第19話
「彼女の生徒会への勧誘は上手く行きましたか?」
「いえ、それが…」
「断られましたか。それは残念だ」
「申し訳ありません」
頭を下げる自分の部下に、男は困った顔をしながら笑った。
彼は、新入生で首席の雪織紫苑の生徒会への勧誘を下澤教頭に頼んでいた。
だが、どうやら彼女はその申し出を断ったらしい。
「ですが学園長、彼女は生徒会に不釣り合いなのでは?」
「ん?」
「いえ…、印象がどこか軽率といいますか、制服も着崩していますし私にはどうしても全生徒の模範となるような生徒には見えないのですか…」
下澤先生にはどうやら、彼女の見た目の方で問題を見つけたらしい。
「下澤先生、格好で人を判断する考えはもう古いですよ。ここは全国から生徒が集まる個性の学び舎ですから」
「あっ……大変申し訳ありません」
彼の真面目さは取り柄だが、欠点でもある。けれどこういった彼の考え方も必要でもあるのだが…
「ですが、雪織には生徒会への見学を予定させています。恐らくそこで心が変わってくれるのではないでしょうか?」
学園長はその言葉にふっと笑った。
「そうかな?彼女はきっと入らないんだろうね」
「そんな、生徒会に勧誘されるなんて名誉あること、断ることがあるんでしょうか?」
下澤先生が部屋を出てから、改めて雪織紫苑のことについて考えてみる。
下澤先生の見た彼女の印象に、学園長はやはりそうかと納得してしまった。実は学園長である松方は音楽に携わる仕事もいくつか請け負っていて、音楽科の自己アピール試験の場の審査員もやっていた。そして偶然にも、そこで雪織紫苑という存在に出会ったのだ。
彼女の第一印象は、一言で言えば1本の木のようだった。真っ直ぐ力強く立つ木は、決して倒れることは無いように逞しかった。
そして、人の目を見ることを恐れない子でもあった。彼女には、誰かの評価を求めた自信ではなく、自分自身に絶対的な自信が感じられた。
真面目と言うよりは、超マイペースと言っていもいい。
何より彼女の演奏に、私たち一同は本当に驚いた。
自由と言うにはおこがましい。彼女の奏でるメロディーは宇宙そのものだった。
彼女のような者を天才と言うのだろう。
その演奏には主役がいなかった。
彼女が主役でも、その曲の中に主役がいたわけでもない。その世界だけが素晴らしく出来上がっていたのだ。まるで星々の散りばめられた宇宙のよう。
私たち人類は、長年描き続けた宇宙への歩みを超えて初めて、ロマンを感じた。
けれど、彼女の曲には宇宙飛行士がいなかった。
同時に、彼女の曲を奏でる演奏家たちを見てみたくなった。
主役を主役たらしめる音楽
だから私は、彼女に是非表舞台に立って欲しかったのだ。決して隠しておける才能ではないと感じた。
その一歩として、彼女を生徒会に入れてみようと思ったが、杞憂だったらしい。
「どうしてもやらなければいけないこと、か。一体なんだろうね…」
雪織紫苑という存在が、これからこの鴻崎学園でどんな行動を起こしていくのかとても楽しみである。
* * *
「えー!、生徒会に勧誘されたの?!」
「そんなにおどろく事なの?」
生徒会へ勧誘された話を早速水紋にすると、とても驚かれてしまった。珍しく水紋が声を荒らげているため、相当大変な状況らしい。
「驚くことだよー!生徒会はこの鴻崎学園の実力者呑みが集まったエリート集団だよ!新入生なんて、首席でもとらない限り無理だよ」
「え?生徒会は立候補制じゃないの?」
「この学園では成績優秀者が推薦されて決めるの。生徒会長だけは生徒の投票で決めるけどね」
「そうなんだ…」
「で、生徒会に入るんだ」
「いや、入らないけど」
「えー!?」
この回答に水紋だけでなく近くにたまたま座っていた生徒も思わず二度見するほど驚いていた。
「だってそんな暇無いし、私はこう見えて忙しいから!」
「……そっか〜。なーんか、ほんと変わってるよね〜。まそこが紫苑の面白いところだけどねー」
「私で面白さを求めなくていいから」
「へへ〜」
私は小さくため息を一つついて、改めて生徒会について考え始めた。
確か、ゲームに出てきてた生徒会では主人公が次席を取って誘われていたような覚えがある。そこで攻略対象である、桜小路要と雪織司と冬月椿に初めて出会うのだ。
出会いイベントの大元と言ってもいい。
この3人のキャラが毎回人気らしく、人気投票ではいつも独占していた。
つくずく首席をとってしまった愚かな自分が恨めしい。久々のテストでちょっと気合いが入ってしまった。
これからはテストの点数は調整しなければいけない。
またあの兄と、爽やか隠しキャラや王様に会うのかと思うと本当に憂鬱である。変なことに巻き込まれない事を切に願うしかない。
「はぁぁ〜〜」
思わずさっきよりも深いため息を吐く。
「生徒会への見学、そんなに嫌なの?」
「いやだよ」
「うーん、私は応援しか出来ないや〜。ファイト!」
「くぅ〜他人事だと思って〜!」
「案外楽しいかもよー?」
「どこがよ」
「さ〜」
水紋の他人事のような態度に呆れを感じながら、それでも彼女の決して押し付けない所に好感を持ってしまっていた。
放課後になって、いよいよ生徒会に行くことになった。
ただでさえ大きなこの学園で一人で生徒会に行くなんて無理な話で、案の定迷子になってしまった。
「あ〜どうしよ」
諦め半分で廊下の窓を開けて外の風に当たる。まだ春の涼しい空気と、太陽のポカポカした日差しが気持ちいい。
(今日はいい天気だな〜)
放課後なだけに、部活動をしている生徒の音が校舎を響き渡っていた。グラウンドでの掛け声や複数の楽器の音、近くにある線路から頻繁に電車が通っている音聴こえる。
ああ…平和だ。
こういうときのこの言葉が、いつも一番しっくりくる。
風がなびいて、肩上まで切れた髪が僅かに揺れる。ヘッドフォンをかけている首のちょっとした隙間に風が通っていくと、気持ちよくてちょっとくすぐったい。
のんびりまったり、風に当たっていると向こうからこちらに人がやってくる足音がした。
生徒が通るだけだと、さほど気にしてはいなかったが、その音は私の近くで止まった。
「そこでなにしてるの?」
話しかけられて顔だけ振り向く。声で予想はついたが不思議なことに秋蔵杏が話しかけてきた。
「なに?」
「あんた、生徒会に行くんじゃないの?こんな所で油売ってていいの?」
そう言いながら秋蔵は少しムスッとした。自分で言って自分で不機嫌になっていた彼の様子を見て直ぐに顔を正面に戻して、また外の景色に目を逸らした。
何故か秋蔵は、私が生徒会室に行こうとしてることを知っていた。大方あの王様桜小路に教えられたのだろうと予想はつく。
「生徒会室ってどこにあるか分からないんだよね〜。ずっと探してるんだけどさー。今は休憩中〜」
「……」
彼はそれに答えなかった。ただ黙って私を見つめていた。逸らしてはいるものの、視線が刺さって居心地悪い。何か言いたいのか、言いたいなら逆に何か言ってくれと内心思う。
「何か用事?心配しなくてもいつかたどり着くから。」
秋蔵は少し間をおいて、私に背を向けた。
もう行くのかと思った直後、彼はまた振り向いた。
「付いてきてよ。案内するよ」
「え…いいの?!」
あまりの驚きに、窓から一気に体を離した。
「勘違いしないでね。要に面倒かけないためだから」
秋蔵はそう言ってまた歩き出した。
彼は最近、どこか寂しそうな表情で私を見ることがある。彼とは係が同じで、嫌でも顔を合わせる機会は多い。会話はほとんどないけど。
「そう言えば…前もこうやって、あんたに連れてってもらったよね。私が道に迷って」
何となく思い出して、話題に出してみた。
彼はそれに小さく「そうだね…」とこぼした。
どうやら会話はあまりしたくないのかもしれない。
いつもは女の子に対して紳士的で、チャラチャラした雰囲気の男で、よく違う女の子と歩いているのを見かけた。
いつもニコニコして、軽口がよく回る。
チェロ奏者だと言ってはいるが、本人はチェロが嫌いだと言いふらしている。
ゲームと同じで、表向きは音楽に対して軽率なのは本当らしい。
暫く沈黙の中2人で歩き続けていると、近くを通ったからなのか、近くの音楽室から壮大なオーケストラの演奏が聞こえた。
恐らくオーケストラ部だろう。流石は一流指導を受けた生徒が多い分実力もかなり目を見張る。
パート事の楽器が正確に揃っていて、強弱にもメリハリがあり迫力のある演奏だ。
この学園には吹奏楽部とオーケストラ部の2つがあるが、どちらも素晴らしい演奏だった。
管弦楽器と管楽器の演奏はそれぞれ響きが違う分、どちらも聞けて運がいいと思ったものだ。
思わず聞き入っていたが、気づくと秋蔵も立ち止まって演奏に耳を傾けていた。
「凄いよね。こんなになるまで、みんなどれだけ練習したんだろ」
何となく私は秋蔵に向けて話してみた。
彼は私の回答に少し考えて、ふっと笑った。
「よく頑張るよねー。たかが部活なのに…いくら練習したって報われることなんてないのに」
それは明らかにオーケストラ部に対してバカにしたような物言いだった。
「君もそう思うでしょ?本当音楽って…つまんないよね」
とても音楽科に入った人間とは思えない言い草だった。
「じゃあどうして秋蔵は、チェロを演奏するの?」
彼が何故この学園の音楽科に入ったのか、それは彼の母親が原因だった。彼の母親は子ども時代に天才と言われたチェロ奏者だった。だがいつしかそれも衰え、彼女はいつしか才能の枯れたチェロ奏者として表舞台から姿を消した。
彼女は自分が叶えられなかった願いを息子に預け、英才教育として彼にチェロを教えた。
私が今聞きたかったのは、彼は何を思って今チェロを弾いているのか、疑問に思ったのだ。
私の質問に対して、彼は表情を暗くして黙ってしまった。
「そんなの…ちょっと興味があって始めただけだよ。予想より上手く出来ちゃったから続けてるだけだし。もう飽きちゃったけどね」
そう話す彼は、やっぱりどこか寂しそうで、本心から言ってるようには聞こえなかった。
「そっか…」
それに対して詮索をしようとは考えていない。人の事情にズケズケ入るような勇気もない。
いつの間にか二人とも立ち止まっていた。
なにか落ち込んでいるような彼に、私は少し近づく。
「そろそろ行こっか」
どこかぼーっとしていた秋蔵は、気づいて驚いたように私を見た。
「君は……本当に変わったよね。君をそこまでは変えたものは、いったいなんだろうね」
伏し目がちで秋蔵は言ってきた。
答えを聞く前に、彼はまた歩き出した。どうやら答えのいらない質問を問われたようだ。
「うーん…今が、今が幸せだって気づけたからかな。」
「は?」
理解できない秋蔵は、笑いながら振り向いた。
「私は作曲できることが楽しいし、音を奏でることが楽しい!学校生活もバイトも、今してることが意味の無いことだったとしても、今が幸せならそれでいいと思えるんだ!」
私の言葉に、秋蔵は少し驚いて今度はハッキリと笑いだした。
「随分呑気だね…いくら今が楽しくても、いつか苦しくなる時が来るのに」
「苦しいことの後にきっと幸せがあるって信じてる。私は音楽と出会えた。出会えた奇跡を決して無駄にしないように、前に進み続けるんだ。その幸せのために戦うことは、とても幸福な事だと思ってる」
「じゃあ君は…それが意味の無い事だったとしても、楽しければやろうと思えるの?!」
なんだかさっきとは違った様子で、彼は聞いてきた。少し苛立っているようにも見える。
「うん!そうだよ。自分が進んでる道に、意味の無いことなんて一つもないもの」
対して私は笑顔でそう返した。
「……」
彼に私の言葉がどう届いたか分からない。でも彼が悩んでいることは少し理解できた。私の言葉が彼を救えるとは思ってない。ただ、彼の前に存在するいくつもの途切れた道が消えて、真っ直ぐな道が出来てくれたらと思う。
「ははっ…俺も君みたいだったら良かったのに……」
「え?」
小さくこぼした言葉は、私まで届くことは無かった。
それからは、何の会話もすることなく生徒会室に到着した。
「ありがとねー!」
「どういたしまして…早く行きなよ」
妙に態度が素っ気なくなった秋蔵にお礼を言って生徒会室に入ろうとして、はっと気づく。そしてまた私は秋蔵に振り向いた。
「君と話が出来て良かったよ」
そう、心から思ってた気持ちを彼に伝え、私は生徒会室の部屋にノックした。
彼がどんな表情をしていたのかも知らずに。




