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『喫茶「夕凪(ゆうなぎ)」の大阪日和 ~へんこつ店主と幼馴染のなんでやねん事件簿~』  作者: 花曇り


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歳末ガラガラ大騒動と、消えた「黄金の玉」

 十一月末。あかね商店街のアーケードには「歳末大売出し」の赤い幟がはためき、スピーカーからはエンドレスで『軍艦マーチ』が流れていた。広場に設置された特設会場には、商店街の冬の風物詩、木製の抽選機――通称「ガラガラ」が鎮座している。

「弦ちゃん! 見て! うちの全財産、一万二千円分を全部、抽選券に替えてきたで! これで『ハワイペア旅行』はうちのもんや! アロハや! マハロや!!」  

 陽菜が、喫茶「夕凪」のカウンターで、札束ならぬ「抽選券の束」を扇子のように広げて踊っていた。

「……やかましい。……全財産が一万二千円という事実に泣け。……だいたい、お前のような強欲な女に、幸運の玉が転がり出るわけがない。……出るのは『スカ』と書かれた白い玉と、お前の鼻水くらいや」  

 店主の弦は、寒さで冷えた指先を温めるように、静かにネルドリップを蒸らしていた。

「……ハワイに行く前に、その浮かれた脳みそを常夏の海で一度冷やしてこい。……水難事故として処理してやる」

「ひどぉい! これは『投資』や! 弦ちゃんも一回くらい引きなよ、どうせ一生『凶』しか引かへんのやから!」


 そこへ、鼻息も荒く、電気屋の正蔵が工具箱を抱えて走り込んできた。その後ろには、なぜか「金の全身タイツ」を着用した魚屋の茂雄が続いている。

「弦!! 陽菜ちゃん!! 大変や! 今年のガラガラは一味違うぞ! 俺が最新のテクノロジーを注入して、『超高速・全自動ガラガラ機・あかね一号』に改造してやったんや!!」

「……正蔵さん。……伝統的な抽選機に、余計な知能を持たせるな。……嫌な予感しかせん」

「ガハハ! 弦、ビビるな! 俺はこの『黄金の玉』の精精霊として、当選者にサバを投げつける役や!」  

 茂雄が、タイツをパツパツに鳴らしながらサバを振り回す。

「……茂雄さん。……それは『お祝い』やなくて『テロ』や。……今すぐその生臭いタイツを脱いで、塩を浴びて清めてこい」


 午後。商店街の広場では、正蔵が改造した「あかね一号」が稼働を始めていた。だが、その様子がおかしい。LEDが七色に点滅し、排気口からは蒸気が噴き出している。

「さあ、陽菜ちゃん! 引いてみろ! 世界初の『量子力学的・抽選体験』や!!」

「よっしゃぁぁー! ハワイ、カモン!!」  

 陽菜が気合を込めてレバーを回した瞬間、異変は起きた。

 ガガガガガガガッ!!

「……え、ちょっと! 止まらへん!! 弦ちゃん、レバーが勝手に回ってる!!」

「……正蔵さん。……これ、モーターの回転数が『遠心分離機』のレベルに達しとるぞ」

 次の瞬間、抽選機が爆発音とともに「玉」を連射し始めた。真っ白い「スカ」の玉が、マシンガンの弾丸のごとくアーケード中に飛び散る。

「ギャァァー!! スカの雨や! 商店街が真っ白に染まっていくぅぅーー!!」  

 茂雄が叫ぶ中、街中の人々が玉を避けようと右往左往し、阿鼻叫喚の地獄絵図が広がった。


「……カオスやな」  

 弦が唯一、コーヒーカップを片手に、その飛来する玉を最小限の動きで避けながら呟いた。

「弦ちゃん! 助けて! 一等の『黄金の玉』が……! まだ出てへんのに、機械がオーバーヒートして燃えそうや!!」

 見れば、抽選機の中では一等賞の「黄金の玉」が、遠心力で内壁に張り付いたまま、火花を散らして回転していた。このままでは、ハワイ旅行の権利が消滅してしまう。

「……チッ。……素人が」

 弦が動いた。彼はカウンターの中にあった「超ロングサイズのマドラー」を一本抜き取ると、飛来するスカの玉をテニスプレイヤーのような身のこなしで弾き飛ばしながら、猛回転する抽選機へと肉薄した。

「……正蔵さん。……摩擦係数を計算に入れろと言ったはずや。……今、その『詰まり』を解除してやる」

 弦は、マドラーを抽選機の排出口へ、コンマ一ミリの狂いもなく突き刺した。瞬間、キィィィィィン!! という金属音が響き、機械の回転が急停止した。


 静寂が戻った広場。止まった機械の先から、一つだけ、眩い光を放つ玉が「コロン……」と転がり出た。

「……黄金の玉!! 弦ちゃん、一等や! ハワイ旅行やぁぁー!!」  

 陽菜が泣きながらその玉を掴み取ろうとした。

 だが、その玉が転がった先には、一人のお婆さんが立っていた。商店街の隅で、ひっそりと内職をしながら暮らしている、身寄りのない「おトメさん」だ。彼女は、手の中にあるたった一枚の、ボロボロになった抽選券を握りしめて震えていた。

「……あら……。私、……引く前に、玉が出てきてしもうた……」

 陽菜の手が止まった。彼女は、自分が握りしめていた一万二千円分の券を見つめ、それからおトメさんの、冷え切ってあかぎれだらけの手を見つめた。

「……おトメさん。……それ、おトメさんが引いた玉やで。……おめでとう! 一等のハワイや!!」  

 陽菜が、眩しいほどの笑顔で、黄金の玉をおトメさんの手に握らせた。

「えっ……? でも、私、まだ回してない……」

「……いいえ。……この機械、あまりにハイテクすぎて、『心で願った瞬間』に玉が出るシステムなんや。……な、弦ちゃん!?」

「…………。……あぁ。……お前のその、救いようのない『バカな嘘』も、たまには正解や」  

 弦が、珍しく柔らかい眼差しで、おトメさんに一杯の温かいコーヒーを差し出した。


 夕暮れ時。喫茶「夕凪」の店内。結局、ハワイ旅行を手放した陽菜が、カウンターで真っ白な「スカの玉」を弄びながら、ため息をついていた。

「……はぁ。……うちのハワイが……。アロハが……。エメラルドの海が……。……でも、おトメさん、あんなに喜んでくれてたなぁ」

「……陽菜。……一万二千円で、あそこまでの『嘘』を買えたなら、安いもんやろ」

「……弦ちゃんのケチ。……一口くらい、ハワイアンなコーヒー淹れてよ」

「……ハワイアン? ……あぁ、そうやな。……これは、南の島の砂浜……やなくて、正蔵さんが機械を直した時に出た『鉄粉』入りのコーヒーや」

「飲むかぁーー!! 死んでまうわ!!」

「……フン。……冗談や。……ほら、食え。……これは、おトメさんがお礼にって置いていった、手作りの『おはぎ』や。……ハワイのパンケーキより、お前のその卑しい腹には似合っとるぞ」

「……美味しい……。……弦ちゃん、やっぱりこれ、世界一やわ……」


「……あ、弦ちゃん! 茂雄さんが、おトメさんの旅立ちを祝って、商店街の街灯全部に『生きたサバ』を吊るし始めたで!」

「……通報しろ。……今すぐ、電力会社と警察を呼べ!!」

 あかね商店街、十一月の終わり。  

 ガラガラの騒動は終わったが、街には少しだけ早い「お年玉」のような、温かい余韻が漂っていた。  

 へんこつ店主の毒舌と、看板娘の痩せ我慢。  

 この街の歳末は、どんな一等賞よりも輝く「人情」で満ちていくのだった。


(第四十九話 了)

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