16.声
ようやく幸太郎が追い付いた時には、手遅れだった。
茉莉奈の前に立ち塞がる様に、両手を広げていた龍太の腹部には、イレギュラーの触手が刺さっていた。
「がっ……」
触手を抜かれ支えがなくなった龍太は、口から血を吐き出し、前のめりに倒れた。
「り、龍太?ねぇ、龍太……?」
蹲りながら、茫然自失に呟いた茉莉奈の肩も刺されていた。だらだらと流れた血が服に赤い滲みをつくった。
同時に龍太の倒れた地面には、血が広がっていく様に流れていた。死んでいる、と幸太郎は理解した。
あからさまな死を見た幸太郎は、堪えきれずその場で吐いてしまった。口元を拭い、改めて茉莉奈を見ると、顔がぐちゃぐちゃになる程嗚咽していた。
それを見たイレギュラーが、勝ったと言わんばかりに、「キキキ」と奇声を発した。
____弱点は目玉。
龍太の調べはそうだった。そう言っていた。数分前の会話をぼんやりと思い出し、未だに目玉がある事に気付いた。
しかし、遅かった。触手が片足に絡み付き、そのまま空中に上げられた。逆さにされ、頭に血が上り、幸太郎は吐きそうになった。
「うわあああ!!」
前触れもなくぶんぶんと振り回され、視界が高速回転した。視界の端に何度も茉莉奈と龍太が映った。
(僕に能力があれば……回避出来たかもしれない)
タラレバの話をしても仕方がない、心でそう分かっていても、頭では消え去らないタラレバが増えていった。
(能力が、欲しい)
幸太郎がそう思った瞬間、頭に強い衝撃を感じた。
呻きながら顔を上げると、イレギュラーは「キキキ……」という奇声と共に目玉が転げ落ち、黒くなり動かなくなった。どうやら、頭の衝撃は落とされたからだった。
幸太郎は首を傾げた。マンションの二階程の高さから落ちた筈なのに、不思議と痛みもなく、出血せずにいる事に幸太郎は混乱した。
(一体、どうして……)
すると、今度はキーンと耳鳴りがしたかと思えば、視界が白くなり、手足の感覚がなくなった。
___力を望みし者よ。
脳に直接語り掛けてきた声に、幸太郎は思わず畏まった。
___貴様の望みを叶えてやろう……しかし、ちと足りぬな。
「何が、ですか?」
___対価よ、対価。なんだ、無償で貰えるとでも思ったか。
図星を突かれた幸太郎は、言葉に詰まった。すると、声の主は「くくく」と笑った。
___貴様は本当に目出度い頭をしているようだ。して、対価だが……貴様から貰うとしよう。
「は?」
___うむ、貴様の魂にしよう。そうだな、死後は童女が喰ってやろう。
「待ってよ!そんなのって……」
___異論は認めぬ。さて、童女の力をくれてやる……貴様の死を心して待っておるぞ。
声が消えた瞬間、消えた筈の怪我が浮かび上がり、酷い頭痛と耳鳴りが同時に起き、のたうち回った末、鼻血を一筋流して意識を失った。
□■□
幸太郎が目覚めたのは、その数十分後だった。
(何か声がする)
ぼんやりした頭に騒がしい音が聞こえ始め、幸太郎は瞼を開けた。すると、視界いっぱいの顔があった。
「うわあああ!」
「ひいいい!」
ほぼ同時に叫び、思わず幸太郎が体を起こすと、ごちんと音を立て、同時に頭に手を当てた。
「いったぁ……」
「うっ……ごめん」
「わ……わ私こそ、ごっ……ごめんなさい……!!」
慌てふためいて言った少女は、最後に深々と土下座をした。
「 あ、頭を上げてよ。それより、僕は……」
「そ……そ、それなんですけど……先生をおっ、およ……お、呼びしますのでっ」
慌ただしく駆け出し、転びそうになりながらどこかへ行ってしまった。
質問も出来ず、溜息をついた幸太郎は上半身を起こしきり、「は?」と声を漏らした。
大きな車から、数人が出たり入ったりを繰り返していた。さらに、ショルダーバッグの側面には、見知った本庁のマークが書かれていた。
(救護班……でも一体誰が……)
幸太郎が頭にクエスチョンマークを浮かばせていると、肩を軽く叩かれた。
「そんな物珍しいものじゃあないでしょう?」
振り返ると、黒いロングコートを着た莉々が立っていた。
「亜門さん!」
「バイタルサインが消失して、駆け付けてみたらこの有り様。いろいろ話してもらうわよ」
「……はい」
手当をされながら、幸太郎は事を話した。時折、莉々は顎に手を当てて考え込む素振りや、横目で茉莉奈を見たりした。
茉莉奈は、他の班員に手当をされていたが、その目は虚ろだった。そして、龍太はビニールシートが掛けられ、担架に乗せられてどこかへ運ばれていった。
(……あの声の事は話さなくて良いよな)
迷った挙句、話さない事に決めた幸太郎は、劉牙が吹っ飛ばされた事を伝えて、話を終わりにした。
「そういう事ね」
莉々はそれだけ呟き、手際よく包帯を結ぶと、端末を操作した。その間に、莉々は車を指さした。
「あそこで休んでなさい。中の飲み物は自由に飲んで良いわ」
「あ、ありがとうございます」
幸太郎がぺこりを頭を下げると、地鳴りの様な低い音と、地震の様な揺れが起こった。幸太郎は上手く体勢が取れず、顔から地面につんのめった。
「……嫌な予感がする」
立ったままの莉々はそう呟くと、音がした方向に走っていた。
「……?」
残された幸太郎は、目覚めた時と同じ少女に促され、車に飛び乗った。




