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『喫茶「夕凪(ゆうなぎ)」の大阪日和 ~へんこつ店主と幼馴染のなんでやねん事件簿~』  作者: 花曇り


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阿鼻叫喚のハロウィンと、恐怖の「生臭いゾンビ」

 十月末。あかね商店街のアーケードには、オレンジ色のカボチャ……の代わりに、なぜか「顔を描いたミカン」が大量に吊るされていた。

「あかん、弦ちゃん! 全然映えへん! ミカンやとただの冬の入り口やんか! もっとこう、ダークでホラーな感じにせんと、お菓子もらわれへん!」  

 陽菜が、喫茶「夕凪」の店内で、オレンジ色のゴミ袋を身に纏いながらジタバタしていた。

「……やかましい。……お菓子が欲しければ、スーパーの特売日に並べ。……だいたい、そのゴミ袋は何や。……お前自身が『粗大ゴミ』という仮装か? 素晴らしい完成度やな」  

 店主の弦は、漆黒のドリップポットを握り、いつも以上に殺気立った手つきでコーヒーを淹れていた。

「……ここは喫茶店や。……お化け屋敷やない。……変な格好で店に入るな。……客の食欲が、お前の知能レベル並みに減退する」

「ひどぉい! これは『カボチャの妖精(予算ゼロ円)』や! 弦ちゃんも何かしてよ、ほら、ドラキュラとか似合うで。性格の悪さがそのまんまやし!」

「……塩を撒くぞ」


 そんな殺伐とした店内に、地獄の底から響くような「呻き声」とともに、扉がゆっくりと開いた。

「……ギギギ……。……マツリカ……。……マツリカを……くれぇ……」

「ヒィィィーー!! 本物出たぁぁーー!!」  

 陽菜が弦の背中に隠れる。

 現れたのは、全身にボロボロの漁網を巻き付け、顔に銀色のアルミホイルを貼り付けた、正体不明の怪物だった。怪物はズルズルと足を引きずり、カウンターに生臭い液体を滴らせている。

「……待て。……その生臭さ、聞き覚えがあるぞ」  

 弦が、無造作に怪物のアルミホイルを剥ぎ取った。

「……痛たたっ! 弦、乱暴すな! 俺や、茂雄や!!」  

 中から出てきたのは、案の定、魚屋の茂雄だった。

「茂雄さん!? なんでそんな……『海から上がってきた不法投棄物』みたいな格好してるん!?」

「アホか! ハロウィンやろがい! 正蔵がな、『ハロウィンは一番怖い格好をした奴が、街中の酒を独り占めできる祭りや』って言うたんや! やから俺は、『一ヶ月放置された生サバの怨霊』に扮したんや!」

「……正蔵さんの嘘に、教科書通りの反応をするな。……それと茂雄さん。……その網から本物のイワシの頭が落ちとるぞ。……今すぐ掃除しろ。……保健所が来たら、お前を『不燃ゴミ』として差し出すからな」


 しかし、混乱はこれだけでは終わらなかった。

「おらぁぁー! 魂をよこせぇぇー!!」  

 次に乱入してきたのは、電気屋の正蔵だった。彼はなぜか全身に「LEDライト」を巻き付け、頭には特大の「パラボラアンテナ」を載せていた。

「……何やそれは。……火星からの電波でも受信しとるのか」  

 弦が呆れ果てる。

「違うわ! 俺は『近未来の死神』や! このライトを点滅させて、商店街中の電気代を徴収して回るんや! 弦、お前も年貢コーヒーを出せ!!」

「わっしょい! わっしょい!!」  

 外からは、茂雄が呼び集めた近所の子供たちが、なぜか「だんじり」を模した段ボールを引いて現れた。子供たちは、茂雄に教え込まれたのか、 「トリック・オア・トリート! 酒か、さもなきゃサバを投げつけるぞ!」  という、物騒極まりない脅し文句を連呼している。

「あかん、弦ちゃん! 商店街が暴動寸前や! このままやと、あかね商店街が『無法地帯の仮装会場』になってまう!!」

「…………。……チッ。……バカ共にハロウィンを教えた奴を、今すぐ市役所に通報してやりたいが……。……しゃあない。……陽菜、奥から『あれ』を持ってこい」


「えっ、弦ちゃん、まさか……。あの『幻の激辛豆』を使うん!?」

「……違う。……もっと残酷なもんや」

 弦は、カウンターの奥から一台の古い「映写機」と、特製の「真っ黒なゼリー」が乗った皿を大量に運び出した。彼は店の照明を全て消し、店の前に置かれた大型モニター(正蔵が勝手に設置したもの)に、ある映像を映し出した。

 それは、商店街の若かりし頃の、モノクロの映像だった。  

 三十年前。まだ活気に溢れ、今よりもっと泥臭く、もっと笑いに溢れていた商店街の風景。そこには、若き日の茂雄が魚を放り投げ、正蔵が電柱から落ち、おヨネさんが美しく微笑む姿が映っていた。

「……なんや、これ……」  

騒いでいた子供たちも、暴れていたおっさんたちも、思わず足を止めた。

「……ええか、お前ら。……ハロウィンは死者を敬い、秋の収穫を祝う日や。……サバを投げたり、電気代を巻き上げたりする日やない」  

 弦の声が、暗闇の中で静かに響く。

「……この街を作ってきた奴らの背中を見て、少しは『情』という名の収穫を噛み締めろ。……騒ぎたければ、この『夕凪特製・真っ黒なエスプレッソゼリー』を食え。……甘みはない。……苦みと、ほんの少しの『感謝』の味や」


 沈黙。モニターの中で、若き日の自分たちが馬鹿騒ぎしている姿を見て、茂雄は鼻をすすり、正蔵はLEDライトを消した。

「……弦。……お前、相変わらず可愛くない演出するなぁ。……けど、まぁ……。このゼリー、苦いけど……。なんか、昔の酒の味がするわ」

「そうやな……。俺らも、いつの間にか『化ける』必要がないくらい、古びてしもたなぁ」

 商店街の夜。騒動はいつの間にか、古い映像を観ながら昔話に花を咲かせる、静かな「お月見」のような宴に変わっていた。子供たちには、陽菜が(自腹を切るのが嫌で弦の財布からくすねた金で買った)カボチャのクッキーが配られた。

「……ふぅ。……やっと静かになったか」  

 弦は、空になったゼリーの皿を片付けながら、深い溜息をついた。

「……弦ちゃん。……あんた、ほんまは優しいなぁ。……あんな映像、いつの間に編集してたん?」

「……フン。……仕事が暇すぎて、ハードディスクの肥やしにしとっただけや。……それに、あの映像には、お前が赤ん坊の頃に鼻提灯を作って寝とる映像も入っとる。……明日、商店街の入り口で公開してやる」

「ちょっと!! それはあかん!! 全力で削除してぇぇーー!!」


 あかね商店街、十月の夜。  

 カボチャ(ミカン)の明かりが、静まり返ったアーケードを照らしている。  

 へんこつ店主の毒舌と、看板娘の悲鳴。  

 この街のハロウィンは、西洋の祭りよりもずっと、泥臭くて温かい「大阪の夜」として幕を閉じた。

「……あ、弦ちゃん! 茂雄さんが、お礼にって店のシャッターに『永遠に取れないサバの鱗』でドクロマーク描いてるで!」

「……通報しろ。……今すぐ、鑑識と警察を呼べ!!」


(第四十七話 了)

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