105.ユレシアとエミールの展望
晩餐会の翌日の夜、ユレシアはエミールの部屋にいた。
「どうでしたか? 他の公爵家への結婚のご報告は?」
ユレシアが尋ねると、エミールは顔をしかめた。
「どうもこうも……。こっちの事情なんて詮索するなって話だ!」
ユレシアは苦笑いをする。
ずっと独身だった「ランドン伯爵」が「ランドン公爵」になり、公国の元公爵夫人のアリエノールと結婚するというのだから、詮索くらいは仕方ないだろう。
「私のことはいい。ユレシア君の方を教えてくれ」
エミールは仕事用の椅子から立ち上がると、ソファにどかっと座り、ユレシアにも座るようにジェスチャーする。
「サツキの身元証明は明日にも通ります。手続きの費用はヴァルモン男爵の賠償金で賄ってくれるそうです」
ユレシアもエミールの向かい側のソファに腰を下ろす。
「書類仕事が早いのはさすがだな……」
「これに関しては準備していましたので。それに元々、サツキの身元を証明するために王都に来たのです」
「ん? カロリーヌ嬢とテシア君のお見合いではないのか?」
「それもありましたが、私もカロリーヌ様も、サツキの身元証明が主でした」
ユレシアが笑うと、エミールは呆れた表情をした。
「それで、カロリーヌ嬢とテシア君はイルベルト領に帰ると?」
「ああ、聞かれましたか。カロリーヌ様はイルベルトに帰って、領地経営をしてくれるそうです。奴隷保護施設を進めたいと張り切っています。テシア兄さんは騎士を続ける予定だったのですが……」
ユレシアは語尾を濁す。
「エルレン君から、護衛の契約を解除したいと今朝言われたよ。あー、なんだ、テシア君とエルレン君は、その、別れたのかね?」
エミールはかなり言いにくそうに言う。
「……そのようですね。詳しくは私も分からないのですが、テシア兄さんは真面目なので、恋人がいて結婚するというスタイル自体、無理だったのかもしれません。カロリーヌ様とテシア兄さんで話し合いは終わっているようなので、詮索はしていませんが」
「まあ、2人ともいい大人だ。話し合いが出来るのなら問題はないだろう」
ユレシアは「そうですね」と微笑む。
「キサラ君もロウラン領に戻ると聞いたが?」
「はい。キサラ兄さんは元々、騎士を1年続けた後、ロウラン子爵領の領地経営の勉強をするという約束だったようです。騎士を1年続ける事は、奥様のクロエ様の希望だったそうですが、こちらも私は特に事情は知りません」
エミールの言葉を借りるのなら、キサラもクロエも「話し合い」が出来るので問題はないのである。
「イルベルト男爵……いや子爵か、もそうだが、3人とも騎士を辞めるのはもったいないな……。王家直属の声が上がってもおかしくはない」
エミールは腕を組んで息を吐く。
「そうですね。父は今日も王城に出向いていたようですけど」
陞爵の儀だとは思うが、わざわざ日を改めたので、他にも何か話があったのかもしれない。
しかし、王城に出向かなくてはならない用事なら、こちらにもある。
「話は変わりますが、『妖精と遊べる場所』に関して、こちらをご覧ください」
ユレシアはサツキの描いた絵をローテーブルに広げる。
「こ、細かいな!?」
「はい。サツキが考える『妖精と遊べる場所』の絵です」
エミールの言ったとおり、紙には黒一色でびっしりと絵が描かれている。
文字は一切ないが、サツキの絵が上手いので、読み取る事は容易だ。
「これは、公園……? 遊具が多いな。つまり子ども向けということか」
「はい。でも驚くべきことが……、ここの建物なのですが、レストランや妖精関連の小物を売る商業施設だそうで……」
ユレシアが絵を指差しながらサツキから聞いた説明をすると、エミールは表情を変えた。
「子ども用の公園と商業施設を一緒にするということか!?」
「はい。サツキに深い考えはなく、サツキの暮らした場所にあったもののようです。しかし、エミール様もお分かりになると思いますが、これは画期的な案で、国民の満足と経済の促進と莫大な利益が見込めます」
ユレシアとエミールは、真剣な表情で頷き合う。
「サツキがあまり話せなくて気が付かなかったが、もしかしたらサツキの異世界の知識はかなり貴重で危険かもしれないな……」
「はい。私はサツキに注目がいかないように、考えを縮小して小出しにするのが良いかと思っています。本当はこの案を推し進めたい気持ちが大きいのですが……」
ユレシアは、つい本音を話す。
「いや、王家を巻き込めば、サツキの存在を伏せて実行できるかもしれない。会いたくはないが、ルーファス様に面会の手紙を出すか……」
エミールも頭の中で考えが巡っているようだ。
「ありがとうございます! あ、あとサツキに希望があるようで……」
「なんだ? サツキの希望なら叶えるぞ?」
ユレシアは再び絵の建物を指差した。
「サツキは、この商業施設のレストランで、店員として働きたいそうです」
エミールの動きが固まる。
「は? な、なんで公爵令嬢がレストランの店員をやるのだ……?」
「私も同意見ですが、サツキは異世界でレストランの店員をしていたので、慣れているから大丈夫だと……。どうやら働きたいようです」
エミールは頭を抱えて、ハァーと息を吐いた。
「働く必要はないのだが……。いや、でも、普通の貴族令嬢のようにお茶会をされても困るか。ほら、失言がひどい……」
「ええ。必ず失言しますね……」
エミールとユレシアは腕を組んでしばらく考え込む。
「……もうレストランの店員でいいか。時折変装させてやらせればいい。後は絵を描かせてアイデアを出したり、ユレシア君の経営の補助だな……。いや、案外使えるな?」
エミールはハッとした表情をする。
「……そうですね。あれ、いけますね。アリエノール様と一緒に美人妖精母娘として集客をしてもいいですね!」
ユレシアもハッとする。
「いや、アリエノールは……」
「アリエノール様も、サツキとは別の意味でお茶会はやめた方がいいですよ。仕事をしている体にした方が絶対にいいです! 妖精母娘として設定してしまえば、その後お茶会などの交流をすることになっても、2人のおかしな言動が『妖精だし仕方ない』でスルーされます!」
ユレシアの力説に、「もう悪口だぞ?」とエミールは苦笑する。
「エミール様が言ったのですよ? 彼女たちの話を『はいはい』とあしらったら駄目だと。私たちは『公国の純血』の特性を否定せず、尚且つ、社会に溶け込ませるのです! つまり、私たちは4人で一緒に仕事をしていくのです!」
ユレシアはソファから立ち上がって、ぐっと手を握った。
「そうだったな。ああ、これは、一生、暇はなさそうだ」
エミールはアッハッハと笑った。
本当だ。
サツキと一緒なら、一生楽しくて暇がない。
ユレシアも、アハハと笑っていたのだった。




