴族学院を卒業した。
公爵家の領地経営をしながらだったので、かなり大変だったようだ。
なにせ、エミールが公爵になったことにより、領地が拡大してしまったのだ。
エミールも日々とても忙しそうで、アリエノールがよく心配している。
沙月だって、この2年は、家庭教師から言葉と文字と作法をみっちり教わっている。
家庭教師は、ルル先生より優しい。
そう、カロリーヌとルルは、沙月が公爵令嬢になってすぐにイルベルト家に移住した。
沙月は後になって知ったのだが、テシアはエルレンとすでに別れており、騎士職を離れてカロリーヌと共にイルベルト領で経営をしている。
なんと、1年前にはテシアとカロリーヌの赤ちゃんも誕生したのだ。
とても元気な男の子で、イルベルト子爵家の後継である。
心配していたカロリーヌの研究の功績も、ちゃんとカロリーヌ自身のものになっている。
ケルバート伯爵も、ユレシアの作った契約書と功績の数値化の書類の前に、功績を横取りする事は出来なかったようだ。
子爵となったガレシアは、なんと王家の専属騎士隊の隊長になった。
王城に住んでいるので、時々会うことが出来るのは嬉しい。
キサラも騎士職を離れてロウラン子爵家で経営の勉強をしている。
キサラと奥様のクロエにも、半年前に第一子である男の子が生まれたので、こちらも喜ばしい。
しかし、イルベルトは男しか生まれない。
沙月もきっと男の子を生むのだろう。
沙月はユレシアの部屋のドアを静かに開ける。
書斎の奥に、寝室がある。
寝室のベッドにユレシアが寝ている。
まさか結婚式当日に夜這いに来るとは思ってもいないだろう。
沙月は少し考えて、黒いコートを脱いでからユレシアを起こさないように、ベッドに潜り込んだ。
「夜這いって、隣で寝る事なの?」
妖精は沙月の顔の横で首を傾げる。
「うん。起こすのも可哀想だし、眠くなったし、私も寝るよ。おやすみ……」
妖精も「おやすみー」と言ってふっと消えた。
窓から差し込む薄白い光で、ユレシアは目を覚ました。
今日は結婚式だ。
まだ早そうだが、式の前に仕事を1つ片付けて……、そんな事を考えながら隣を見ると、サツキがスースーと寝息を立てている。
「うっ!?」
ユレシアは大声を出しそうになり、慌てて口を手で押さえた。
いつ自分のベッドに来たのだろう!?
全く気付かなかった!
結婚式当日に夜這いに来るなんて、何を考えているのか。
というか、夜這いになっていない。
どうせ、来たものの眠くなって寝てしまったのだろう。
いや、これはマズイ。
花嫁の準備は、男の何倍もの時間がかかるはずだ。
「サツキ、起きて!」
ユレシアはサツキの肩を揺らす。
「ううーん……」
ゴロリと寝返りをうつサツキの夜着を見て、ユレシアはギョッとする。
これは、サツキの夜着ユレシア的1位の「透けミニ妖精夜着」である。
「な、なんだ、この誘惑は……!」
「うーん、あ、ユレシア様、夜這いにきましたぁ……」
「いや、寝てたよね……」
ユレシアは肩を落とす。
「あれ? もう朝?」
「うん。まだ早いけど、部屋に戻った方がいい。花嫁の準備は早朝からだから、メイドさんたちが心配するよ」
「大丈夫です。夜這いに行くって手紙を置いてきました……」
「それ、大丈夫じゃないやつ!!」
ユレシアは早朝という事を忘れて大声を出す。
「……分かりました。ユレシア様、キスだけしてください。そしたら帰ります」
サツキは体を起こし、寝起きのトロンとした目でユレシアを見上げる。
「キスだけしたら、帰る……」
ユレシアは思わず復唱する。
透けミニ妖精夜着のサツキに、キスだけして部屋に帰す?
「あの、俺さ、早く起きて仕事を1つ片付けようと思ったんだよ」
「そうでしたか! ごめんなさい、じゃあ帰ります」
サツキはペコリと頭を下げる。
ユレシアは帰ろうとするサツキの腕を掴んだ。
「本当に、仕事を片付けようと思ったんだよ!」
「え? 2回言いました? あ、大事なことってやつですね……」
ユレシアはサツキの腕を引っ張って引き寄せ、ギュッと抱きしめる。
「ユレシア様、お仕事は……」
「もう、いいよ、仕事は……」
ユレシアはサツキの唇を自身の唇で塞ぐ。
サツキはゆっくり目を閉じる。
しばらく唇を重ね合った後、ユレシアはサツキをベッドに寝かせた。
「今夜は初夜があるんだよ」
ユレシアは真剣な目でサツキに言う。
「はい。先に初夜をしたことにしますか?」
サツキも真剣に答える。
そんなバカな! とユレシアはぐっと目を閉じて、少し考えて目を開けた。
「初夜は初夜でやるよ!」
「はい! 賛成です!」
笑顔のサツキを、ユレシアはもう一度ギュッと抱きしめた。




