104.沙月は病気?
晩餐会の翌日、ランドン伯爵家……いや、ランドン公爵家別邸の応接室で、沙月は機嫌が悪かった。
沙月は今、急遽呼び出された医者であるテオとジェシカに、血圧や脈を測定されているのだ。
そう、ランドン家の使用人たちが、沙月の事を「空中に意味不明な言葉で突然喋り出す病気」とエミールに報告したからである。
「サ、サツキ様、私たちは事情を存じております。形だけですので……」
テオとジェシカは、不機嫌な沙月に明らかにオドオドしている。
この2人が悪い訳ではない、と沙月はハッとして、両手を横に振った。
「ごめんなさい。怒ってないです」
「こ、公爵令嬢様が謝るなんて、恐れ多いです!」
テオとジェシカは沙月にガバッと頭を下げる。
そうなんだよね。
アリエノールの娘として身元が証明されるので、アリエノールがランドン公爵夫人になるから、沙月はランドン公爵令嬢になるのだ。
奴隷からの大出世ではあるが……
「あ、頭のおかしい、こ、公爵令嬢……」
「病的片言失言公爵令嬢……」
同室にいる、キサラとルルが隠す事なくお腹を押さえて笑っている。
きっと初代ルナベルも、こんな扱いだったのだろう。
するとノックの音がして、ユレシアとカロリーヌとテシアが入ってきた。
「どう? サツキの様子は……」
「ユレシア様! キサラ様、ルルさん、笑う!」
沙月は2人を指差してユレシアに言いつける。
「いや、だってさぁ! 使用人に頭がおかしいって思われてるし、昨日もルーファス殿下を嫌いって言うし、弟と喧嘩するし、カチューシャに文句を言ったら父親からの贈り物だったし、王様が望みを叶えるって言ってるのに、『ユレシア様と結婚したい』だし……!」
キサラは再びお腹を押さえる。
「もう、もう、呼び名をどうしたらいいか分かりません!」
ルルは顔を手で覆って、首を横に振る。
「お、おいキサラ、公爵令嬢なんだから……」
そう言うテシアも微妙に笑っている。
「わたくしも晩餐会に行きたかったですわ!」
カロリーヌは心底羨ましそうに息を吐く。
完全にみんな面白がっている!?
沙月はユレシアを睨む。
「俺を睨まれても……、あ、テオさんジェシカさん、どうでしたか?」
ユレシアは、沙月の検査結果へと話題を変える。
「は、はい! 特に問題ございませんでした。ですが、今後のことも考えますと、適当な軽い病名をつけておいた方が良いかと思われます」
テオが背筋を伸ばして答える。
「適当な病名ですか……。例えばどんな……」
「病名いりません! わたし病気違います!」
沙月は大声を出して、ユレシアと医者の話を止めた。
どんな病名にしても、沙月を見る使用人の目は変わらない。
いや、変わらないどころか、もっと可哀想な視線を向けられるだけである。
それに、これに病名をつけてしまったら、初代ルナベルも病気だった事になってしまう。
どんな事でもそうだが、やはり万人に理解してもらうのは無理だ。
昨日は王様が理解してくれた。
第2王子も何故か信じてくれている。
そして、沙月の周りにいる人たちは、理解してくれている上に、たくさん助けてくれる。
もうそれだけで十分なのだ。
こういう気持ちを、こちらの言葉でちゃんと説明できるようになるのは、もう少し先になるのだろう。
でも、ユレシアなら、分かる……?
沙月はユレシアの服をクイっと引っ張った。
「みんなだけ分かる、それでいいです」
「……そっか」
ユレシアは微笑んで沙月の頭を撫でる。
「す、すみませんっ! 余計な事を言ってしまい……」
「いえ、違います。サツキは怒っている訳ではなくて、おそらく病気ということにすると、みんなに心配をかけ気を遣わせてしまうと思っているのだと思います。私たちはサツキの事を分かっていますので、それだけでいいそうです」
ユレシアはテオとジェシカに説明をする。
完璧どころか、沙月が思ってもいないところまでフォローしている!?
「ちょ、ユレシア、コイツそこまでは思ってなかったって顔してるから……!」
キサラは沙月を指差して笑う。
沙月は、バレてる! と赤面する。
ユレシアはふっと微笑む。
「キサラ兄さん、甘いですよ。これはサツキの次の思考なのです。サツキ本人も考えもしなかった、病気として心配をかけた後のサツキの考えです!」
「そ、そうです! ユレシア様、言うとおりです!」
沙月は慌ててユレシアの意見に乗っかる。
「やばっ! すごいバカップルだわ!」
キサラは大笑いである。
さすがに、テシアもカロリーヌもルルも笑っている。
「あ、そうだ、サツキにお願いがあってね」
ユレシアは気にもせず、大きな紙を沙月に渡す。
「紙……?」
「うん。実は『妖精と遊べる場所』のサツキなりの考えを絵に描いて欲しいんだ。広さも何も決まってないから、もう、自由にね」
自由に描いていいのなら、なんだか楽しそうだ。
遊園地みたいにしようか。
「妖精ランド」
……名前ダサいな……。
「分かりました。描きます!」
沙月は笑顔で答えた。
医者の2人が帰った後、沙月は応接室のローテーブルに紙を広げて、鼻歌を歌いながら、本当に自由に「妖精ランド(仮)」の絵を描いていた。
ユレシアはいろいろな手続きの書類作成で忙しい。
カロリーヌとテシアは、イルベルト領の経営についてユレシアから引き継いだらしく、その相談をしている。
エミールとアリエノールも結婚の報告と挨拶で外出している。
キサラはずっと沙月の護衛をしてくれているし、ルルは侍女の仕事に加えて沙月の言葉と文字の勉強の教師もしている。
ガレシアはランドン家に泊まってはいないが、今日も王城に行っているらしい。
エルレンには今日は会っていないが、いつものように玄関で護衛をしているのだろう。
沙月は公爵令嬢だが、公爵令嬢とは一体何をする女性なのだろうか。
自分も何か仕事がしたいな、と沙月は絵を描きながら思っていた。




