03 領主と聖女の会談
決行は週末。こちらの世界にも休日の概念はあるようで、多くのひとが休みとなる週末が会談の日となった。
デュランの母親から、事前に洋服はいただいている。
ひとりでも着脱ができる前開きの丸襟ブラウスとロングスカート。裾部分に色鮮やかな花の刺繍が入っているのが目を惹いた。かわいい。
鏡で確認していると玄関から声が聞こえた。
「ナルミ、迎えにきた。準備はできているだろうか」
「はい、大丈夫です」
この日のためにお取り寄せしたクッキーの詰め合わせを紙袋に入れて、いざ出陣。
銀太郎も赤い首輪をつけて、ぴんと背を伸ばしている。
扉を開けると、そこには鎧装備ではなく、漫画やアニメで見たような騎士服を着用したデュランが立っていた。
臙脂色の上衣、黒い縁取りがいいコントラストになっている。汚れが目立ちそうな白いズボンに黒いブーツ。
いつもはポニーテールにしている髪は、今日はハーフアップだ。これもいい。とてもかっこよかった。
思わず目を覆ってしまう成美に、デュランはあわてて声をかけてくる。
「どうしたナルミ、具合が悪いのであれば日を改めて――」
「いえ、問題ありません。ちょっと眩しかっただけです」
あなたのご尊顔が。
「無理はしないでくれ」
「はい」
「では行こうか」
「はい。――はい?」
デュランの背後に馬車が停まっていた。これまた映像でしか見たことがないような二頭立ての馬車が停まっていて、馭者がスタンバイしている。いつでも出発進行OK状態だ。
デュランが馬車の扉を開き、手を伸べる。
お、王子さま。
「民に姿を見られぬよう、早く」
あ、そういう事情。
成美は納得し、そそくさと乗り込むことにした。
続いて銀太郎がデュランの手によって抱えられ、それを受け取る。最後にデュラン自身が乗り込むと、馬車は動きはじめた。
窓に掛かっているカーテンをこっそり開いて外を見る。やはりひとの姿はあまり見えない。もともとそういうかんじなのだろうか。それとも休日はゆったり寝ている家庭が多いとか。
デュランの実家――コールフィールド邸は神殿地区のすぐ外に建っているという。普段は運動がてら徒歩通勤している道程を厳重に馬車で移動しているのは、聖女が外へ出ているのを神殿職員へ知られないようにするためだろう。
家の前にタクシーを横づけされたようなかんじでスタートし、ゴール地点もまた玄関前。もっともこちらの玄関は「ここはホテルの入口ですか?」と言いたくなるぐらいの規模だったが。
少人数に出迎えられ、そのなかで一番立派な服を着ている男性が領主、デュランの父親だ。カメラ越しに顔を見たことがある。
デュランは成美の手を引いてその男の前まで進み、くちを開いた。
「父上、聖女さまをお連れいたしました」
「ご苦労。聖女さま、我が邸へ足をお運びいただき、恐悦至極に存じます。我ら一同、貴女さまをお待ち申し上げておりました。心から歓迎いたします。どうぞごゆるりとお過ごしください」
男が言うと、その場にいた全員がゆっくりと頭を垂れ、胸のあたりに手を当てた。
ひいいぃぃ。
成美は震えあがり、あわあわと両手を動かす。
「か、かお、ああ、あげて、くだしゃい。あの、こちら、こそ、お出迎え、ありがとうございますっ」
あわてすぎて噛んだ。恥ずかしさに顔が赤くなる。
「わんわんー、わーん」
銀太郎が言うと、全員の空気がなごんだ。癒し効果はばつぐんだ。
「聖獣さまも、御来訪いただき感謝申し上げます」
「わん」
「普段のお食事には負けるかもしれませんが、心尽くしの料理をご用意させていただいておりますので」
「わん」
「今朝届いた高原ミルクもございます」
「やったー! あ、わーん!」
前足を伸ばしてお尻を上げる姿勢を取り、しっぽを振り振り。喜びを全身で表現する犬に、全員がさらになごんだ。
◇
応接室に案内され、領主ご一家だけになった途端、領主さまの雰囲気が変化する。それまであった威厳らしきものがなりをひそめ、やわらかい顔つきになった。
「改めて歓迎します。ナルミさん」
「あ、はい。はじめまして。成美です」
「私はデュランの父、マーベル・コールフィールドと言います。こちらは妻のモルヴァーリ、長男のオルターです」
手のひらで示されたふたりが立ち上がり、それぞれ礼を執る。成美も慌てて立ち上がり、ペコペコ頭を下げた。
「まあまあ、そんなふうに頭を振っては駄目よ。聖女さまなんですから、もっと鷹揚に構えておかないと」
内容だけを見れば苦言だが、口調はさほどきつくない。おずおずと視線をやると、にっこり笑った女性モルヴァーリさんがふたたび言う。
「脅すわけではないのだけどね、このあたりってほら、まあ田舎でしょう? 王都あたりへ行くとね、まあ遠回しにネチネチと言ってくる方が多いのよー、ほーんと性格悪いったらないわあ」
「……はあ」
「ですからね、ある程度のハッタリは必要なのよ。どんなに田舎であろうと、うちは聖堂がある東地区の重要拠点ですからね。なにかあれば見捨ててもよろしくってよ、ぐらいの気持ちでいいのよ」
「――はあ」
「母上、それはちょっと」
「わかってるわよオルター、だから他所では言わないようにしているでしょう? でもほら今日は、デュランの『ミーちゃん』がいらしたわけだし」
くちの軽い母親を止めようとした息子その1は、敢えなく撃沈。名前を出されたデュランは頬を赤らめ、成美を見た。
おかしい。これは領主と聖女による、いわば首脳会談のようなものだったはず。え、だよね?
成美は頭をひねる。
これでは、なんというか、付き合いはじめた彼氏の家に遊びにきた彼女の図になっているではないか。たぶん、知らんけど。
「ごめんなさいね、うれしくって」
「うれしい、ですか」
「デュランは子どものころから聖騎士のお役目のせいで、親しい友人がなかなか作れなくて。それでなくても、この顔でしょう? 子どものころはもっとかわいかったのよー」
どうせ聖女なんていつ来るかわからない。律儀に戒律を守らなくても、聖騎士に恋人がいたっていいじゃないか。
みたいな考えが囁かれるようになったため、領主夫妻は子どもの頭に頭巾をかぶせ、なるべく隠すようになったらしい。
隠せば隠すほど見たくなるのが人間の性というもの。
デュランは自分の部屋に引きこもった。
そしていつからか、クローゼットの前に座り込み、そこに向かって独り言を言いはじめたのである。
これはまずい。ますます精神的にやられている。
いよいよとなったら医者に相談しようと思っていたが、予想外にデュランは元気だった。以前より溌剌とした顔をするようになり、前向きになってきたのだ。
子どもは子ども同士。兄のオルターが「なにかいいことあったのか?」と訊いたところ、「ともだちができた」と答えたそうだ。




