繭の誕生
クルーたちは再びモニターへ目を戻し、
遭難船の記録映像の続きを見つめた。
十日後の映像の中で、窓際に立つ船員がふいに口を開く。
「遭難してから見かけた動物は、あの……狂暴そうな姿の草を食べてるやつだけだな。他にいないのかな」
テーブルでボードゲームを続けていた船員が顔を上げる。
「そんなことはないだろ。多分このあたりは、あの生き物の縄張りなんじゃないのか」
窓の外を眺めていた船員は、視線を草原に向けたまま言葉を続けた。
「どっちにしろ、あの生き物が危険なのかどうか分からなかったら船外に出られない。外を調べて、食料の確保とかもしないと……」
ボードゲームの駒を動かしながら、もう一人が淡々と返す。
「まだ慌てなくても、食料は半年分はあるから……」
映像の中の三人は、状況の深刻さを理解しながらも、
まだ“日常の残り香”の中にいた。
セラがAIに指示を出した。
「このあと、初めてハッチが開けられた時の映像を出して」
モニターが切り替わり、遭難から二ヶ月後の記録が映し出される。
船内の空気は重かった。
三人の船員は無言のまま装備を整え、銃を手に取る。
互いに短くうなずき合うと、ゆっくりとハッチが開いた。
外の光が差し込み、草原の匂いが流れ込む。
三人は警戒しながら、一歩ずつ外へ出た。
そのとき、近くにいた一匹の生き物が顔を上げた。
草を食んでいた口を止め、じっと船員たちを見つめる。
次の瞬間、その生き物は背を向け、
全身を震わせるようにして森へ向かって全力で走り出した。
その動きに反応するように、周囲の生き物たちも一斉に駆け出す。
草原に散らばっていた影が、すべて森の奥へ吸い込まれるように消えていった。
残されたのは、風に揺れる草原だけだった。
静寂が戻り、映像の中の三人はその場に立ち尽くしていた。
生き物たちが森へ消えていくのを確認すると、
船員たちは銃をしまい、慎重に地面へしゃがみ込む。
草を数本抜き取り、土を小さく採取し、
それらを容器に入れると、すぐに船へ戻り、ハッチを閉じた。
ブリッジで映像を見ていたハーランが腕を組み、低くつぶやく。
「草原の草が食料になるか調べたんじゃねえか」
もし調べていたのなら、そのデータは遭難船のコンピューターに残っている。
ハーランはAIへ短く指示を出す。
「この星の草は食えるのか」
AIが即座に応答した。
「人体に有害な物質を検出。食用不可です」
ブリッジに、わずかな沈黙が落ちた。
「次にハッチが開くまで飛ばして」
セラの指示に応じて、モニターがわずかに明度を落とす。
新しい日付が画面端に浮かび上がった。
遭難から、すでに七か月が経っていた。
映像は船外ハッチの内側を映している。
薄暗い通路に、三人の船員が身を寄せ合うように立っていた。
頬はこけ、目の下には深い影。
そのうちの一人が銃を握り、ハッチの脇から外の様子をうかがっている。
視線の先には、例の“肉食動物の姿をした草食動物”が一頭、
草を食んでいた。
船員はゆっくり外に出て、銃口を上げる。
その瞬間、生き物は顔を上げ、船員と目が合った。
引き金が絞られる。
ビュン、とレーザーが空気を切り裂く音が響く。
光線は正確に命中し、生き物は崩れるように倒れた。
草がその身体を半ば飲み込む。
次の瞬間、三人は一斉に外へ飛び出し、倒れた個体へ駆け寄った。
その場でナイフを取り出し、各部位を少しずつ切り取る。
容器に入れ、互いに言葉を交わすこともなく船内へ戻っていった。
ブリッジで映像を見ていたハーランが、腕を組んだままAIに声をかける。
「この星の生き物は食えるのか」
AIの返答は即座だった。
「植物と同じ有害物質が含まれています。食用不可です」
ブリッジに、短い沈黙が落ちた。
セラは映像を飛ばしながら次の場面を確認する。
画面の中では、船員たちが窓の外を見つめ、何かを話している。
その表情には、驚きと困惑が混じっていた。
「なんだあれは」
一人が窓に近づき、目を細める。
「いつからあんなものが……さっき出た時は無かったよな」
三人は顔を見合わせ、すぐに端末へ向かった。
船外カメラの映像ログを呼び出し、巻き戻しながら確認を始める。
セラもパネルに手を伸ばし、短く指示を出した。
「船外画像に切り替えて」
草原の映像が広がる。
風に揺れる草の間に、楕円形の巨大な繭のようなものが点在していた。
直径は二メートルほど。
乳白色の表面は鈍い光沢を帯び、草原の景色の中でそれだけが不自然な静けさをまとっている。
ハーランが低く声を漏らした。
「なんだこれは」
その反応は、映像の中の船員たちと同じだった。
彼の視線は繭のひとつに吸い寄せられたまま動かない。
マリナが画面を見つめながら言う。
「例の生き物がいなくなってる」
セラは軽く目を細め、パネルに指を滑らせた。
「あら、本当ね」
映像の時間軸を戻し始める。
巻き戻された映像は、ちょうど船員が生き物に銃を向ける場面で止まった。
草原には、まだ繭の姿はひとつもない。
風に揺れる草の間に、例の生き物たちが点在しているだけだった。
ビュン、と空気を裂く鋭い音が響く。
レーザーが一直線に生き物へ走り、命中した個体は崩れるように倒れた。
その瞬間、草原の空気がわずかに張りつめたように見えた。
数分後、船員たちが切り取った肉片を容器に入れ、船へ戻っていく。
その背中がハッチの向こうに消えたあたりから、草原の様子が変わり始めた。
残っていた生き物たちが、突然ぴたりと動きを止めた。
まるで時間が一瞬だけ凍りついたように、全身が固まったまま微動だにしない。
その体の周囲に、白い靄がゆっくりと立ち上がった。
最初は薄い煙のようだったが、数十秒も経たないうちに濃さを増し、
生き物の輪郭を完全に覆い隠していく。
靄は渦を巻くようにまとわりつき、やがて固まり、形を変え始めた。
表面が硬化し、光沢を帯び、
数分後には、直径二メートルほどの楕円形の繭が完成していた。
草原のあちこちで、同じ現象が連鎖していく。
倒れた個体を中心に、まるで“反応”するように次々と繭が生まれていった。
セラは指先でパネルを軽く叩き、映像の時間軸を滑らせるように送っていった。
繭が形成されてから二日目の地点で、彼女の指が止まる。
画面の中、三人の船員が草原を横切り、繭へと近づいていく。
草原に立つ巨大な繭は、風に触れられているはずなのに揺れなかった。
まるで地面に“置かれた”だけの異物のように、沈黙をまとっている。
船員たちは距離を詰め、慎重に手を伸ばし、表面へ触れた。
掌で押し、指先でなぞり、硬さを確かめる。
一人がハンマーを持ち上げ、ためらいなく振り下ろした。
乾いた衝撃音が草原に散るが、繭には傷ひとつつかない。
別の船員が銃を構え、短く息を整えてから引き金を引いた。
レーザーが表面をかすめ、白い光が弾ける。
それでも繭は微動だにしなかった。
三人は顔を見合わせ、言葉を交わすでもなく、繭の周囲を回り込む。
その動きには、単なる興味ではない、
“もし食べられるなら”という切実な期待が滲んでいた。
だが、どれだけ叩いても、撃っても、
繭はまったく損傷しなかった。
表面は滑らかで、冷たく、硬質で、
内部を守るためだけに作られた装甲のように見えた。
やがて船員たちは諦めたように道具を下ろし、
疲れの残る足取りで船へ戻っていく。
草原には、ただ繭だけが残された。
風が草を揺らすたび、その静けさだけが際立っていった。




