02 正体を知られたらダメ
白い玉砂利は聖堂の敷地内にあるだけで、数歩も進めば普通の土になった。
目に見える範囲にひとはいないけれど、鳥の声や生活音のようなものは耳に入ってくる。会社員時代の朝の出勤時間帯を彷彿とさせて、ちいさく笑いが込み上げる。
成美が鞄を肩にかけて歩いていると、犬を散歩させているひとにすれちがったりしていたけれど、あちら側のひとになるとは。人生わからないものである。
「成美、どこ行くの?」
「目的はとくにないかな。どこになにがあるのか知らないし。迷子になるのも困るし」
「ぼく、聖堂の場所はわかるよー」
「頼りにしてるよ銀太郎」
「わふ!」
犬の帰巣本能に期待しつつ、成美はひとまず歩きはじめた。
事前にタブレットで調べたかぎり、聖堂がある場所は神殿関係者の居住区で、独立体制を取っているところも少なくない。
しかしスランは聖女不在の聖堂ということもあり、規制はゆるい。ひとの出入りがないと寂れる一方ということもあり、一般住民も受け入れているようだった。
それならば服装さえどうにかすれば、聖女バレせず、成美も往来を歩けるのではないかと思う。
「どうしてバレちゃいけないの?」
「騒ぎになっちゃうでしょ」
「うーん。あ、そっかー。正義の味方は、正体を知られたらダメなんだよねー、ぼく知ってるよー」
「うんうん、そうだねえ」
朝はBGMがわりにテレビをつけていた。日曜朝の子ども向けヒーロータイムを銀太郎も目にしているので、そういう方向で納得してくれたらしい。
微妙にちがうけど、まあ、意味合いは似たようなものだ。
「成美はふつうの人間でー、ぼくも聖獣じゃなくて、普通の動物の振りをするんだよねー」
「そうだよー、銀太郎、お外ではおしゃべり禁止ね」
「わかったー。あ、ちがうや。えーっと。わん!」
わんわんわん。
ものすごく棒読みで「わん」を連呼する銀太郎。一生懸命でかわいいので許すことにする。
座って頭を撫でていると、どさりとなにかを落とした音が聞こえた。
その方向へ目をやると、青空の下、往来に鎧が立っていた。足下には膨らんだ麻袋。音の発生源はアレらしい。
「ナ、ナルミ!?」
ガッションガッションと重たい音を響かせながら、鎧が近づいてくる。
これはなかなか怖い。異様だ。中身を知っていないと逃げ出すひと、続出だろう。
「おはよう、うーくん」
「ああ、おはよう。いや、そうではなく! なぜ、ここに、ナルミがいるんだ。聖堂から出て大丈夫なのか?」
最後の問いは銀太郎に向けられており、問われた聖獣はしっぽを振りながら顎を反らせて答える。
「時空転移は完了したからねー。もう成美はぼくといっしょにお外へおさんぽに行けるようになったってわけー」
「なんとっ。もう自由に歩けるようになったということなのか」
「初回限定で聖獣付きじゃないと体調不良になるかも、らしいですけどね」
「なんだと。そんな危険があるのなら、出るべきではないだろう。せめて俺が行くまで待っていてほしかった」
ガションと腕が動き、鎧騎士の籠手が成美の肩へ置かれる。
「平気か? 具合は悪くないか?」
「いまのところは。むしろ清々しい気分ですね。空気がおいしいです」
「……ならばよかった」
さすがデュランは銀太郎のように「空気がおいしいってなに?」とは言わなかった。どこかしみじみとした声色で、ただ「よかった」と言っただけだった。
町の散歩は明日あらためてデュランと一緒に、ということになり、成美は鎧騎士に伴われて聖堂へ戻る。
外から見る聖堂は、本当に『聖堂』だった。
白い石造りの四角い建物。世界史の資料集で見た、大昔の神殿の小型版とでもいえばいいだろうか。
扉は引き戸ではなく、回転扉になっていて、普通は開くことがない。この扉を開くことができるのは聖騎士であるデュランと、聖女の成美だけ。
石の扉は成美の腕力でも簡単に回転し、中へ入ることができた。
聖堂の中はいつもの見慣れた成美の部屋だ。ついさっきまで見ていた外観とのギャップがすごい。
玄関でサンダルを脱ぐ。
銀太郎には一旦そこで待っていてもらい、濡らしたタオルの上で足踏みをしてもらう。肉球、かわいい。簡単に汚れを落としたあとは成美の手で片手片足ずつ拭き取っていく。
デュランは玄関先で鎧を脱ぎ、金髪ポニテ男子の姿へ。今日はどこか申し訳なさそうな顔をしているのは、手土産を入れていた麻袋を落としてしまったせいだろう。
直接土がついたわけではないので、成美としてはあまり気にならない。三秒ルールだ。三秒以上経ってはいたけど、そこはまあ目をつぶる。どうせ食べるのは自分たちだけだから。
コーヒーを飲みながら、成美はデュランと今後について相談する。
出られるようになったからといって、聖女さまはみだりにひとまえに姿を見せるものではない存在だ。
これまでずっと扉越しにお告げをしてきたので、みんなは『そういうもの』だと考えている。
いまさら成美が外へ出て「どうも、私が聖女です」なんてあいさつをして、幻滅されたり、「あれ? 聖女さまって、そんなありがたがる存在じゃなくね?」ってなるのは、神さま的にはよろしくない気がするのだ。イメージを壊してはならないと思う。
「そうだな。そのあたりは父に相談しよう」
「よろしくお願いします」
「あと、女性用の服について相談したくて」
「わかった。それは母に頼んで用意してもらう」
「お金、ちゃんと払いますからね!」
「それは駄目だ。婚約者にドレスを贈るのは男の務めだからな」
ぐふっ。
空気が喉に詰まったような変な息が出て、成美は咳き込んだ。大丈夫かと背中を撫でてくれるデュラン。
婚約者。
成美はもぞもぞ考える。
それってどうなの?
たしかに彼は成美にとって大切なひとだった。夢だけど夢じゃなかった的な相手だった。
だからといって、いきなり婚約というのは一足飛びすぎやしないだろうか。それともお貴族様の世界とは、そういうものなのか。
いまのところ言葉だけのものだったので、ふわっとしたままここまで来たけれど、成美は外へ出られるようになった。領主と聖女の会談が実現可能になったのだ。デュランのご両親に会うというミッションが現実味を帯びてきて、成美は正直ビビっている。
「……ドレスはやめてください。一般女性の服でお願いします。普通に外を歩いてても違和感ないかんじで」
「わかった、そちらも用意する」
増えた。
どちらかひとつではなく、じゃあ両方、になるあたり、お金持ちの感覚だ。
デュランは意外と頑固なので、自分がこうと決めたことは、わりと譲らないところがある。
タンスの肥やしになることを受け入れつつ、普段着が手に入るならそれでいいか、と、成美は結論づけた。考えを放棄したともいえる。
銀太郎の「わん」は、「わんデシ」って言うあのキャラをリスペクトしています。




