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『喫茶「夕凪(ゆうなぎ)」の大阪日和 ~へんこつ店主と幼馴染のなんでやねん事件簿~』  作者: 花曇り


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晩秋の「ほかほかスープ合戦」と、消えた隠し味

 十一月。あかね商店街を吹き抜ける風は、昨日までの秋を強引に冬へと引きずり込もうとしていた。道行く人々がコートの襟を立てる中、商店街の掲示板には、ド派手な金色のポスターが躍っていた。

『第一回・あかね商店街 ほかほかスープ合戦! 優勝賞金:現金十万円!』

「弦ちゃん! 見た!? 十万円やで、十万円! これがあれば、うちがずっと欲しかった『北欧風の高級モコモココート』が買えるんや! 今すぐ厨房をスープ工場にして!!」  

 陽菜が、喫茶「夕凪」のカウンターで、鼻息も荒く宣言した。

「……やかましい。……お前のそのスカスカの頭を温めるのが先やろ。……だいたい、うちは喫茶店や。……スープを煮込む暇があったら、コーヒー一杯の香りを磨け」  

 店主の弦は、いつも通り氷のような視線で豆を選別していた。

「……十万円に目が眩んで、客に『欲望の煮こごり』を食わせるつもりか。……そんなもん、一口飲んだだけで胃もたれするわ」

「ひどぉい! これは『夢』を煮込んでるんや! 弦ちゃんのコーヒーやと、みんな目が覚めすぎて冬眠できへんようになるやん!」


 そこへ、巨大な寸胴鍋を両手で抱えた魚屋の茂雄が、相変わらずの勢いでなだれ込んできた。その後ろには、なぜかゴーグルと白衣を身に纏った電気屋の正蔵も続いている。

「弦! 陽菜ちゃん! 俺の必殺スープが完成したぞ! その名も、『深海からの咆哮・サバの頭丸ごとボウル』や!!」

「……茂雄さん。……それはスープやない。……ただの『生臭いお湯』やろ。……今すぐその鍋を封印しろ。……近隣住民が避難を始めるぞ」

「何を言うとるんや、弦! これが男の出汁や! そしてこっちは、正蔵が開発した隠し味や!」

 正蔵が誇らしげに、試験管に入った怪しい「七色の粉末」を掲げた。 「これぞ電気屋の意地、『ナノ・パウダー・スパイス』や! これを入れるとな、スープが虹色に光って、しかも振動で勝手に混ざるんや!」

「……正蔵さん。……それは化学兵器やないのか。……頼むから、食い物に『機能』を持たせようとするな」


 スープ合戦当日。商店街の広場には、各店舗が自慢のスープを並べ、審査員として招待された「美食界の鬼」こと、有名フードライターの田中が到着していた。

「……うむ。このサバのスープ、見た目は凄惨だが……匂いが……匂いだけで鼻腔が壊死しそうだ」  

 田中が茂雄の鍋を避けて歩く中、陽菜が「夕凪」のブースで必死に呼び込みをしていた。

「さあさあ! 喫茶夕凪特製! 『レインボー・フルーツ・ミネストローネ』やで! 映える! 美味い! 十万円!」

「……陽菜。……お前のそのネーミングセンス、一度デリートした方がいいぞ」  

 弦が冷たく突っ込んだその時。

 広場を激しい突風が吹き抜けた。正蔵の「ナノ・パウダー」が風に舞い、茂雄の「サバの咆哮」に混ざり、さらにはおヨネさんの「ぬか床ポタージュ」や陽菜の「フルーツスープ」が入り乱れて空中に飛散した。

「ギャァァー!! スープが! スープが空を舞ってるぅぅーー!!」  

 陽菜が叫ぶ。さらに、正蔵が設置した「超音波スープ攪拌機」が暴走。広場全体が、虹色の霧に包まれるという、幻想的かつ破滅的な光景が広がった。


「……カオスやな」  

 弦が唯一、落ち着いた様子でその惨状を眺めていた。審査員の田中は、頭から虹色のスープを浴び、言葉を失って震えている。

「あ、あかん……。合戦中止や……。うちのコートが……十万円が、霧になって消えていく……」  

 陽菜が地面に膝をつく。商店街の面々も、大喧嘩の末の自爆に、お通夜のような空気になった。

 その時。

「……待て。……誰や、この『香り』を出してるのは」

 田中が、鼻をピクピクさせながら顔を上げた。虹色の霧の向こう側。喫茶「夕凪」のカウンターで、弦が静かに一つの小鍋を火にかけていた。

「……弦ちゃん、何作ってるん?」

「……フン。……お前らがぶちまけた野菜の端切れと、茂雄さんの捨てた中骨。……それに正蔵さんが落とした、ただの『岩塩』や」   

 弦は、店内に残っていた余り物の食材を、極限まで磨き上げた技でまとめ上げていた。

「……スープは、引き算や。……欲望を足すから、不純物になる。……必要なのは、木枯らしの中で震える客に、一瞬だけ『春』を見せる温かさだけや」


 田中が、その濁りのない、透き通った琥珀色のスープを一口啜った。

「…………。……あぁ。……これだ。……私が探していたのは、高級食材でも、虹色の魔法でもない。……あかね商店街の、この『泥臭い優しさ』が凝縮された、一杯の安らぎだ……」

 審査員・田中の目から、一筋の涙が零れ落ちた。結果は、満場一致で喫茶「夕凪」の優勝。

「やったぁぁーー!! 弦ちゃん、十万円や! 十万円ゲットやぁー!!」  

 陽菜が、狂喜乱舞して弦に抱きつこうとするが、弦はそれを華麗にスルーした。

「……勘違いするな。……この賞金は、さっき茂雄と正蔵が壊した、うちの看板の修理代。……それと、汚れた広場の清掃代で全額消える」

「…………。……えっ」

「……欲をかくから、結果的にゼロになる。……お前らしい結末やな」


 夕暮れ時。喫茶「夕凪」の店内。結局、コートを買えなかった陽菜が、カウンターでふて腐れて、弦が淹れたコーヒーを飲んでいた。

「……もう、弦ちゃんのケチ。……一口くらい、贅沢させてくれたってええやん」

「……贅沢は、舌でするもんやない。……心でするもんや。……ほら、食え」  

 弦が、カウンターの下から一皿の料理を出した。  それは、合戦に出したスープの残りに、少しだけ贅沢な生クリームを垂らした、賄い用のポタージュだった。

「……あ、あったかい……。……弦ちゃん、やっぱりこれ、世界一美味しいわ……」

「……フン。……お前の舌は、十円の駄菓子でも世界一と言うから信用できん。……さっさと飲んで片付けろ。……明日は、もっと冷えるぞ」

 あかね商店街、十一月の夜。  

 木枯らしは相変わらず冷たいが、商店街を歩く人々は、どこか少しだけ足取りが軽い。  

 へんこつ店主の毒舌と、お節介な人情。  

この街のスープは、どんな高級店よりも、深く、温かく、人々の心に染み渡っていくのだった。


(第四十八話 了)

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