17.再会
イレギュラーに吹っ飛ばされた劉牙は、一度は気を失ったものの、直ぐに目を覚ました。
「……っ」
起き上がろうとすると身体中が痛み、足に力が入らなかった。見れば右足が変な方向にひしゃげていた。
(折れてんのか)
起き上がる事も出来ず不貞腐れていると、「あの」と少年が話し掛けて来た。その表情から心配の色が窺えた。
「 ……大丈夫ですか?」
「ああ。大丈夫だが、ここは避難場じゃあねぇよ」
意外にも指摘された少年は、バツが悪そうに眉を下げた。
「い、妹が居なくて……それで」
「探しに来たわけか」
小さく頷いた少年に、劉牙は顔を顰めた。
「一緒に探してやりてぇが、今は動けねぇ……ちょっと待ってろ、他のやつ呼んでやるから」
「ありがとうございます……」
そして、劉牙が端末を操作しようと時、少年が「あの」と言い難いそうに口を開いた。
「なに」
目線は画面に固定したまま、ぶっきらぼうに言った劉牙に対し、少年は目をキラキラさせた。
「凄い!本物だ!それって、異能連合のやつですよね」
「……そうだ」
「僕、連合の人に助けられた事があるんです!その時からずっと憧れてて……」
「そうか」
「でも僕には能力が無いんです。お兄さんはどうやって能力を手に入れたんですか?」
途端に操作する手を止め、言い難いそうに口篭った。それに気付かず、少年は話を続けた。
「やっぱり運とかですか?産まれた時から決まっていたとか」
黙り続けるのも限界になり、劉牙は何か言おうと口を開いた時、地鳴りの様な低い音と、何かが壊れる音が辺りに響いた。
「うわ!」
酷い揺れに少年が倒れ込んだ。
劉牙が「大丈夫か」と口を開く前に、そこだけ曇りの様な暗さになった。
「あら〜?可愛い子供ね。大丈夫かしら?」
顔を上げると、人間の様だが肌が黒く、その爪はは鋭く輝いていた。極めつけに、頭から角が生えている人外の女が立っていた。
イレギュラーだと、一目で分かった。
劉牙は咄嗟に少年を抱え、距離をとった。その際に右足が骨折している事を忘れ、派手に転んだ。
幸いにも少年は怪我がなく、劉牙だけが怪我を悪化させた。
「お、お兄さん……!」
「ガキ!さっさと逃げろ。妹は後で連れてってやるから!」
そう言われた少年が駆け出そうとした瞬間、「あら〜」とイレギュラーが口を開いた。
「妹ってこれの事?」
どちゃっと気味が悪い音を立てて落とされたのは、喉を円状に開けられた少女だった。ひゅーひゅーと苦しそうに息を鳴らしていた。
「なっ……」
「_____」
愕然とした劉牙と、言葉が出ない程顔面蒼白の少年はその場で頭を垂れた。
察するに、その少女こそ妹だったのだろう。
「あら〜私ったらなんて優しいのかしら!感動の再会を叶えてあげられちゃうんだから、善人すぎるわ〜」
そう言って笑うイレギュラーの頬を何かが掠めた。
後ろの壁に突き刺さっていたのは、劉牙の大剣で、イレギュラーの頬に一筋の赤い線が入っていた。
「痛いわね〜。全く……悪い子にはお仕置よ」
渾身の一撃で力を使い果たした劉牙の額を、「えい」と指で軽く弾いた。
____と。
体が引っ張られる様な感覚と共に、壁を突き破る程の威力で後ろに飛ばされた。まさにオーバーキルであった。
「あ……あ……」
少年の嗚咽が聞こえ、その後にどさっと倒れた音がした。
しかし、余りの痛さに意識が朦朧とし、口からは血が出るばかりで、声は出せなかったからだった。
さらに息苦しくもあった。きっと喉に血が溜まっているのだろう。
「飛ばしすぎちゃったかしら?まぁ、良いわ。この位が良いでしょう?」
靴を鳴らして近付いたイレギュラーは劉牙の目の前で止まると、腰を曲げて顔を近付けた。
「やっぱり似てるわね〜。ほんっと腹立つくらいだわ」
一人で盛り上がるイレギュラーの言葉に、劉牙はハッとした。揺れる視界で懸命に見詰めた。
(まさか……いや、そんなはずはない。あいつは死んだんだ)
しかし声を聴けば聴く程、目を凝らす程、心当たりは強くなっていった。
「あれ〜?アタシの事分かんない?」
「分かってる」とも言えず、ただ意識を保つ事に必死だった。
「そんな状態じゃあ喋れる訳ないよね……はい!これで喋れるでしょう?」
イレギュラーは劉牙の髪を鷲掴みにすると、顔を地面に向けさせ、血を無理矢理吐き出させた。
劉牙は急な出来事に驚いたものの、明らかに喉の開放感があった。
しかし、それも束の間。今度は無理矢理顔を上げられ、イレギュラーと視線を合わせる形になった。
「可哀想に。こんな場所に放り込まれるなんて……」
眉尻を下げて心底同情した様な口調で、劉牙の頬を空いていた手で軽く撫でた。
(……こんな状況じゃあなけりゃぶっ飛ばしてたんだけどな)
遠のく意識の中、薄らと思ったのはそんな事だった。
遂に声が聞こえなくなり、がくんと首を垂れた。あからさまな異変にイレギュラーが気付き、「あれま」と残念そうな声を出した。
「残念、意識が保てなかったのね……もういいや」
そう言って劉牙の頭に尻尾を刺そうとした時、掴み上げていた筈の劉牙が忽然と消えた。
「まだ生きてたんですね。それに、懲りずに狙うだなんて……尊敬に値します」
ワンピースの裾を軽く持ち上げ、優雅に挨拶したのはドロテアだった。そして、その足元には劉牙が横たわっていた。
「あら〜、別にあんたに関係ないと思うんだけど。それより、貴方こそまだ人間ごっこしてるのね」
「貴方が私をどう思っていようが、氷室劉牙は連合の人間です。上司として正しい判断をしたまでです」
「そう……それにしては班が違うようだけど」
「班は違えど、上司は上司です。何か問題でも?」
顔色一つ変えず言ってのけるドロテアに、イレギュラーはくつくつと笑った。
「相変わらずね。何一つ変わってない」
「御託は結構です」
冷たい声と共に、ドロテアの指に糸が何本も絡まり、頭上には糸に繋がれた仮面を付けた様々な人形が待機していた。
そして、ドロテアが指を軽く曲げると、何体かがイレギュラーを目指して動き出し、手に持ってる槍や剣で攻撃した。
「簡単ね〜」
しかし、イレギュラーは軽々と全てを避け、いつの間にか塀の上に立っていた。
それを見据えたドロテアは、諦めた様に人形を消した。
「なぁ〜んにも変わってなかったわ。興醒めしちゃったし、そろそろ帰るわ。それじゃあね」
それだけ言うと、霧の様に消えた。残されたドロテアは、今度は二体の人形を出し、一体に劉牙。もう一体に少年と少女を運ばせた。
混濁した少年の目は開いていたものの、焦点が合ってなく、息もしていなかった。おそらく、喉を横一線に斬られた事が原因だろう。
「小さき命に祝福を」
ドロテアは小さく呟き、少年の目を静かに閉じさせた。




