15.髑髏姫
住宅街に駆け付けると、炎源の言った通り人の気配は無く、どこか閑散としていた。
暫く歩いた後、龍太が口を開いた。
「暴れた跡はないね。大人しい性格?」
「珍しい事例でしょうか」
本来イレギュラーによって、ほとんどが破壊される筈だが、建物や道路に傷は無く、綺麗なままだった。
「そんな珍しい事でもねぇよ」
ポケットに手を突っ込んだまま、劉牙は言った。時折、目を光らせていた。
特に変わり映えのしない住宅街を進むと、幸太郎の目に白い何かが写った。
「あれ何だろう……」
「あ?マンションとかじゃあねぇの」
「この先にマンションなんてあったかな」
龍太は、端末の地図を見ながら首を傾げた。地図が確かなら、何も無い空き地である筈だった。
「とにかく行ってみましょう」
茉莉奈の一言で、その場所へ向かう事にした。
近付いて分かった事は、白い何かはマンションではない事だった。さらに、その大きさは見上げる程となり、幸太郎の身長など優に超えていた。
丸い巨頭の様な体に、閉じた一つの目玉があり、頭の代わりになっていた。
「何だこれ」
「建物……ではない様ですね」
茉莉奈の視線の先には、白い体から腕の様な触手が伸びているところだった。全員が臨戦態勢になった瞬間、凄まじい速さで幸太郎と茉莉奈の間に伸び、地面に突き刺さった。
攻撃を避けた弾みで、ごろごろと転がった幸太郎は、次いで繰り出された攻撃に避けられずに居た。しかし、寸でのところで劉牙に抱えられ、事なきを得た。
「気ぃ引き締めろ」
「う、うん」
離れた事で冷静になった幸太郎は、周りを見回した。イレギュラーから少し離れた所に茉莉奈が、近くの建物の屋上に龍太が居た。
問題のイレギュラーは、暫く触手を動かしていたが、異常がないと判断したのか、体に引っ込めた。
(近付くと動くタイプか)
幸太郎はその場で二、三発撃った。しかし、その全てが触手によって跳ね除けられた。
「少し作戦を立てましょう!」
いつの間にか龍太の側に立っていた茉莉奈が、大声でそう指示した。近接でも遠隔でも全く歯が立たず、撤退を強いられた。
「どう?解析出来た?」
「そりゃね。とにかく、これを見て」
そう言って龍太は、端末の画面を見せた。一同が覗き込んだ画面には、イレギュラーの詳細が載っていた。
どうやら動かないタイプであり、弱点は天辺にある目玉のようだった。それを目で読み込んだ幸太郎は、溜息をついた。
「あ?何、落ち込んでんだよ」
「だってあの高さだよ。五メートル以上はある。しかも、近付いたら攻撃される。登れっこない」
項垂れた幸太郎は、再び溜息をついた。
すると、幸太郎の頭上で舌打ちが聞こえた。思わず上を見ると、劉牙が蔑む様に幸太郎を見下ろしていた。
「相変わらず愚図だな。だから能力無しなんだよ」
劉牙の言葉に、茉莉奈が「え」と小さく驚き、龍太は訝しげに見詰めた。
何より暴露された幸太郎は、羞恥心で顔が赤くなった。そのせいか声が上擦った。
「それは関係ないだろ」
「うるせぇな。努力もせず、能力がなけりゃピーピー泣いて諦めて……舐めてんのか」
最後は地を這う程低い声で言い、さらに蔑んだ。幸太郎は言い返さず黙りこくり、僅かな沈黙が落ちた。
「とにかく!今はイレギュラーをどうにかしましょう」
気まずそうに誰とも視線を合わせず、硬い声で茉莉奈は言った。
結局、茉莉奈と劉牙が近接隊になり、幸太郎と龍太は後方から支援をする事になった。
決まった途端、二人はイレギュラーの方に向かい、残された幸太郎と龍太の間に、微妙な空気が流れた。
「……別に気にしてないよ」
「え?」
「そんな珍しい事でもない……ただ、驚いてるんだ。姉さんは」
言葉が思いつかず、答えあぐねた幸太郎をチラッと見た龍太は、また俯いて作業に戻った。
幸太郎は答えを諦め、茉莉奈の合図を待った。
□■□
イレギュラーから少し離れた場所に、劉牙と茉莉奈は立っていた。
「龍太の話では、弱点は目玉でしたね」
「おー」
「問題はあの触手ですが」
「おー」
「……その気怠そうな返事は何とかなりません?」
「おー」
しゃがんだままイレギュラーを見詰めた劉牙を、苛立った様に見下ろした茉莉奈は、すぐに諦めてイレギュラーを見た。
「とにかく、私の髑髏姫で防ぎますから……ちゃんとやって下さいね!」
「おー」
納得しない顔で茉莉奈は走り出すと、伸びてきた触手を斧で薙ぎ払った。触手が再生する前に、「髑髏姫!!」と叫んだ。
まず、骸骨の手が何十本も地面から突き出て、再生した触手ごと包む様に引っ付いた。その間にもゆっくりと頭部から顔面、肩に肋骨と上半身を出し切り、巨大な骸骨はイレギュラーと相対した。
それでも塞ぎきれなかった触手が、茉莉奈に攻撃を仕掛けたが、ひらりと避けられ地面に突き刺さったところで、斧で切断された。
「劉牙さん……?」
合図を出そうと、さっきまで居た場所を見ると、劉牙は居らず、その代わりに「借りるぜ」と聞こえた。
茉莉奈の目が捉えた時には、劉牙は既に髑髏姫を踏み台にして目玉に向かって居た。
「もう!計画と違うじゃあないですか!」
その怒号は劉牙に届く筈もなく、ついに目玉の真ん前までに達した。
「楽勝っ」
唇の端を上げて、大剣を突き刺そうと構えた時、ぱっと瞼が上がり、怯んだ劉牙を容赦なく触手で払った。
「劉牙さん!!」
そして、残された茉莉奈は、「あぁ」と呆然としていた。
何故なら、イレギュラーの体が変容していたからだ。目が開いたと共に液状化し、一瞬で髑髏姫を飲み込み、その形に成り変わった。
中に居る髑髏姫の悲鳴か、イレギュラーの咆哮か分からない叫びが辺りに響いた。
眼下に茉莉奈を捉えたイレギュラーは、その右腕を地面に叩き付けた。
何とか直撃は避けたが、叩き付けた際の衝撃波が茉莉奈の体を吹っ飛ばした。
「____っ!」
体を木に打ち付け、顔が苦痛に歪んだ。
ゆっくりと移動し始めたイレギュラーは、茉莉奈の元に向かっていた。近付くイレギュラーを眺める事しか出来ない茉莉奈は、それでも必死に逃げようと体を動かした。
しかし、あまりの痛さに悶え、僅か一センチ程しか進まなかった。
近接隊が倒れ、いよいよ幸太郎しか攻撃出来なくなった時、イレギュラーの動きが止まった。
「なんだこれ……数値がどんどん下がってく。これは……水酸化ナトリウム?」
「それって、骨を溶かす毒素だよ。もしかして、髑髏姫を溶かしてるのかもしれない」
龍太の戸惑いに幸太郎が答えた時、「ギィィ」と頭に響く奇声が聞こえた。どうやら、イレギュラーが発した声らしかった。
「もしかして……」
龍太はそう呟くと、どこかへ走り出した。
「ちょっと待ってよ……!」
幸太郎は一瞬遅れ、龍太を追い掛けるが意外にも速く、その距離は近付くどころか離れた気がした。
「姉さん……」
嫌な予感でいっぱいになった龍太は、足場の悪い屋根やベランダに飛び移りながら、懸命に茉莉奈を探した。
そして、やっとの思いで見つけた時には、茉莉奈は息も絶え絶えにイレギュラーを睨んでいた。
つられた龍太がイレギュラーを見ると、内から溶けているのか体がまた液状化していた。茉莉奈の表情を見る限り、液状化は髑髏姫によって引き起こされたものだった。
「寄生する物が……溶けて、しまえば……あなたは、どうする事も……出来ない」
茉莉奈は時折、苦しそうに顔を歪めながら、言葉を紡いだ。
動けなくなり、どうする事も出来なくなった茉莉奈は、龍太に端末を見せられた時、寄生型のイレギュラーだと説明された事を思い出し、一か八かの賭けに出た。髑髏姫を溶かす事にした。
果たして、賭けは見事的中し、茉莉奈の思い通りにイレギュラーごと溶けていった。
期待通りの結果に喜んだのも束の間、普通車一台分の大きさになったイレギュラーは、茉莉奈に怒り矛先を向けた。
つまり、触手が一本凄まじい速さで、茉莉奈の体を目掛けた。どうしようもなく、死を受け入れた茉莉奈は目を閉じた。




