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4 聞いていたい声

 月曜日が待ち遠しかった。

 特に、昼休みが。

 余程待ち遠しかったのか、朝から上の空で、メグと優希からは「まだ寝ぼけてる」と言われ、ごまかすしかなかった。

 国語と英語はやっぱり上の空だったけど、得意なのでそれほど支障もない。

 苦手な数学をのりきり、社会もやり過ごせば、昼休みまではあっという間だった。

 メグと他愛ないおしゃべりをしながら優希を待つ。

 優希が来たら、私は二音へ向かう。

 それがここ一週間のパターン。

「メグー、かのぉん」

 優希がいつものように前側の入り口からやって来る。

 私とメグが手を振って応える。

 私は、いつものように優希に席を譲るために立ち上がろうとした。

 その時。

「おい、高森」

 不意に、横から声がかかった。

 顔を上げると、優希と同じ3組の東堂くんが立っていた。

 なぜ声をかけられたのかわからず、私は返事もできなかった。

「――」

「最近、昼休みいつも教室にいないよな。どこ行ってんだよ」

 いきなり詰め寄られて、思わず椅子ごと後ろに退く。

 そこへすかさず、メグと優希が割って入ってくれる。

「なんで花音の昼休みの行動なんて気にすんのよ? あんたに関係ないじゃん、東堂」

「そうよ。陸上オタクが花音に何の用よ。もしかして、花音のこと好きなんじゃないの?」

「ばっ――んなわけねえだろ!!」

「むきになって否定するとこがあやし~い」

 優希が東堂くんの注意を引いていてくれる間に、メグが私に行くよう手で促す。

 私は机の中から楽譜の入ったファイルを取り出し、教室の後ろから出て行った。

 渡り廊下を早足で行くと、もう普通棟の騒がしさは遠ざかり、ほっとした。

 正直、私は東堂くんが苦手だった。

 私達が三人で昼休みいる時は、よく話しかけてはくるけれど、主にそれは同じクラスの優希だった。

 背が大きくて、声変わりがすんだ低すぎる声で、威圧感があった。

 低すぎる声で怒鳴るように上から話されると、しかられているようでいつも怖かった。

 そんな彼が、なぜ私にいきなり話しかけてきたんだろう。

「――」

 思わず、両手に抱きかかえていたファイルに力がこもった。

 渡り廊下が終わると、すぐに東階段があり、そこを上り、一番奥の二音へ向かう。

 二音でピアノを弾くようになった1年生の時から、昼休みの特別棟の3階はいつも静かで人の出入りもほとんど無かった。

 二音に入れば、そこは静かな、私とピアノだけの空間。

 さっきまでの嫌な気分は無くなっていた。

 いつものように、私は眠っていたピアノを起こす。

 譜面台には、いつもの楽譜の他に、別の楽譜も二つ入れてきた。

 隣の準備室で聞いている彼のために、準備したのだ。

 私が好きな曲を、彼に聞いてもらいたかった。

 神様を信じる人達が作った、美しい曲を。

 そこに神様がいると、思わせてくれるような曲を。

「――」

 深呼吸を一つして。

 私は演奏を始めた。

 そこに、神様がいると信じるように。





 三曲を弾き、もう一度それを繰り返せば、もう時間だった。

 私は、いつものようにピアノを片付け、楽譜を戻したファイルを持つ。

 二音を出る前に、思い切って準備室のドアの前に立った。

 静かな音楽室には、やはり人の気配はしない。

「――」

 恐る恐るドアノブに触れ、静かに回してみた。

 でも、鍵がかかっていて、途中で止まって最後まで回せなかった。

 そのことに、安堵する。

 やっぱりいるんだ。

 そして、私のピアノを聞いてくれていた。

 今週会えたら、私が新しく弾いた曲のことを、聞いてくれるかもしれない。

 そう考えて、今からもう週末が待ち遠しくなった。





 長いようであっという間の週末。


 東堂くんはもう、私に声をかけることはなかったが、優希達はしばらくそのネタで私をからかった。

 きっと優希は、クラスに戻ってからも東堂くんをからかっていたのだろう。

 その週は、昼休み2組に来ることもなくて安心した。


 待ちに待った真夜中、私は、先週より30分早く、家を抜け出した。

 彼がいつも出てくるあの角の先を覗いてみるつもりだった。

 あの道の先にあるのは、家じゃない。

 あの先には、裏山に向かう石段と、その上には昔ながらの古い神社しかないのだ。

 彼は、真夜中にあそこで、何をしているんだろう。

 なぜ、自分の家に、いないのだろう。

 日ごとに彼のことを知りたくなる自分の気持ちを、抑えることができなかった。

 30分早く出ても、やっぱり誰とも出会わない。

 通り過ぎる水銀灯のジジッという音と、ひたひたと動く私の靴音だけ。

 気分が高揚して、怖さもなかった。

 でも、いつも彼が歩いてくる角の道に立った時は、正直どきどきした。

 奥は真っ暗で見えなかった。

 一瞬、ここでいつものように彼が来るのを待とうかとも思った。

 でも、それじゃあ何も変わらない。

 狭い世界で、同じパターンの繰り返し。

 いつもの自分なら、諦めていた。

 でも、私は知ってしまったから。

 天野空良の、優しく響くあの声を。

 音楽を愛するように、私はあの声を聞いていたかった。


 もっと、もっと。


 その気持ちを、諦めることはできなかった。

 行って、駄目だと思ったら戻ってこよう。

 そう決めて、私は進んだ。

 道路沿いの塀と家を過ぎると、道の両脇は林だった。

 角の水銀灯を離れて行くに連れて、暗いけれど、逆に目が慣れて、周りの景色が見える。

 緩くカーブのかかった細い道の先がほんのりと明るい。

 水銀灯だ。

 カーブの先を覗くと、石段の所がぼんやりと照らし出されていて、その四、五段上に、誰かが座っていたのでぎょっとした。

 でも、それがすぐに誰だかわかって、私は違う意味でどきどきした。

 天野空良だ。

 私は、すぐに近づいていった。

 彼は最初は私に気づかなかった。

 でも、静かに近づく私に気づくと、立ち上がって、石段を下りてきた。

 そして、驚いたような顔で私をまじまじと見つめていた。


「あんた、ホントにまた来たのかよ――」


 呆れたような、その声を聞けて、私は嬉しく思った。








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