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『喫茶「夕凪(ゆうなぎ)」の大阪日和 ~へんこつ店主と幼馴染のなんでやねん事件簿~』  作者: 花曇り


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新春・餅つきパニックと、白い悪魔の襲来

 一月、早朝。あかね商店街の気温は、吐く息がそのままフリーズドライの粉末になりそうなほど冷え込んでいた。だが、広場には不穏な熱気が渦巻いている。そこには「新春餅つき大会」と書かれた、血生臭いほど真っ赤な看板が掲げられていた。

「あかん……寒い。弦ちゃん、うちの足指がもう『雪見だいふく』みたいに感覚ないねん。今すぐストーブの前で餅みたいに焼いて……」  

 陽菜が、喫茶「夕凪」のカウンターで、毛布を三枚被ってミノムシのような姿で震えていた。

「……やかましい。……お前を焼いたら、中からドロドロの欲望が溶け出して、店中が汚染される。……だいたい、餅を食うためだけに早起きするその執念を、少しは仕事に向けろ。……ネルドリップの準備もできとらんぞ」  

 店主の弦は、氷点下の朝でも背筋をピンと伸ばし、鉄瓶で沸かした湯の温度を厳格に管理していた。

「……餅なんてのは、噛んで飲み込めば終わりや。……あんな粘り気だけの物体に、人生の貴重な時間を割くバカ共の気が知れん」

「ひどぉい! 餅は『神様の魂』なんやで! 弦ちゃんは神様を飲み込むのが怖いんやろ!」


 その時、広場から凄まじい「機械音」が響いてきた。

 ギュイィィィィィン!! ズドドドドド!!

「弦!! 陽菜ちゃん!! ついに時代が追いついたぞ! 令和の餅つきは、これやぁぁーー!!」  

電気屋の正蔵が、油まみれのツナギを着て、巨大な「キャタピラ付きの金属塊」を引きずって現れた。その後ろには、なぜか「鏡餅」の着ぐるみを着た魚屋の茂雄が、台車に乗せられて運ばれてくる。

「……正蔵さん。……それは餅つき機やない。……戦車か、あるいは核燃料の廃棄容器か何かか」

「ガハハ! 弦、驚くな! これぞ俺の最高傑作、『高速自動餅つき機・粘り腰一号』や! 一秒間に五百回の『突き』と『返し』を同時に行う、超音速の餅つきやで!!」

「……一秒間に五百回? ……それは餅を突くんじゃなくて、分子レベルで破壊しとるだけやないのか」

「さらにこれだ!」

 と、鏡餅姿の茂雄が、懐から真っ青な液体を取り出した。

「俺が開発した、『サバのコラーゲン配合・ブルーハワイ餅シロップ』や! これを入れるとな、餅が青光りして、しかも食べると魚の生命力が漲るんや!!」

「……茂雄さん。……それ、ただの『着色料を混ぜた生臭い液体』やろ。……今すぐその鏡餅の格好と一緒に、海へ帰れ」


 正午。商店街の広場には、正蔵の「粘り腰一号」を一目見ようと、近所の住民たちが集まっていた。

「さあ、陽菜ちゃん! 起動スイッチを押してくれ! 歴史が動くぞ!!」

「よっしゃ! 一番乗りで餅を吸い込むでぇー!!」  

 陽菜が、欲望のままに真っ赤なスタートボタンを叩きつけた。

 ピィィィィーー!!

 警報音が鳴り響き、機械の腕が猛烈なスピードで上下し始めた。あまりの速さに、杵が残像となり、摩擦熱で臼の中から白い煙が立ち昇る。

「……おぉ、すごい! 早い! 早すぎるぅぅー!!」  

 観衆から歓声が上がる。だが、次の瞬間、機械の制御盤から火花が飛び散った。

「……あ、あれ? 止まらへん!! 正蔵さん、レバーが折れた!!」

「……何!? 過回転や! 餅が……餅が臨界点を超えとる!!」

 ボシュゥゥゥゥーーーーン!!

 凄まじい爆発音とともに、臼の中から「真っ白な粘液」が、火山噴火のごとく空高く噴き出した。  

 それは餅というよりは、意志を持った「白い悪魔」のようだった。


「ギャァァー!! 餅が降ってくる! 商店街が、白い地獄に染まっていくぅぅーー!!」  

 茂雄の叫び声も虚しく、空から粘着性抜群の餅の塊が、雨のように降り注いだ。

 アーケードの天井には巨大な餅のつららが形成され、道ゆく人々は足元を餅に絡め取られ、一歩も動けなくなる。

「助けて! 靴が脱げへん!!」

「私のカツラが餅に持っていかれたぁー!!」

「……やれやれ。……バカの連鎖が、物理的な粘着力を持って街を支配したか」  

 弦は、店の入り口で、飛来する餅の塊を「巨大なトング」で一つずつ華麗にキャッチし、ゴミ箱へ捨てていた。

「弦ちゃん! 感心してる場合ちゃうで! 陽菜が、陽菜が餅の山に埋もれて……『本物の鏡餅』になってしもてる!!」

 見れば、陽菜が広場の中央で、数十キロの餅の塊に全身をコーティングされ、頭の上にミカンだけを乗せた状態で固まっていた。

「……助けて、弦ちゃん……。美味しいけど……重い……。もう一生、餅は見たくない……」


「……チッ。……正月早々、後味の悪いデザートやな」

 弦は、店の中から特製の「超高濃度・炭酸エスプレッソ」を詰めたスプレーボトルを取り出した。

「……正蔵さん、茂雄さん。……その『粘り』を解くには、酸と苦みによる分子結合の切断しかない。……道を開けろ」

 弦は、餅の津波の中を、まるでスケートを滑るような軽やかな足取り(実際は、靴の裏に大量のバターを塗っていた)で突き進んだ。  

 そして、陽菜を包み込む「白い悪魔」に向けて、漆黒の液体を噴射した。

 シュワァァァー!!

 炭酸の刺激とカフェインの苦味が、餅の粘り気を一瞬で中和する。ドロリと溶け落ちる餅の中から、陽菜が救出された。

「……ぷはぁっ! 助かった……。弦ちゃん、あんたやっぱりヒーローや! 苦いけど!!」

「……勘違いするな。……お前が餅と同化して腐ったら、店の掃除が面倒になるからや。……さっさと立て。……商店街の洗浄を始めるぞ」


 夕暮れ時。喫茶「夕凪」の店内。  

 結局、餅つき大会は中止になり、商店街の面々は、弦が特別に用意した「お口直しのぜんざい」を啜っていた。

「……ふぅ。……結局、手で突くのが一番やな。……機械は、心を込められへん」  

 正蔵が、ボロボロのツナギで反省の色を見せる。

「ガハハ! でも弦、お前のエスプレッソが混ざった餅、意外と大人な味で美味かったぞ! 来年はこれで行こうや!!」

「……二度とやるか。……来年は正月の間、店にバリケードを張る」

 カウンターの端では、陽菜が「もう餅は見たくない」と言った舌の根も乾かぬうちに、ぜんざいをお代わりしていた。

「……んん~、やっぱり冬はこれやねぇ。……弦ちゃん、もう一杯!」

「……お前の胃袋はブラックホールか。……これ以上食うなら、お前の顔に直接『スカ』と書いた白い玉を貼り付けて、一生ガラガラの景品にしてやるぞ」

「なんでやねん!!」

 あかね商店街、一月の夕暮れ。  

 白い餅の騒動は収まり、街にはまた、静かなコーヒーの香りと、バカげた笑い声が戻ってきた。  

 へんこつ店主の新しい一年は、相変わらず粘り強く、そしてピリリと苦いスタートを切った。


(第五十一話 了)

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