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サイレントホライズンの航宙記 進化の果てには…  作者: じろりんたん


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6/6

繭の中から

セラは再びパネルに触れ、時間を細かく飛ばしながら映像を追った。

四日目のログで、彼女の指がふっと止まる。


繭の表面から光沢が消えていた。

殻そのものが“蒸発”しているように、上部から白い蒸気がゆっくりと立ちのぼっている。

その蒸気は風に乗り、草原一帯へ薄く広がっていった。

湯気のように揺れ、漂い、地表を覆う膜のように沈んでいく。


しばらくすると、蒸気は少しずつ薄れはじめ、

草原の色がゆっくりと戻っていく。


そして──

白い靄が完全に消えたとき、繭の内部にあった“何か”が姿を現し始めた。


中から現れたのは、あの生き物ではなかった。


船内作業服を着た人間だった。

右手にはレーザー銃。

遭難船の記録映像に映っていた、あの生き物を撃った船員とまったく同じ姿。


ハーランが低く息を呑む。


「なんであの遭難者が繭から出てくるんだよ」


セラは答えず、視線を画面の端へ滑らせた。


「……ほかの繭からも」


草原に散らばっていた繭のあった場所。

そこにも同じ姿の“遭難船の乗員”が立っていた。

作業服も、銃の持ち方も、顔つきも、

全員が同じ“型”で作られたように揃っている。


風が草を揺らすたび、彼らの影だけがわずかに揺れた。

その静けさは、人間のものではなかった。


その“船員の姿をした生き物”は、ふいに膝をついた。

四つんばいになり、地面へ顔を近づける。

動きは人間のものに見えるのに、姿勢の取り方だけがどこか歪んでいた。


ハーランが眉をひそめる。


「なんだ、お祈りを始めたぞ」


次の瞬間、他の個体も同じ姿勢をとった。

草原に並んだ“遭難船員の姿”が、一斉に地面へ頭を垂れる。

祈りの儀式のように見える光景が、風の中で静かに揺れていた。


セラはモニターの拡大を指示し、一番手前の個体をズームする。


「祈ってるんじゃないわ」


画面の中で、その個体は手を使わず、直接顔を草に押しつけていた。

口元がわずかに動き、草を噛み取っている。

頬の筋肉が、咀嚼に合わせて不自然に上下していた。


「……食事のようね」


草原に並ぶ“人間の姿をした群れ”が、同じ動きで草を食んでいた。

その姿は、遭難船の記録映像で見た、

肉食動物の姿をした草食動物とまったく同じだった。


ただ形が変わっただけで、

行動の“型”は一切変わっていない。


風が吹き抜け、作業服の裾だけが人間らしく揺れた。

だが、地面に顔を押しつけるその姿勢は、

人間という種が決して取らない角度だった。


セラは画面に映る個体の右手へ視線を移し、指先で操作パネルを滑らせた。

映像が拡大され、モニターいっぱいに右手が映し出される。


「それにこの手を見て」


右手に“握られているはず”のレーザー銃は、よく見ると握られていなかった。

銃のグリップは掌と滑らかに繋がり、境界線がどこにもない。

皮膚がそのまま銃の形へ変形したような、有機的な質感が表面に残っていた。

光を受けた部分だけ、わずかに脈動しているようにも見える。


セラが静かに言った。


「この銃は持っているのではなく、手そのもの」


ハーランは混乱を隠せず、眉間に深い皺を刻む。


「こりゃいったいどういう事だ」


マリナは画面を見つめたまま沈黙した。

視線の奥で、何かを組み立てるように思考が動いている。

やがて、息を押し出すように短く言った。


「擬態…」


その言葉は説明ではなく、長い思考の末にたどり着いた結論を

自分自身に確認するような響きを帯びていた。


マリナは続ける。


「捕食されると、残りの個体は捕食者の姿に擬態する。

地球にも体の色を変えたり、木の枝や葉に似せて捕食者を欺く生物はいるけど……

この生き物は捕食者そのものの姿になって生き残ってきたんだわ」


モニターには、遭難船の乗員と寸分違わぬ姿の“個体”が映っている。

草を食むたびに肩がわずかに上下する。

そのリズムは人間のものではなく、

あくまで草食動物の呼吸だった。


セラはマリナの言葉を受けて、記録映像に残っていた“肉食動物のような姿”を思い返した。

鋭い牙も、筋肉質の体躯も、今となっては別の意味を帯びて見える。


「すると、あの肉食動物みたいな姿は……あの生き物を最後に捕食したものの姿、ということね」


マリナは小さく頷いた。

長く抱えていた疑問が、ひとつずつ形を持ちはじめる手応えがその表情に滲んでいた。


「そういう事ですね。この星の生物は、昔はいろんな種類がいたはず。でも、この生き物が擬態能力を獲得してから、少しずつ種類が減って……淘汰されて、最終的に一種類だけが残った」


草原に散らばる“人間の姿をした個体”たちは、

その進化の歴史を無言で語っているようだった。


ハーランが腕を組み、さらに眉間に深い皺を刻む。


「でもよ……どうやって死の間際に、ほかの仲間に情報を送ってるんだ。姿形をここまで変えるなんて、普通じゃないぞ」


マリナは視線を落とし、思考の深みに沈んでいく。

科学者としての興味と、目の前の“人間の姿”への抵抗が入り混じった複雑な表情だった。


「何かの物質をまくのか、電気信号か……あるいは、もっと別の、テレパシー的な何かかもしれない。どれも可能性としてはあり得るわ。正直、興味がわく研究材料だけど……」


マリナは画面に映る“遭難船の乗員そっくりの顔”を見て、苦い笑みを浮かべた。


「……人間の姿になっちゃったから、ちょっと抵抗あるわね」


草を食む“乗員の姿”は、ただ静かに風に揺れていた。

その揺れが、逆に“人間ではない”ことを際立たせている。


セラはログ映像を再びブリッジに切り替えた。

そこには、ちょうど難破船の乗員三人が窓の外を見つめている姿が映っていた。

衰弱した三人の表情は、驚きと絶望の境界にあった。

そのあと、彼らは静かに各個室へ散っていく。


その後の映像に、三人が姿を見せることはなかった。



セラは最後にもう一度ブリッジを見回し、航行ログのメモリーカートリッジを外した。

掌に収まる小さな金属の箱を軽く確認し、防護服のポケットへ滑り込ませる。


「じゃあ、そろそろ船に戻りましょう」


その声に、三人はブリッジを後にした。

遭難船の内部は静まり返り、金属の床に落ちる足音だけが淡く響く。


歩きながら、マリナが腕を組んだまま言う。


「でも、あの生き物は絶対ほかの星に連れていかないようにしないと危険ですね。時間をかけて、その星の生物を全部絶滅させてしまいますから」


セラは軽く肩をすくめた。

真剣さと冗談の境界をふわりと揺れる表情。


「まあ、数がある程度そろってないと擬態能力は活かせないから、研究に一匹ぐらい連れていっても大丈夫よ。連れて帰って解剖とかするんでしょう、マリナ」


その言葉に、マリナは一瞬だけ足を止めた。

“人間の姿をした生き物を解剖する”という現実が、頭の中で具体的な映像になったのだろう。


「いやぁ……また今度でいいです……」


苦笑しながら視線をそらすマリナ。

セラとハーランはその反応に小さく笑い、廊下の空気がわずかに柔らかくなる。


ハッチが近づくにつれ、外の光が細い線となって差し込んでいた。


──その瞬間だった。


セラの目の前に、影がふっと現れた。


生き物だった。

人間の姿をした、あの“擬態個体”。

いつの間にか森から草原へ戻ってきていたらしい。


セラが驚いたのと同時に、

生き物も驚いたように右手を持ち上げた。

銃と一体化したその手が、セラの方へ向く。


思考より先に身体が動いた。

セラは腰のホルスターから銃を抜き、

条件反射の速度で引き金を引いていた。


短い光が走り、生き物は崩れるように倒れた。

草の上に沈むその姿は、遭難船の乗員そのものだった。


セラは硬直したまま、かすれた声を漏らす。


「……しまった。どうしよう……これ……」


背後でマリナが息を呑み、すぐに別の方向へ思考を飛ばす。


「大変ですよ船長。

私たち、防護服にヘルメット被ってますよね。

擬態したら……ヘルメットが邪魔で、物が食べられないんじゃないですか」


セラは振り返り、呆れたように眉を寄せた。


「いや、そんな問題じゃ……」


マリナは真剣なのか天然なのか分からない表情で続ける。


「四日後にどうなってるか、確かめてみません……?」


「いや……あまり見たくないな……」


セラの声は本気で嫌そうだった。


ハーランはというと、完全に他人事のように肩をすくめる。


「まあいいんじゃないの。美女が大勢いる惑星になってさ」


その軽さが、逆に状況の異常さを際立たせた。


そのときだった。

草原のあちこちで、空気が揺らぐように靄が集まり始めた。

淡い光が凝縮し、丸い影が膨らんでいく。


繭だった。

新たな殻が、次々と形成されていく。


三人はしばらくその光景を見つめていたが、

やがて無言のままサイレント・ホライズンへ向かって歩き出した。


背後では、草原のあちこちに

“セラの姿になる前の繭”が静かに増えていった。




三人は船に戻り、ハッチが静かに閉じた。


サイレント・ホライズンは草原を離れ、

ゆっくりと上昇していく。


セラは窓辺に立ち、

四日後には自分と同じ姿になる繭を

遠い地表に点々と見つめていた。


やがて船は加速し、

白い雲の層へ溶けるように消えていった。

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