祝・五十周年! タイムカプセルと「あかね」の記憶
十二月。あかね商店街は、開店五十周年のアニバーサリー一色に染まっていた。アーケードには「祝・五十周年」の垂れ幕が下がり、スピーカーからは五十年前のヒット曲が爆音で流れ、道ゆく人々を無理やりノスタルジーの渦に叩き込んでいる。
「弦ちゃん! 見てこれ! 五十年前の商店街案内図やて! うちの『夕凪』、昔は『喫茶・純情』って名前やったんやね! 今の弦ちゃんからは想像もつかへん清純な名前やん!」
陽菜が、喫茶「夕凪」のカウンターで、黄ばんだ古地図を広げて大騒ぎしていた。
「……やかましい。……名前が変わったんやない。……あまりにバカな客が多すぎて、清純な心が『夕暮れの凪』のように冷え切っただけや」
店主の弦は、五十年前から使われているという年代物のミルを、一切の妥協なくメンテナンスしていた。
「……だいたい、五十周年なんてただの数字や。……五十年経っても、この街の連中の知能がミリ単位でも進歩しとらん事実の方が、よほど驚異やろ」
「ひどぉい! でも、今日はすごいんやで! 五十周年記念の目玉、『タイムカプセル発掘調査』が始まるんやから! 絶対、当時の金塊とか隠されてるって!」
そこへ、巨大なショベルカー……ではなく、工事用のヘルメットに身を固めた電気屋の正蔵と、なぜか「五十年前の女子高生(セーラー服)」の仮装をした魚屋の茂雄がなだれ込んできた。
「弦!! 陽菜ちゃん!! ついに見つけたぞ! アーケードの真下、三番街のマンホールの横に、五十年前の先人たちが埋めた『あかねの宝』が眠っとるんや!!」
「……正蔵さん。……そのヘルメットはいいとして、横の『生臭い妖精』は何や。……通報していいか」
「ガハハ! 弦、これは当時の流行を再現したファッションや! 昭和の風を吹かせてるんやで!!」
茂雄がスカートをなびかせながらサバを振り回す。
「……茂雄さん。……それは昭和の風やなくて、一ヶ月放置した生ゴミの風や。……今すぐそのセーラー服を脱いで、歴史の闇に葬られてこい」
午後。商店街の中央広場では、正蔵が開発した「超音波・地中透視スキャナー(という名の巨大な磁石)」を使い、タイムカプセルの発掘作業が始まっていた。
「……うおおお! 反応アリや! 全員、伏せろぉぉーー!!」
正蔵が叫び、地面にツルハシを振り下ろした瞬間。
ドォォォーーン!!
水道管を直撃したのか、凄まじい勢いで水柱が立ち上がった。
「ギャァァー!! 宝の代わりに水が出たぁぁーー!!」
陽菜が悲鳴を上げる。
さらに、水圧に耐えきれなくなったマンホールが空高く舞い上がり、茂雄のセーラー服を直撃。茂雄は「空飛ぶ魚屋」と化してアーケードの天井に激突した。
「……カオスやな」
弦が、店の軒先で傘を差し、コーヒーを啜りながら呟いた。
「……正蔵さん。……埋蔵金を探す前に、自分の脳内の欠陥を探すべきやったな」
だが、その噴水の底から、一つの古びた「ビスケットの缶」が姿を現した。
「……あ、あれや! あれがタイムカプセルや!!」
びしょ濡れの陽菜が、泥だらけの缶を抱きかかえて「夕凪」へ逃げ込んできた。
店内に集まった商店街の面々。震える手で、弦が缶の錆びついた蓋を、マイナスドライバーでこじ開けた。
「……金塊か!? それとも、幻の土地権利書か!?」
茂雄と正蔵が身を乗り出す。
中から出てきたのは……。
一通の手紙と、大量の「使い古したコーヒー豆の袋」、そして、子供が描いたような一枚の絵だった。
「……なんや、これ。……ただのゴミやないか」
茂雄が落胆して肩を落とす。
だが、その絵を見た瞬間、正蔵の動きが止まった。そこには、下手くそな字で「みらいの『あかね』のみんなへ。けんかしても、ここにくればコーヒーがあるよ」と書かれ、喫茶店のカウンターで笑い合う、若き日の茂雄、正蔵、そして、今は亡き弦の父親の姿が描かれていた。
沈黙が店を支配した。手紙は、五十年前の「夕凪」の先代店主――弦の父親が書いたものだった。
「……『この街に集まる奴らは、どいつもこいつもバカで、うるさくて、救いようがない。だが、そんなバカ共が笑い合える場所を、五十年後も誰かが守っていてくれたら、それ以上の宝はない』……か」
弦が、父親の乱暴な筆跡をなぞりながら、小さく、本当に小さく鼻で笑った。
「……弦ちゃん。……お父さん、今の弦ちゃんと同じこと言うてるやん」
陽菜が、泥を拭った顔でニッコリと笑う。
「……フン。……親子揃って、語彙力が乏しいだけや。……こんな下らんもんを埋めるために、街中を水浸しにしおって」
弦は立ち上がり、カウンターの中へ入った。
「……正蔵さん。……茂雄さん。……そこのびしょ濡れのバカ娘。……五十年前の『宝』は、一ミリの価値もなかったが……。……この、五十年分使い古されたミルの音だけは、本物や。……黙って、一番いい豆を飲んでいけ」
夕暮れ時。喫茶「夕凪」の店内。
修理された水道管の音を聞きながら、商店街の面々が、弦が淹れた「五十周年特別ブレンド」を味わっていた。
「……はぁ。……結局、金塊はなかったけど……。……なんか、お腹の底がポカポカするわ」
陽菜が、コーヒーの湯気に包まれて目を細める。
「ガハハ! 弦、お前の代でもう五十年、俺たちの面倒を見ろよな! 俺が死んでも、サバの霊として通い詰めたるからな!」
「……死んだら二度と来るな。……結界を張るぞ」
あかね商店街、五十周年の夜。
タイムカプセルが教えてくれたのは、失われた宝ではなく、五十年経っても変わらない「騒がしい日常」の尊さだった。
へんこつ店主の毒舌と、看板娘の笑い声。 この街の「夕凪」は、明日も、その先も、変わらぬ香りを漂わせ続けていく。
(第五十話 了)




