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『喫茶「夕凪(ゆうなぎ)」の大阪日和 ~へんこつ店主と幼馴染のなんでやねん事件簿~』  作者: 花曇り


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節分の電子鬼退治と、空飛ぶサバ恵方巻

 二月三日。あかね商店街の朝は、香ばしい煎り豆の匂い……ではなく、鼻を突く「生臭い匂い」で幕を開けた。

「あかん、弦ちゃん! 外見て! 商店街の入り口に、特大の『イワシの頭』と『ヒイラギ』が飾られてるけど、あんなに巨大やったら鬼より先に、保健所が来るわ!」  

 陽菜が、喫茶「夕凪」のカウンターで、恵方巻(特大サイズ)を片手に戦々恐々としていた。

「……やかましい。……魔除けやなくて、ただの不法投棄やな。……だいたい、お前が持ってるその太巻きは何や。……恵方巻というより、ただの『米の丸太』やろ。……それ一本で、お前の知能指数分のカロリーを大幅にオーバーしとるぞ」  

 店主の弦は、漆黒のコーヒーをネルで抽出しながら、いつも通り凍てつくような冷徹さで言い放った。

「……豆をまいて鬼を払う? ……お前のような『強欲の塊』が店に居座っとる時点で、この店は年中が無間地獄や」

「ひどぉい! うちは『福の神(見習い)』やで! ほら、弦ちゃんもこれ食べて。今年の恵方は北北西! 無言で食べきったら、うちの給料が倍になるっていうジンクスを今作ったから!」

「……死んでも飲まん。……窒息してそのまま永遠に黙っとけ」


 そこへ、アーケードを揺らすような怒号とともに、電気屋の正蔵がフルフェイスのヘルメットを被って現れた。その後ろには、全身を青塗りにし、頭にトラ柄のパンツを被った魚屋の茂雄が続いている。

「弦!! 陽菜ちゃん!! ついに完成したぞ! 伝統の豆まきをデジタルの力で最適化した、『全自動鬼退治ドローン・マメ・ストライカー』や!!」

「……正蔵さん。……それはドローンやない。……ただの『豆を射出する散弾銃』やろ。……今すぐそのスイッチを切れ。……商店街を戦場にするな」

「ガハハ! 弦、ビビるな! 俺がこの『青鬼』になって、ドローンの標的になることで、街の厄を全部引き受けるんや! これぞ自己犠牲の美学やで!!」  

 茂雄が、青い肌をテカらせながら、手にはなぜか「サバを芯にした恵方巻」を握りしめてポーズを決める。

「……茂雄さん。……その格好で街を歩くことが、一番の厄災や。……今すぐ警察に自首して、独房で静かに豆でも数えとけ」


 午後。商店街の広場では、正蔵の「マメ・ストライカー」のデモンストレーションが始まっていた。  

 だが、その様子が明らかにおかしい。ドローンのレンズが真っ赤に発光し、ロックオンサイトが広場にいる全員をターゲットに捉え始めた。

「さあ、起動や! ターゲット、青鬼・茂雄! ファイア!!」

 ドドドドドドドドッ!!

 機械的な掃射音とともに、一秒間に百発の速度で「煎り豆」が連射された。

「ギャァァー!! 痛い! 豆が固い! これ、ただの豆やなくて『乾燥大豆(生)』やないか!!」  

 茂雄が悲鳴を上げながら逃げ惑うが、ドローンのAIは残酷にも茂雄の青いケツを執拗に追いかけ、豆を叩き込み続ける。

「あかん! 正蔵さん、ドローンが暴走してる! うちの恵方巻にも当たって、米が四散してるぅぅーー!!」  

 陽菜が叫ぶが、ドローンは次に、なぜか「一番性格の悪そうな顔」を検索し始め、喫茶「夕凪」の入り口に立つ弦をロックオンした。


「……ほう。……機械の分際で、喧嘩を売る相手を間違えたようやな」

 弦は、ピクリとも動じなかった。  

 飛来するマッハの豆。普通なら顔面に直撃し、全治三週間の打撲を負うところだが、弦は左手に持った「金属製のコーヒードリッパー」を、剣豪のような速さで一閃させた。

 カカカカッ!!

 全ての豆をドリッパーの縁で跳ね返し、あろうことか、全てを店内の「ミル」の中へと誘導した。

「……正蔵さん。……この豆、煎りが甘い。……そして、設定温度が低すぎる」  

 弦は一歩も動かぬまま、右手のスプーンをデコピンの要領で弾いた。スプーンはドローンのメインセンサーを直撃し、制御を完全に停止させた。

「……ふぅ。……豆まきは終わりや。……これ以上騒ぐなら、このミルの粉をお前らの鼻の穴に直接パッキングしてやるぞ」

「「す、すみませんでしたぁぁーー!!」」  

 正蔵と茂雄が、豆まみれの広場で土下座する。


 騒動の跡。商店街の広場には、大量の豆が散乱していた。おヨネさんが「もったいないねぇ」と掃除を始め、陽菜は崩壊した恵方巻を拾い集めていた。

「……弦ちゃん。……せっかくの節分なのに、めちゃくちゃや。……福どころか、警察が来そうやわ」

「……フン。……バカが暴れた後は、いつもこうや。……だが、あのドローンのおかげで、一つだけ『福』があったぞ」

 弦が指差したのは、広場の片隅で震えていた、一人の小さな少年だった。少年は、迷子になって泣きそうになっていたが、飛んできた「サバ恵方巻」を茂雄が必死に守り抜いて(自分の頭で受け止めて)、少年に手渡したのを見て、いつの間にか笑顔になっていた。

「……おい、ボウズ。……鬼はもうおらん。……これからは、そのサバ臭い棒を食って、元気に家へ帰れ」  

 弦が、店から持ってきた温かい「ココア(豆つながり)」を少年に手渡した。

「……うん! おじさん、ありがとう! 鬼さん、面白かった!」  

 少年の笑顔を見て、茂雄は青塗りの顔をくしゃくしゃにして笑った。


 夜。喫茶「夕凪」の店内。  

 結局、恵方巻をまともに食べられなかった陽菜が、カウンターで不貞腐れながら、弦が淹れた「節分特別ブレンド」を飲んでいた。

「……はぁ。……恵方巻、無言で食べられへんかった。……うちはもう一生、ビンボーなままやわ」

「……安心しろ。……お前は金があってもなくても、一生バカやから何も変わらん。……ほら、これでも食え」  

 弦が、カウンターの下から一皿の料理を出した。それは、余った豆を柔らかく煮込み、特製のスパイスとコーヒーエキスで仕上げた「夕凪風・黒豆のコンフィ」だった。

「……わぁ、何これ! 甘くて、でも苦くて……。……なんか、大人の味がする……」

「……お前には似合わん味や。……さっさと食って、店を掃除しろ。……豆一粒でも残ってたら、明日はお前を豆と一緒に焙煎機に放り込むからな」

「なんでやねん!!」

 あかね商店街、二月の夜。  

 空には、冬の終わりの澄んだ星が輝いている。  

 へんこつ店主の毒舌と、青い顔の魚屋の笑い声。  

 この街の鬼は、どんなハイテク兵器よりも、温かい「人の情」に負けて、どこかへ逃げていったようだ。


(第五十二話 了)

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