04 豪邸の離れを見学します
「よく信じましたね。あ、こっちではそういう、不思議なお友達はめずらしくない、とか?」
「いや、普通におかしいよ。ついに弟の気が触れたってあわてて両親に報告に行ったからね」
それでも。
たとえ頭がおかしくなってしまったのだとしても。
暗い顔をして縮こまっているよりは何倍もいいじゃないか――と、そう判断をして見守ることにした領主夫妻は、よい親御さんだと成美は思った。
気味悪いんだよオメーはよ、なんて罵声を浴びせてきた己の両親とのちがいを、まざまざと見せつけられて、成美の顔が沈む。
そんな成美に気づいたか、隣に座っていたデュランはそっと成美の肩を抱く。
ソファーの上に座っていた銀太郎も、成美の膝に前足をかけ、下から顔を覗き込んできた。つぶらな瞳がかわいい。
「まあ、そういうこともあって、我が家としてはナルミさんを歓迎してるんだ。ましてそれが聖女さまだ。こんなにうれしいことはないってね」
「兄上……」
「よかったな、デュラン」
美しき兄弟愛が繰り広げられる。お兄さんのオルターも、やはり整った顔をしている男性だ。それを言えばご両親も美男美女で、素晴らしいDNA。眼福眼福。
成美が内心で頷いていると、領主さまが微笑む。
「それでふたりの新居なのだが、敷地内に新しく建てようと思っているんだが、それでいいかな」
「――は?」
すると今度は領主夫人が言う。
「離れはオルターたちが使っているのよ。いずれ跡目をゆずったら、私たちとオルターたち、入れ替わるつもりなんだけど、デュランも妻帯したらここを出たほうがいいでしょう?」
「え、は?」
「あらだって、姑と同居なんてイヤじゃなーい。ねえミーちゃん」
「本当なら他所に邸を構えたほうがいいんだろうが、うちは東部コールフィールド辺境伯なので、勝手に新しい家屋を建てるわけにもいかなくてねえ。陣地争いみたいに思われるから、今あるこの場所を廃棄しないかぎり、新しい拠点を作ることができないんだ」
「ほーんと、昔からのしがらみって面倒よねえ」
目の前で勝手に話が進んでいく。
呆然としている成美に代わり、デュランがくちを挟んだ。
「待ってください、父上、母上。ナルミは聖女のお勤めがあり、聖堂を離れるのは問題があるように思います」
「そうだね。せっかく聖女が降臨されたと皆が喜んでいるんだ。気配が消えると、さらに求心力が下がる。スランへの影響も大きいよ、父上」
兄オルターもまた助け舟を出してくれ、領主夫妻の暴走が止まった。
「でも、あの聖堂で暮らすのはどうかしら。仕事場でしょう? 生活空間とは分けたほうがいいわ」
「ならばデュランがそうしているように、ナルミさんも一緒に聖堂へ出勤するかたちになるだろう。となればやはり家は必要だ」
話が戻った。
そもそもの問題はそこではなく、ご家族のあいだで、成美とデュランが結婚して一緒に暮らす前提で話をしていることだと思うのだ。
たしかに、こう、男女のお付き合い的な状態になったし、成美もデュランもそろそろ三十歳。年齢的にも結婚が前提になるのは日本の感覚的にもわかるし、おそらくこちらの世界では、遅すぎる年齢だろうと推測される。
だから、まあ、それはやぶさかではないのだけれど。
デュランとの関係が変化して、まだ一か月程度なのだ。交際0日婚もめずらしくはないのだろうが、成美にはちょっとハードルが高い。
「まず、離れを見学してみてはどうかな」
「兄上の家ですか」
「聖女さまがお見えになることは知っているし、ナルミさんさえよければ、顔合わせするのもいいかな、と」
「顔合わせというのは」
「ああ、僕の妻と息子だ」
オルター氏はデュランの兄なので、そりゃあご結婚もされているだろうし、お子さんだっていてもおかしくない。
ならばどうしてこの場にいないのかといえば、夫人のほうが遠慮したらしい。
「だって、はじめて恋人の家にご挨拶に行って、小姑までいたらイヤじゃない。しかも兄嫁なんて、どういう距離感でいけばいいか悩むし」
「そ、そうです、ね……」
コールフィールド家全員でオルターの住む離れ――という名の邸宅にお邪魔して、家の中を案内していただき、男性陣は放置して女性だけでちょっとお茶でも、となったのが今。
成美が持参した、お取り寄せのスイーツをお茶請けに、紅茶を飲んでいる。
オルターの妻・サラーナは、さっぱりとした気風のいい姉御肌な女性だった。
義母であるモルヴァーリとの関係もさっぱりしたもので、「必要以上には慣れ合わない、だって喧嘩になるし」という共通認識で付き合っているという。似た者同士なのかもしれない。
「わんおー、わんわんおー」
「わんわん!」
「わんおー」
サラーナの子、デュランにとっては甥にあたる男児は、現在二歳になったところ。銀太郎を見て興奮しており、銀太郎は銀太郎で楽しそうに犬の振りをしている。
「ごめんなさいね聖獣さま、うちの子、活発で」
「だいじょぶー。あ、わん!」
「――銀太郎、会話ができるのもうバレてるんだから、無理にわんわん言わなくてもいいよ」
「そなの? ごめん、ぼくうまくできなかった……」
へちょんと耳を伏せて項垂れる小型犬。
それを抱き寄せて毛を引っ張る男児。母親はそんな子を犬から離して膝に乗せる。成美もまた、しおしおになっている銀太郎を抱え、膝に乗せた。
「ナルミさん、今日はせわしないでしょう? ああ、遠慮しなくっていいわ。だって私も大変だったもの。最初のご挨拶が終わった途端、新居の話が始まってさー。早くない? ってものよね」
どうやら最速提案は今に始まったことではなかったらしい。
モルヴァーリはといえば反論もせず、にっこり笑っているだけだ。すごい、ちっとも悪びれない。これは勝てないと成美は慄く。
聖騎士を輩出する辺境伯家。おまけに現在、その聖騎士に任じられた青年がいる。
この情報だけでもかなり好物件のため、後継ぎであるオルターの結婚相手の選定は難航したという。
オルターのついでにデュランも取り込もうとする家が多く、そういった邪な層を排除していった結果。残ったのがサラーナ。
東地区の高地にある集落を牛耳る一族がいるらしいのだが、サラーナはそこの族長の娘。後継ぎは弟なので長女の彼女は行き遅れ上等とばかりに生きていたところ、山に迷いこんできたオルターに出会ったという。
オルターはコールフィールド領の発展のため模索していた。
それまでほとんど交流のなかった高地と繋がりを持てば、ちょっと変わったことができるかもしれないと思い、出向く。
しかし慣れない登山で体調を崩し、ヘロヘロになっていたところを助けたのがサラーナだった。
山に閉じこもって暮らす偏屈な一族――かと思えばそんなこともなく、ただ単純に、お互いがお互いを「きっと自分たちと交流したいなんて思ってないよな」と誤解していただけ。
オルターは集落で歓待を受け、今度はぜひこっちに遊びに来てくださいとなり、なんだかんだを経て、サラーナと結婚することになった。
幼児と犬の組み合わせは最強




