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『喫茶「夕凪(ゆうなぎ)」の大阪日和 ~へんこつ店主と幼馴染のなんでやねん事件簿~』  作者: 花曇り


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恐怖の「AIお雛様」と、ホワイトデーの逆襲

 三月初旬。あかね商店街の各店舗には、雛人形が飾られ始めていた。だが、この街の飾り付けはどこかおかしい。八百屋の店先には「頭がカボチャの三人官女」が並び、酒屋では「一升瓶を抱えた内裏雛」が赤い顔をして鎮座している。

「あかん、弦ちゃん! もうすぐホワイトデーやで! うちが先月あげた『激硬かりんとう』の恩返し、準備できてる? ちなみにうちは、最新の折りたたみスマホか、もしくは商店街の福引き一等相当のハワイ旅行リベンジがええねんけど!」  

 陽菜が、喫茶「夕凪」のカウンターで、領収書の裏にびっしりと書かれた「欲しいものリスト」を突きつけていた。

「……やかましい。……お前が寄越したのは、歯を折るために開発されたような兵器やろ。……それに対する『倍返し』なら、俺が全力で淹れた『お前の脳を覚醒させる地獄の苦味ブレンド』をバケツ一杯飲ませてやる。……感謝しろ。……それで少しは知能がマシになるかもしれん」  

 店主の弦は、春の新作メニューとして「サクラ・ラテ」を研究していたが、その色はどこか殺伐とした深紅色をしていた。

「……だいたい、三月は女の子の節句やろ。……お前のような『欲望の化身』が祝われる資格はない。……お前は黙って、菱餅を喉に詰めとけ」

「ひどぉい! ひな祭りは女の子全員が主役なんやで! 弦ちゃんもほら、なんか『お雛様』っぽいことしてよ!」


 その時、商店街のアーケードを激しい振動が揺るがした。

 ゴゴゴゴゴゴゴ……!!

「弦!! 陽菜ちゃん!! ついに商店街の目玉が完成したぞ! これが次世代の伝統芸能、『全自動・自立歩行型ひな壇・あかね小町一号』や!!」

 電気屋の正蔵が、巨大なリモコンを抱えて現れた。その後ろには、四輪駆動の台車に乗った「身長二メートル」の巨大な女雛が、ウィーンという機械音を立てながら迫ってくる。  

 そして、その女雛の横には、なぜか「右大臣」の格好をして、弓の代わりに「巨大な生サバ」を構えた魚屋の茂雄が立っていた。

「……正蔵さん。……それは『ひな人形』やない。……ただの『和装のターミネーター』やろ。……今すぐその電源を抜け。……歴史への冒涜や」

「ガハハ! 弦、これを見ろ! このお雛様は、AIが搭載されとるんや! 街ゆく人の『ホワイトデーの誠意』を測定して、ケチな男には鉄槌を下すんやで!!」

「……茂雄さん。……その『鉄槌』が、お前の持ってる生臭いサバであることを願うよ。……早く警察に捕まって、季節外れの厄払いを受けてこい」


 午後。商店街の広場には、正蔵の「あかね小町一号」が鎮座し、観光客(と野次馬)が集まっていた。

「さあ、陽菜ちゃん! 弦のホワイトデーの本気度を、このAIお雛様に判定させようやないか!」

「やったるわ! 弦ちゃん、このお雛様の前に立って! 誠意が足りへんかったら、サバで叩かれるんやで!」

「……バカバカしい。……機械に判定されるほど、俺の人生は安くない」  

 弦が冷たく言い放ったその時、お雛様のセンサーが真っ赤に発光した。

『ターゲット、冷徹店主・弦を捕捉。……ホワイトデーの予算、ゼロ。……誠意、マイナス一億。……有害個体と認定。……粛清を開始します。』

 お雛様が突如、優雅な十二単をバサリと広げ、中から大量の「ひなあられ」をガトリングガンのように乱射し始めた!

「ギャァァー!! あられが! 固いあられが顔に当たるぅぅーー!!」  

 茂雄が叫ぶ中、広場は「桃色の戦場」と化した。お雛様はさらに、正蔵のプログラミングミスにより、「ホワイトデーを返さない男」を無差別に追跡し、袴の中からマジックハンドを伸ばして財布を奪おうとし始めたのだ。


「……正蔵さん。……お前の作るAIは、いつもいつも『強盗』か『テロリスト』に進化するな」

 弦は、飛来するひなあられを「ティーカップの皿」一枚で全て弾き返しながら、迷いのない足取りでお雛様へと歩み寄った。

「……お雛様、言うたな。……機械の分際で『心』を判定するなど、百年早い。……本当の『苦味』を知らん奴に、甘い節句を語る資格はない」

 弦は、懐から取り出した「超高濃度のエスプレッソ」を、お雛様の頭部にある音声認識マイクへと一気に流し込んだ。

 ジジッ……ジジジッ!!

『エラー……回路が……苦い……。大人の……味が……する……。……機能、停止……。』

 お雛様は、深みのある溜息のような音を立てて、その場に膝をつき、沈黙した。

「……ふぅ。……コーヒーは、機械の基板も、人間の腐った根性も、一瞬で黙らせる。……正蔵さん、修理代は後で回してやるから、今すぐこのガラクタを撤去しろ」


 騒動の跡。広場には大量のひなあられが散乱し、陽菜とおヨネさんがそれを掃除していた。

「……はぁ。……結局、ホワイトデーの判定もできんかったし。……うちのiPhoneも、ハワイも、幻になってしもた……」  

 陽菜が、ちり取りを抱えてガックリと項垂れる。

「……弦ちゃん。……あんた、ほんまに何も用意してへんの? うち、一応かりんとうあげたのに……」

「……フン。……あんな凶器をもらって、喜ぶ奴がおるか」  

 弦は、店の奥から、古びた、しかし丁寧に磨かれた「桐の箱」を取り出してきた。

「……ほら、食え。……お雛様にはなれんかったが、これならお前の口も少しは静かになるやろ」

 箱の中に入っていたのは、五色の「琥珀糖」だった。  

 宝石のように美しく、光に透けるそれは、弦が数日前から、店が終わった後に一人で静かに仕込んでいたものだった。

「……わぁ、何これ! 綺麗……。……食べると、外はシャリシャリで、中はプルプルや……。……しかも、ほんのり桜の香りがする……」

「……桜の塩漬けを、エスプレッソの熱気で一度蒸らして香りを移した。……『倍返し』やなくて、『口封じ』や。……さっさと食って、明日からまた豆を挽け」


 夕暮れ時。喫茶「夕凪」の店内。  

 結局、宝石のような琥珀糖に夢中になった陽菜は、iPhoneのこともハワイのことも忘れ、幸せそうに頬張っていた。

「……んん~、やっぱり弦ちゃんの作るもんは、世界一やわぁ。……毒舌さえなけりゃ、もっとええのに」

「……毒がないコーヒーなど、ただの色のついた水や。……お前の頭と同じようにな」

「なんでやねん!!」

 あかね商店街、三月の宵。  

 空には、春を待つ優しい月が浮かんでいる。  

 へんこつ店主の毒舌と、看板娘の弾けるような笑顔。  

 この街の「人情」は、最新のAIよりもずっと正確に、人々の心の温度を測っているようだった。


(第五十四話 了)

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